第9話

 目が覚めると、見たこともない天井だった。

 いや、まったく見たこともないかといわれると、なんとなくは知ってる感じ。ああ、ここは多分、例の『和室』に違いない。

「気がついた?」

 俺がむくり、と上体を起こすと同時に、コタツをはさんで向こうに座っていた東雲が、声をかけてきた。制服ではあるものの、ブレザーは脱いでおり、学校指定のダークグリーンに黒と赤でチェック模様が入ったベスト姿だ。もちろん、シャツも(多分スカート)も装着している。間違っても『裸ベスト』なんていう卑猥な格好などではあるはずもない。

 因みに、俺はコタツに入っているわけではなく、コタツの横に敷かれた布団に寝かせられていたのだ。

「俺……気を失っていたのか?」

「ええ。見たところ怪我もなく、単なる魔力切れの反動で気絶しただけだと思うけど、気分はどう?」

 東雲は、一度コタツから出て、俺の頭の方に座り直す。

 俺も呼応するようにしっかりと起き上がり、コタツの方に胡坐をかいて座りなおした。

「……実戦をこなした、という実感が殆どないな」

「ふふっ……でもまぁ、敵は無力化したし、あなたが実際に戦って、倒したのは事実よ」

「あいつは、どうなったんだ?」

「シビル? 彼はシャルロッテがある場所に閉じ込めてあるわ。暫くは魔法も使えないし大丈夫」

 それを聞いて、俺は安堵に頷いた。

「どうして、ホッとしたの?」

「いや、戦争だ侵略だっていってたから、あいつを殺したのかと思って……」

「……殺さないわ。向こうは殺すつもりでくるでしょうけど、私はなるべく殺生はしたくない。魔族もね、生き物なの。ちゃんと生活があって、ちゃんと死ぬ。だから、できることなら、命を奪わずに済ませたい」

 東雲はコタツのテーブルに視線を落としながら言った。

「あなたは命を狙われるのに、変よね」

「いや……」

 俺は曖昧に答えた。

 確かにこれが戦争で、命の奪い合いであったとしても、相手の命を奪わずに済むのなら、それに越したことはない。別に聖人君子を気取るつもりなんてないし、誰も傷つかない世界を夢見るメルヘンさんでは決してないが、犠牲が出ないなら、ベストに決まっている。それはきっと、いやな自分になりたくない、というエゴから来るものだろう。どんな理由があっても『誰かの命を奪った自分』になりたくないのだ。増してや、憎くもない相手なら、尚更だ。

「そのスタンスはいいんじゃないか? 向こうが殺すつもりだからって、こっちも殺さなくちゃいけない理由はない。無力化でことが済むなら、それでいい」

 俺が言うと、東雲は視線を上げて、僅かに嬉しそうな顔をした。

「そう……よね。賛同してくれて、嬉しいわ」

「…………」

 返す言葉も、上手い相槌すらも見つからなくて、そのまま俺は黙っていた。

 しかし、今思い返してみても、よく戦えた、と自分で自分を褒めてあげたい。人間の形をしていたといえ、魔族とガチ戦闘をするなんて、日常においては決して想像できるものではないからな。

