第8話

とまあ、そんなこんなで五日ぶりの学校である。

 なんか、刑期を終えてシャバに出てきた囚人の気分だ。捕まったことはないけども。

 クラスメイトといつもの友人二人に風邪とかなんとか嘘ついて、久しぶりの社会復帰。

 いいね。この平和な感じ。いつものようにホームルームで始まり、授業、授業、じゅ、って、俺、置いてかれてない? 

 だよね、だって、うち進学校だもん。俺、元々そんなに頭良くないもん。

 そんな焦りを感じながら午前中が過ぎ、昼休みが過ぎ、その間にはスマホに東雲からの『放課後校門で待つ』という果たし状のようなメッセージがきたりしたが、とりあえずは何事もなく放課後である。

 俺は、何かを誤解してニヤニヤする山沢と影島に別れを告げ、教室を出る。

 入り口付近で、いつかのようにクラスメイトの女子の水咲が『どうしたの? 随分急いでいるじゃない』なんて声をかけてきたりもしたが、それを愛想笑いでスルーして校門を目指した。

 待たせて東雲を怒らせるのは得策じゃないからな。

 そんな理由で飄々と廊下を進み、曲がり角を曲がって階段を下りたところ――、今回は二階の廊下へ差し掛かる手前で、俺は感じた。

 何をかって、そりゃあ、違和感だ。『妙な静けさ』とも言う。ここ数日で嫌というほど訓練した『魔法力』というものを感知した証拠だ。

『感じている違和感は、間違いなく誰かの魔法干渉を受けたことを意味します。つまり、誰かの行使する結界内に入った可能性が高いと考えた方が良いですね』

 シャルロッテにそんな風に言われたのを思い出す。

東雲は今日、校門で待つと言った。だから、校門付近でこれを感じたなら、シャルロッテの空間魔法ということも考えられるが、ここはまだ校舎の中。しかも、階段を下りてすぐなんて中途半端な場所。それはつまり、敵の可能性が高い。

このまま階段を降りるべきか? 前はうっかり様子を見に行って、襲撃された。今回はわき目も振らず階段へ……

「んあっ?」

 変な声を上げてしまった。だって、ほんの一瞬、階段から廊下に出ようか迷って、前方に意識を囚われている間に、当然存在するはずの一階への階段はなくなって、壁になっていた。それだけじゃない。今降りてきたはずの階段もなくなり、壁になっている。待て待て、それじゃあ俺は何処から降りてきたんだ?

「ははっ、なにこれ」

 軽快に呟かずにはいられない。仕方なく、覚悟を決めて廊下へと踏み出す。もう進むしかない。完全に敵の手中だけど。

俺はゆっくりと、廊下を歩く。この前の再現みたいだ。俺の足音だけが、静かに響いて、よく知っているのに、全然知らない場所のように思える。

 放課後の廊下には本来あるはずの、ざわつきや気配や、音や声やそういったものが、いつの間にか綺麗さっぱりと失われていて、無声映画の中に放り込まれたような物悲しい孤立感を覚える。

 間違いない。この空間は隔離されている。どういう理論かは、何度説明されても分からないが、簡単にいうと、空間と空間の間に擬似空間を作成して、湾曲した空間の隙間に並列世界のようなものをねじ込み、そこに閉じ込めているようだ。しかも、広さもこじんまりした空間から、学校の敷地全部くらいまで、術者の力量と自由で変えられるって話だ。だから、破壊された廊下の窓も、ロケットで抉られた階段や床も、結界が解けた瞬間に何もなくなっていたのは、そういうことらしい。

 うん、言っていて俺もさっぱりわからない。だが、俺に言えるのはここまでだ。

 とにかく、俺は今、そんな『現実には干渉しない空間』に閉じ込められたという訳だ。見た目は普通の校内なんだけどな。

 確かに、今思い起こせば、あの雷神とランデブーしそうになったあの時も、同じような静けさがあった。きっとあの時も、知らず知らずのうちに人避けの結界の中に招き入れられていたんだろう。

