FIRSTSINGLE『炎天下クラシック』
YOSHITAKA SHUUKI(ぱーか
炎天下クラシック
同じ出来事が続く退屈な毎日。
ボロボロになったノートを鞄にしまいながら、窓の外を見ると昨日見た風景が空いっぱいに広がっている。
7月にもなり、もう少しで夏休みという虚無の期間に突入する。
熱くてむさ苦しい日々。その日々が一ヶ月続くと、また振り出しに戻る。
そのルーティンを繰り返して、私達は大人になっていくんだと思うと少し吐き気がしてしまう。
「もうすぐで夏休みだね」
そんな他愛もない会話が聞こえ、身振いした私は自転車の鍵をポケットに押し入れカバンを背中に背負った。
部活に行く人、家に帰る人、色んな人がそれぞれの居場所へと足を向かわせる中、私も1つの居場所へと直行した。
「すずかさん、先に上がります」
午後9時、私の居場所であるコンビニから自分の名前が轟いた。
この人は活さん。刈り上げをいれて、短髪の三十代。活さんはいつも9時に帰り、残りの時間を家族にあてているらしい。
「ごめんね、まだ高校生なのに」
そう謝る活さんが少しわざとらしく見える。
「いえ、いいんです。 働きたいですから」
作り笑顔で表情を変える私。見ると、活さんの隣に蚊のような虫が止まっていた。 蚊といえば、小さい頃おねぇちゃんが私に虫除けの薬をよく塗ってもらってたっけ。 声には出さず 『あの頃は楽しかったな』と軽く微笑むと、活さんはわざとらしくみえる表情を止めた。
「じゃ、先に失礼します」
後ろのドアが閉まり、店内が静まり返る。店内には私一人。誰もいない。ふと気がつくと、店内の音楽がクラシックになっていることに気づいた。あの時もそうだった。母と姉が喧嘩しているとき、私は部屋で一人クラシックを聴いていた。だけど、姉の声が私一人の時間を遮って、音楽を邪魔する。
「私のしたい事ぐらい好きにやらせてよ!」
そんなことを言ってたっけ。いつからな。姉の声が聞こえなくなったのは。
「すずかさん」
その一声で、私はふと我に返る。すっかり心のなかに囚われていた私は「あっ、すいません」となさけない声を口にしたと同時に妙な違和感を覚える。今、この人は私の名前を口にした?聞き間違いという可能性もあり得る。いや、私の名前を知っている と言うことはうちのクラスの人なのかも。
私は「大丈夫」と心に何度も言い聞かせながら、レジ前に立っているであろう存在と 向き合う事にした。 ただのお客さん・・・・ いや、強盗とかだったら。
「始めまして、すずかさん」
脳内で色々な想像を張り巡らせる中、1つの声が響き、私はパッと前を見た。 そこには黒ずくめの服装、そして何やら古びたペンを持ったあからさまに怪しい人間 が佇んでいた。やっぱ強盗・・・・。
「違いますよ、すずか様。私はあなたが感じている窮屈な毎日から脱してあげたいだけですから、怪しいものではありません」
いかにも怪しい格好をしているが、見方を変えると逆に怪しくないのかもしれない。 窮屈な毎日……私が感じている日々、それをこの人は知っている。 でもなぜ、そんな事がわかるのかな。しかし、何度考えたって結論は出てこない。 出てくることといえば 『不可解』ということ。それと私の日々を監視してるみたいで嫌ってことぐらい。
「あなたがお望みならば、明日から素晴らしい一日をお届けしますよ」
「素晴らしい一日って例えばどんな?」
「退屈じゃない日々ってことですよ」
それ、質問の答えになっているの?よく分からないことを言ってくる。しかし、何故か彼が嘘をついているとも思わない。確証もないのに期待してしまっている自分に驚く。
「本当に……退屈じゃない日々を見せてくれるのですか」
「はい、提供しますよ」
彼はニッコリと笑ったかのように見えた。そして、私はお構いなしに首を縦に振った。
「なら、見させてください。その、退屈じゃない日々を」
私の了承を得た彼は、体を震わせながら大笑いし始める。かと思うと、彼は落ち着きを取り戻したように「では……ごきげんよう。良い一日を」と言った。
そして、次の瞬間私の意識は地に落ちた。
まぶたが妙に暑い。ジリジリと体が火照り、聴いたこともない虫の音が鳴っている。遠くに海のさざ波が聞こえ、海鳥の声がコーラスを奏でている。ここはいったいどこ。さっきまで私はコンビニで……。
ふっと気づいた私は慌てて上半身を起こし、まぶたをうっすりと開ける。
「えっ……」
思考が言葉として流れ出てくる。理解が追いつかない。緑いっぱいの植物、図鑑でしか見たことがないような虫、そこには非日常がたくさん並んでいた。
私は思考を凝らしながらあたりを見渡す。でも、どれだけ見渡してもあるのは同じような風景ばかり。まるで無人島のような。
「だ、誰かいませんー!」
そんな嫌な予感がして大声で叫ぶが返事がない。もし、本当にここが無人島だとしたら。そんな嫌な予感が的中してしまったら。
私は立ち上がり、額についた汗を拭う。
「別にこんな日常はお願いしてないんだけどな」
私は何処かに行ってしまった黒ずくめに文句を垂れ流す。と同時に冷や汗が流れる。
もし、ここで一生暮らすことになったら……。そんな最悪のシナリオが頭の隅の奥で渦巻いている。私はその考えを払拭するように頭を横に振り、ぶっきらぼうに前へと歩いた。海の音がする方向へと。