 俺、意外に戦闘センスあるのかもな。

 と、そこで、ふと俺の頭に親父の顔が過ぎる。

 俺が小さい頃の、親父の自信満々の横顔だ。親父は俺のヒーローで、正義の味方で、誰よりも格好良くて、憧れの存在だった――

「志木城君?」

「あ、いや。俺の戦闘センスも悪くない、なんて、自画自賛していたんだよ、内心な」

「暗いわね」

「誰も褒めてくれないからな」

「褒めて欲しいの?」

「さぁ? どうだろう。でも一応、魔族を撃退したんだからな」

「まぁ、よくやったとは思うわ。でも、そうでなくては困るの。あなたは、選ばれた人間なのだから」

「シャルロッテも同じようなことを言ってたな。二人揃ってドSかよ」

「魔王を退けるにはまだまだ先は長いのよ。慢心は隙を生み、隙はすぐに死に繋がるわ。自分が強い、などとは思わないことね」

 東雲が綺麗な顔をツンと澄まして言う。

「思ってねぇよ。自分が強いなんて、何をどうしたら思えるのか、知りたいくらいさ」

 俺の返事に、東雲が怪訝そうに見つめる。

 その表情に、思わず見とれてしまう。

「……なんだよ」

「自分が嫌いなの?」

「嫌いだね」

「どうして?」

「……なんだよ」

「自分が嫌いなの?」

「嫌いだね。だけど、自分を本気で嫌ってしまったら、究極自殺しかない。でも、俺は死にたくない。死にたくない程度には、命が惜しい。人生に未練がある。だから、自分を好きなフリをして、自分が好きな自分に酔って、のらりくらりとかわして生きているのさ」

 思わず、本当に思わず、俺は本心を口にしてしまった。

「……志木城君、あなた……」

 神妙そうに東雲が口を開きかけた時、和室のドアが開いた。

「ただいま戻りました……」

 シャルロッテの声だな、なんて思いながら、振り向くとやっぱりシャルロッテだった。

「あ、シャルロッテ。お帰りなさい。シビルは?」

「成功です。盟約の術式により、シビル・ケツァーナはここから最低十三日間は魔力の行使、及び志木城雪臣への攻撃行為を行えない状態になりました」

「戦力として使えないのは痛いけど、まぁ、上出来ね」

 顎に手を当てて、優雅に東雲は言う。

「仕方ないですよ。二十八人集序列九位を無力化できただけでも、よしとしなくては」

 スルスルと、俺の足元を回って、コタツに入りながらシャルロッテが言う。

「彼は二十八人衆の中でも、魔王に一際強い忠誠を誓っている一人。どんな脅しをしても、こちらの戦力にはならないかと……」

「ほら、でも……強化洗脳とかで『がーッ』ってやれば、戦力になったかもしれないでしょ?」

「柚姫様、強化洗脳で『がーッ』は、人格崩壊の恐れがあるので、あまり……」

「……まぁ、それもそうね」

「お前ら、何気に怖い話してるな」

「戦争ですもの。洗脳やマインドコントロールくらい、当然の手段よ」

 おい、さっき『殺したくない』って言ったのは、どの口だよ。

「俺も、従わなかった場合、やられるのか?」

 俺が言うと、東雲が珍しくおかしそうに笑った。

「そんなこと、する訳ないでしょう?」

 きっぱりと言い切ってくれたところが嬉しい。そうだよな。流石にそんなことする訳ないよな?

「洗脳なんてしなくても、あなたはやるもの……」

「ん?」

「絶対に、やるもの……」

 圧が強い。

「……ね?」

 美人な小顔が微笑んでいるのに、顔がでかく見えるくらいに圧が強い。

「え……は、はい、そうですね。やります」

 なんだろう? これ、調教?

 この前の合宿特訓で、何かが俺の中に刻まれてしまったようだ。俺が己の中にある無意識下の恐怖に怯えていると、突然シンプルなスマホの着信音が鳴り響いた。

「……はい、もしもし?」

 スカートのポケットからスマホを取り出し、東雲が出る。

「……そう。ということは、早ければ一週間後ってところね。ありがとう、助かったわ」

 そう言いながら、電話を切る。

「とある確かな情報筋からよ。アンドロマリウス軍が、次の刺客を放ったみたい。しかも今度の敵は……かなり厄介よ」

 深刻そうな顔で、語る東雲。

 誰なんだよ『とある確かな情報筋』って。怪しい知り合いばっかりだな。

「予想よりも早いですね」

「しかも、相手は『アルマ・ピリス』よ」

 東雲が言った途端、クールが売りのシャルロッテが青ざめた。

「あ、アルマ・ピリス……『狂乱の処女(パラノイア・ヴァージン)』……アルマ・ピリス……」

 深刻な表情でそう呟くシャルロッテ。なんかそいつ、ヤバイ二つ名付いてないか?