 この前の雷神といい、今回といい、きちんと人のいない隔離されたフィールドを用意してくれるとは、律儀な奴らだ。

 おかげで、他の一般生徒を巻き込む心配をしなくていいのは助かるが。

 いや、そんな心配してる場合じゃない。俺はイメージする。体の熱を放射して、薄くのばし皮膚に密着させる。熱をオーラのように見立てて、全身を包み込む感じだ。

 これがいわゆる魔力の鎧、『石装鉱(ゴーレムスキン)』だ。これで、一応の対魔法、物理防御は張れた。

 そして、次は……と考えた瞬間、前方に黒い煤のような煙が現れた。

 薄い煙は秒ごとに濃くなり、やがて人の形を成していく。ゆっくり五秒も数える頃には、それは殆ど実体化していた。

 驚きのイリュージョンだ。……なんてこと言ってる場合じゃない。敵だよ、敵。

 黒いマント(ところどころ紫が入っていて、裏側が赤い、いかにも悪魔っぽいやつ)にスーツに金髪のオールバック、目は赤く光ってる。

 背は少し離れたここから見ても明らかに高く、ここから見る限りは顔もなかなかのイケメンに見える。

 あのイケメン……間違いない。かなり上位クラス!

 ああいうイケメンは、かなり強い幹部クラスか、呆気なくやられる見掛け倒しヘタレの二択と相場が決まっている。それがお約束というか、世の理というもの。

「志木城雪臣だな」

 そういうあなたはどなたですか? とは、流石に聞けなかった。俺はそこまでの鋼のメンタルを持ち合わせてはいない。

「答えずとも良い。既に確認はしてある。その顔に間違いはない」

「やっぱり、俺の情報、漏れてるのかよ……」

「ふん……すでに多少の魔力を感じる。ということは、何らかの先手は打たれた、ということか」

 呟きながら、イケメン金髪マントは不敵な笑みを浮かべる。

「だが、どんな対策をしていても関係ない。私は、我が主の為に、成すべきことを成すだけ!」

「自己完結かよ」

 俺の悪態など、相手は聞いちゃいない。

「我、魔王アンドロマリウスの名の下に、その偉大なる力の片鱗を扱わん」

 イケメン金髪マントは呟きながら、右の拳を握り締めると、その手首を左手で掴み、力を込めていく。

「んぉぉぉぉぉ」

 深い呼吸音と共に、彼の右拳に黒紫のモヤのようなものが集まっていくのが見える。

 っていうか、俺、見えてる!!

 多分、あれは魔力的なアレで、常人には見えないオーラ的なものであるわけで。つまりこれも、修行の成果ということ。うん、一気に現実離れしたスキルを身につけたな、俺。

「散れっ!」

 低い呟きと同時に、敵が僅かに体勢を低くする。そう認識した時には、ヤツはすでに目の前に差し迫っていた。

早い。この数メートルを一モーションで詰められるとは思っていなかった。強張る体を無理やり動かし、俺は一歩分飛びのいた。近すぎる距離では、見極められるものも見極められない。しかし、脇のカバンが若干邪魔だな。

「『至宝を奪還する豪胆なる拳(プリンセス・ピレッジ)』」

 なんか妙に似つかわしくない横文字発言と共に、黒紫のオーラ塗れの拳が、俺に向かって放たれる。てっきり飛び道具的な、衝撃派的な何かを想像していたが、その実、ゴリッゴリの右ストレートだった。

「うおぉぉっ!」

 即座の飛び退きが功を奏したようで、俺はそれを何とか紙一重で避けることができた。剣道で培った動体視力がものを言ったな。あと、東雲の無駄に見えない高速竹刀のおかげか。

 俺を捕らえられなかったイケメン金髪マン……もう、面倒くさいから『イケマント』でいいか? んで、イケマントのオーラを纏った拳は、勢いを殺しきれずに廊下の壁にぶち当たった。