あれからどれくらい歩いたかな。私は目の前に広がる海へ直面した。
「本当に……無人島じゃないよね……」
無限に続く青。その青に私の思いは黒く塗りつぶされていく。私はその場に立ち尽くしながら先程のことを後悔していた。
私があんなことを言わなければこんなところにはいなかった。自分の醜さに乾いた笑いがこみ上げてくる。
私は画面いっぱいに広がる海へ向かって歩き出した。この海を渡って私は帰るんだ。元の世界に……。
「すずか、久しぶりだね」
唐突に鳴り響いた声に、思考が停止した。ちゃんと聞こえたのに、頭が理解することを拒否しているみたい。
「……おねぇちゃん?」
感情と声が一緒になって震える。この世に存在しないはずの姉の声が私の耳をつけ抜けていく。
「もう、忘れちゃったの?」
その瞬間、姉は体全体で私に抱きついて来る。どつんとぶつかった姉の感触が懐かしい。6歳だったころ、私はいつもおねぇちゃんに抱きついていた。その時と何ら変わらない温かい感触。まるで私の記憶を鮮明に再現したようなものにも感じる。
「これは夢……?」
「違うよ、すずか」
ほっぺたをスリスリされるこの感じも懐かしい。私はたまらず目に何かがこみ上げてくる。水滴、いやもっと大量の津波のような。
私はたまらず姉を突き放して叫んだ。
「あの時、おねぇちゃんは……」
我慢してたものが、頬からこぼれ落ちていく。きっとこれは夢だ。そう、私は言い聞かせていた。あの黒ずくめの人が見せた変な夢だと。
「そうだね、私は死んだね。あのとき……」
おねぇちゃんは笑顔で答えていた。そして、砂浜にゆっくりと横たわった。
「すずか、隣」
そう言って砂をポンポンと叩く。
「……うん」
私はワンテンポ遅れて隣りに座った。
それから、どれほど喋っただろう。太陽は火に沈み、あたりは暗くなっていた。
「退屈だったんだね」
「う、うん」
私は気まずそうに話す。
「私がいなかったから?」
「いや、そういう訳じゃないよ」
私は遠くに輝く星空を見つめる。姉が亡くなった時、私はいつもの部屋でクラシックを聴いていた。そんな時、母親から一通のメールが届いた。
『佳奈が車に轢かれた』
私達の家族はもうとっくに「退屈」とかいう日常じゃなくなってたんだ。だから、私は「退屈」な日常だと思う事にした。そうする事で、私も他の人と同じだって、そう自分に信じ込ませていた。
自分の家族の一人がなくなる。そんなの一大事のことなのに。
「すずかさ……」
姉が私の左手を優しく掴む。あったかい手に思わず顔が綻ぶ。
「この世の中には非日常の人たちがいっぱいいる……そういう人達は、多分生きるのに精一杯で退屈なんて思うこと、ないんじゃないのかな」
優しい口調で語りかける。そして、こちらの方を見て「多分だけどね」と言う。
「私がいなくなってから家族はうまく言ってる?私結構、お母さんにあたり強かったからなぁ」
「うーん、お母さんはたまに泣き出すかな。うえ~んって」
「……へぇ、そうなんだ。お父さんは?」
「離婚しちゃった。だから、今はシングルマザー」
「じゃあ、お母さん大変じゃん」
「だから、私がバイトしてる。高校には内緒で」
「……まじかぁ」
おねぇちゃんはから笑いしながら、背筋を伸ばす。
「そう思うと私達って普通の生活あんましてないのかもね」
「いやいや、違うよ。すずか」
おねぇちゃんは話を続ける。
「普通の生活なんてしてる人は多分いないよ。皆みんなそれぞれ大変な生活を送っている。それに、人生を退屈にするか幸せにするかはその人たち次第だよ。だから、すずか。私のぶんまで、立派な人生を送って。退屈な人生なんて送っちゃ駄目だからね!」
「うん、そうだね」
砂にぽつんと一粒の涙が落ちる。いや、二粒の涙が両隣に落ちる。
「あと、また説教してるよ。おねぇちゃん」
「あ、ごめん。すずか」
そして、おねぇちゃんは懐かしい笑顔を見せた。
それからのことは覚えていない。馬鹿みたいにはしゃいだこと。小さい頃のように遊びまくったこと。砂を掛け合ったこと。まるで夢のような、いや、本当に夢なのかもしれない。
私はこの日を一生忘れない。この『非日常』を私は絶対忘れない。
_ 2081年。
『拝啓 お母さん、お父さん、おねぇちゃん、天国で元気に暮らしていますか。私はもう72歳になりました。すっかり素敵な年になって私は感激です。おねぇちゃん、実はアレから努力して退屈な日常から脱するためにクラシックの勉強を始めたんだ。はじめは難しくて逃げ出しそうになった事もあった。でも、あのとき決めたから。で、5年前の今日、ロックフェスで私達のクラシックが特別参加になって!感激だったよ。炎天下でめっちゃ熱くてさ。それでネットには「炎天下クラシック」なんて名前でトレンド入りしちゃったりして。とにかく、あれからいい日々を過ごしています。そして、私もそろそろ行きます。そちらの方へと。』
私はしわしわの手に握りしめた筆ペンを置き、真っ黒に塗り潰されたいかにも怪しそうな服を着た。そして、私はたびに出る。
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