「露出度の高い格好で、いちいちいやらしいことを、いやらしく言いながら、いやらしい戦法で戦う『自称ビッチ』な魔族です……」

「有名なのか?」

「彼女も二十八人衆の一人だからね……それに、シャルとアルマは一度軽く交戦したのよ」

「あの時の卑猥さと言ったら……口にするのも憚られます」

 そ、そうなのか。これはこれ以上聞かない方がよさそうだな。

「そ、それで、柚姫様。アルマは七日後に??」

「ええ、最速予定では、ね?」

「では、準備をしませんと……」

「そうね。彼女は、強敵だから」

 慈愛に満ちた目で、シャルロッテを見つめて安心させた後、東雲は視線を俺に向けた。

「あなたも、再度特訓してもらうわ」

「またかよ。学校も休むのか?」

「いいえ。今度は登校しつつ、放課後は全て特訓に費やしてもらうわ。あと、朝も訓練するから、覚悟してね?」

 おう、部活みたいだな。インターハイ目指してる系の。

「その……アルマなんとか、っていうのは、強いのか?」

「序列自体は、シビルより少し下よ。でも、彼女はその思想が危険なの。シビルと同じかそれ以上の圧倒的な魔王族崇拝者。魔王族のためなら、命なんて簡単に差し出すような魔族(ヒト)。ゆえに、手段も場所も選ばないし、最悪自爆してでも、あなたを殺そうとするはずよ」

「そんなになのか。それは……やばいな」

「注意と警戒は、充分以上にする必要があるわ」

 マジか。俺、そんなヤツ(しかも女)と戦うの、嫌なんだけど。

「しかも彼女は、あらゆる呪いと毒に精通しているわ。小さな傷でも致命傷になり得る」

 マジか。それ、尚更勘弁してほしいんだが。

「今回みたいに、直接触れた瞬間に猛毒の呪いで、即エンド、ってことにも……」

「おい、待て待て!! ダメじゃん。完全に俺の戦い方、アウトじゃん!」

「う~ん……いや、なんとかなるでしょ。大丈夫よ、きっと、多分……おそらく?」

「え? どうやって?」

「あ、そうだ」

 俺の疑問なんて完全に無視で、東雲は何かを思い出したように、こたつの横に置いてあった高校指定のカバンの中をあさり始めた。

「はい、これ」

 そうして取り出したものを、俺に差し出す。

 それは、銀色の輪だった。腕にはめるアクセサリーのようにも見える。

「発注しておいた、特殊なブレスレットよ。魔鉱金属でできているわ」

「魔鉱金属?」

「魔力を溜めて、それを具現化させる金属。魔族はもちろん、魔法を使える全ての人間の必須アイテムよ」

 おう、そうか。『魔法を使える全ての人間』がどれくらいいるかはこの際言及しないとして、なに? 具現化って。

「通常の魔法は、ある程度効果が決まっている、という話は、これまでの特訓で教えたわよね?」

 ああ、あの地獄の数日間で、体と魂に刻まれているからな。トラウマ張りに。

 通常魔法といわれるものは、一応『使い方』というものがあって、それを習えば誰でも使える。もちろん、それは『魔法の才能や適性があるヤツなら』、という条件に限定されるから、俺みたいな人間が習ったところで、使えない魔法が殆どな訳だが。

「それらの魔法は、使い方や魔力量、練度や術の系統との相性で、威力や性質は若干異なるものの、概ね同じ効果を及ぼす。でもね、それとは全くプロセスが異なる魔法があるの」