 ズゴーン、という面白可笑しい効果音と共に、廊下が僅かに揺れる。

 壁紙が破壊され、コンクリートやら木やらの壁素材がパラパラと廊下に落ちた。

「……我が拳を恐れたか?」

 スッと背筋を正して振り返ると、左手で髪を直しながら、イケマントがニヒルに笑う。

 あー、凄くテンプレートな敵様のようで。

 なんていう軽口は心の中でのみ叩いて、俺は再び戦闘体勢をとる。真面目にやらないと、多分危ない。このイケマントが、本当にアンドロマリウスの刺客であるのなら、俺を本気で殺そうとしているわけだからな。

 俺はポケットの中から、木製の『柄』を取り出して、肩に脇に抱えていたカバンを床に下ろす。

「……ん?」

 俺の手元を見ながら、イケマントが、顔を顰める。

 そうだろうな。俺も初めて見たときは、同じ反応をしたよ。

 俺が取り出したのは、確かに名目上は『木製の柄』なのだが、それはどう見ても『コケシ』にしか見えない。

 それもただのコケシなわけでもなく、コケシの顔(?)が上を向いているようなデザインになっている。つまり、上を向いてアホみたいに口を『ワー』と口を開けているような模様が書かれている訳だ。うん、言ってること、分かる?

丁度片手で握ると五センチほど余る感じのサイズ感に、握り心地はしっかりと握りこめる細めの制汗スプレーの缶くらいで、楕円でないことを除けば、さほど持ちにくいというわけではない。

そんな『柄』を手に、俺はイケマントに向かってコケシの顔を向ける。

イケマントをじっと見たまま、親指を伸ばした先にある、丸いスイッチを押し込んだ。

 ビュゥゥッ

 ブゥンッ

 どこかで聞いたことがあるレーザー音が響き、コケシの脳天……もとい、上を向いた口から赤い質量を持ったエネルギー物質が、速やかに伸びていく。

「……ほう、コー・ブレードを使うか。だが、それは我がアンドロマリウス軍の武器。人間ごときが扱っていいものではない!」

 コー・ブレード。ああ、このコケシ、そんな名前だった気もする。って、この武器、敵軍の武器なの?? 東雲に渡されて、使い方を習っただけだから、知らなかったけど、そういうことなのか。どうりで、デザインが正義の味方っぽくないと思っていたんだよね。あと、このレーザー的な刀身の色とか。だって、この色(赤)、完全にダークサイドの色だもん。

「……忌々しい! 我らが至宝を奪ったばかりでは飽き足らず、魔族の崇高な武器を用いて尚も我々を侮蔑するか! ……許せん」

 ええと、なんかこのコケシ、イケマントの怒りに油、注いでない? 至宝ってなに?

 なんの行き違いかしらないけど、俺は何も奪ってないからね? むしろ奪われてる側だからね? 日常生活とか、平和な毎日か。

 なんていう嘆きはさておいて――、

 ヴゥンッ

 軽く振り回して、俺はコケシブレードを構え直す。デザインは別として、この武器の威力は訓練で十分に思い知っている。言うなれば、ビームサーベルであり、高出力エネルギーの刃な訳だが、それなのに、どういうわけが、かなりの重さがある。

 そう! レーザー的なものなのに、このコケシブレード、しっかり重いのだ。

「この私が、貴様を消し炭にしてくれる。そしてアンドロマリウス様に、恒久の安寧を献上するのだ」

 イケマントは、またもや何か自己完結したように宣言すると、再び拳を掲げた。

「『至宝を奪還する豪胆なる拳(プリンセス・ピレッジ)』!!」

 本日二回目の恥ずかしい名前の右ストレートが、さっきよりも早い速度で放たれる。

 俺はそれをコケシの刀身でいなす。

 ガキンッという音と共に、何かが削れるような音がする。

 ジジッ

 刀身を見ると、そこにはイケマントの拳のオーラの一部が、こびりついていた。なるほど。あのオーラはこのブレードで削り取ることができるのか。

「クッ、流石はコー・ブレード。人間風情が使用しても、我がオーラを削るほどの威力を誇るか。だが私は負けるわけには行かないのだ! ただの人間ごときに敗北するなど、このアンドロマリウス防魔二十八人衆が一人、シビル・ケツァーナの名誉に関わる!」