「『ユニークスキル』とか、『オリジナルスキル』って呼ばれるヤツか? 一人に一つだけあるっていう能力だろ? それも特訓中で少しだけ言っていたような……」

「よく覚えていたわね。その通りよ。そのユニークスキルを使用するために必要なのが、そのブレスレットって訳」

「いや、ちょっと待て。俺の『魔力剥奪』って、その手の類のものじゃないのか?」

「つい先ほども言ったはずです。『固有スキルのようなもの(・・・・・・・・・・・)』であると」

 俺の問いかけに答えたのは、シャルロッテだった。

「『ようなもの』ってことは、違うってことか」

 シャルロッテは頷き、東雲が続きを話す。

「あなたの『魔力剥奪』は、借り物の力。魔法を一時的にレンタルしているようなイメージのものよ。それについての説明は、端折るけど……」

「おい、だからなんで端折るんだよ。お前、ちょいちょい大事なところ端折ろうとするよな?」

「だって、説明してもあまり意味がないもの。どうしても聞きたいというのなら、聞かせてあげるけど……三時間くらいかかるわよ?」

 そんなにかかるのかよ。

「あ……いや、やっぱり結構です」

 俺は思わず、敬語で答える。

 そんな俺を少しだけ見下すような目で見ると、東雲は肩を竦めた。

「それで、なんの話でしたっけ?」

「多分、オリジナルスキルの話だな」

「あ、そうそう。オリジナルスキルは、魔法とはまた別のプロセスで魔力を発生させる方法なんだけど……」

「あの、東雲。理屈やプロセスはもういい。イメージしやすい言葉で、分かりやすく頼む」

 俺が東雲を強く見つめて言うと、彼女は、やれやれといった様子で、小さくため息を吐いた。

「……そのブレスレットは、特殊能力の発生装置みたいなものよ。その人が潜在的に持つ、信条、本質、テーマのようなものから関連づいた力が具現化するの」

 なるほど。分かりやすい。異能バトルものの、特殊能力、みたいなものか。

「ええ。その認識で充分よ。大抵の場合、ユニークスキルは発現と同時に、その本質と使い方を概ね自動的に理解できるようになるものだから、特殊な応用方法や、単純な練度は訓練あるのみだけど、普通に使うだけなら、突然使えるようになるから、使い方を考えたり、悩む必要はまずないわ」

 自動的に、ね。

 あっ! そうか!!

 あの特撮ヒーローとかが、ある日突然、変身ガジェットを渡されても、ばっちりポーズ決めて変身したり、初見の武器使いこなしたりするのも、そういう謎システムがあるから……とか?

「……はぁ?」

 完全にノリと冗談で言ったら、東雲にゴミを見るような目で見られた。

「あ、いや……ゴホンッ。今のは忘れてくれ。それじゃ……東雲たちも、その能力が使えるのか?」

 俺が聞くと、東雲は制服シャツのリボンをおもむろに取り始める。そしてそのまま、器用にシャツの襟のボタンをあけた。シャツ越しにベストの合わせの隙間から、するりと金属のネックレス、のようなものが取り出された。

「私のは、ネックレスタイプだけど、素材と効果は同じものよ。能力の内容は、明かせないわ。個別の能力だから、なるべく知られないに越したことはないのよ」

 まぁ、言わんとしてることは分かる。特有のスキルなら、奇襲などにも使えるからな。

「……なるほど、そのユニークスキル? を俺も使えるようになれば、多少戦闘が楽になるってことか」

「そういうこと。まぁ、発現した能力が、ゴミのように使えないものだったら、どうしょうもないのだけれどね」

 その可能性もあるのかよ。怖いな。

「あなたに、少しでも使える力が発動することを祈るわ」

 東雲は、そう言うとおもむろに立ち上がる。

「さぁ、もう体調は大丈夫よね? それなら、帰りましょう」

 それに続くように、シャルロッテが立ち上がる。

 東雲は壁のハンガーにかけてあったブレザーに袖を通し始める。俺も体の調子を確かめながら立ち上がる。俺の荷物(カバン)は……おう、和室の隅にきちんと置かれている。多分廊下に放置したはずだが、東雲かシャルロッテ(多分後者)が俺と一緒に運んでくれたのだろう。

 俺はカバンの近くまで行き、ゆっくりと持ち上げる。

「それじゃ、明日から特訓ね」

「え? ……ああ、そ、そうか。そうだよな」

 俺はきっと、露骨に嫌な顔をしただろうな。

「早朝六時から朝練、放課後は十八時まで夕練、夕食後に二十一時まで夜練、というサイクルでいくから」

 あの、俺の自由、なくないですか? つーか、勉強する時間とかもないですよね? ……勉強はしないけど。

「世界の平和がかかっているの。仕方がないでしょ?」

 東雲がそう言って軽く首を傾けると、その反動で長い黒髪が、さらりと揺れる。

「……まぁ、そうだったな」

 そうだ、世界を救うためなら、仕方がない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る