「……え? 痺れるケツ穴?」

「違う!!シビル・ケツァーナである!」

 ごめん。結構本気で聞き間違えた、ケツァナさん。

「アンドロマリウス防魔二十八人衆は、アンドロマリウス様をはじめ、魔王族をお守りするために選ばれた精鋭中の精鋭。その中でも、私の序列は第九位。私に敗北は許されない!」

 けっこう強いじゃないすか、ケツあ……ケツァーナさん。あと、スゲー説明口調。

「我が王への忠義……この拳で示すのみ!!」

 そう言うと、ヤツの拳に三度目の黒いオーラが膨れ上がっていく。

 俺もコケシ・ブレードを構え直し、視線をイケマントに固定する。

 間合いはこちらが有利。威力は向こうが上かもしれないが、俺には東雲直伝の対魔族の切り札がある。それを当てることに成功すれば、非力な俺でも勝てる……と東雲が言っていた。若干の不安は残るものの、その辺は彼女達を信じてその方法に賭けるしかない。

「……ッ!!」

 今度は無言で、ケツあ……シビルが突進してくる。さっきよりも遥かに早い。本気で決めにきている。技名を叫ぶのは無駄だと理解したのだろうか。

 まずは拳を片手のブレードで受けていなし(・・・)、その間にもう片方の手で……って無理!!!

 ジジッ!

 ビキビキッ!

 襲い来る拳をブレードで受けようとするも、その衝撃のあまり、両手で握っていても刀身がはじかれブレる。

 それは手が痺れるほどの強打。

 しかも、右から左から、左右のパンチラッシュ。

「うぉぉぉぉぉぉおおおお!!」

 有名な『背後に立つ悪霊』のように、オラつき無駄にドラついた拳の連打が襲いかかる。

「くぅぅっ!!」

 頑張れ俺の動体視力。集中力を研ぎ澄まし、ギリギリのところで拳の軌道を見極め、ブレードで受ける。ありがとう剣道。ありがとう東雲の常軌を逸した訓練。

 それがなければ、俺はとっくにあの恥ずかしい技名のパンチの餌食になっていただろう。

 『バカン』とか『バリン』とか、『ジジジ』という誘蛾灯で虫が焼かれるような音や、良く分からない効果音を鳴り響かせながら、俺のブレードとヤツの拳の攻防が続く。

 しかし――もう、限界が近い。腕はもう衝撃を受けすぎて、力が入らなくなってきている。それにラッシュが猛烈すぎて、反撃することもできず、防戦一方。体力は削られ続け、間合いを取ろうにも、その隙がない。

「くっそ!!」

「どうした!! 我が拳の前に、なす術はないか??!」

 これまた定型文みたいな悪役のセリフをはきながらも、シビルの連打は一向に威力がおとろえない。打撃を受ける度に、俺の手の感覚がなくなっていく。すでに反射的に何とか拳をブレードではじいている状態。そろそろ、本当にヤバいか……?

 だが――シビルの肩越しに、彼女(・・)が見えたのは、その時だった。

『カチッ!』

『ポシュッ!』

 いつかどこかで聞いたような音が僅かに聞こえて直後、シビルが一瞬の疑問顔を浮かべるかどうかの間に、それは着弾した。まさに俺と戦っているシビルの背中に、である。

「ぬあああっ!」

 強烈な爆発音と共に、目の前のイケマントが吹き飛び、その衝撃で俺も吹き飛ぶ。

 あれ? これ、前にもあったような。

「ごっふっ……!!」

 ふわりと宙を舞って、やはり今回も、着地に失敗し転がる俺。でも大丈夫。雷神戦のときよりは、ちゃんと受身的なものを取れた気がする。

「今です!!」

 爆発、というかロケットランチャーの持ち主であるシャルロッテの声が、近くから聞こえた。

 俺は軋む体を無理やり動かし、やや中腰で立ち上がる。ああ、体が痛すぎる。見渡すと、四メートルほど前に、片膝立ちで蹲るシビルの姿があった。背中から、豪快に煙が出ている。

 ロケラン食らって無事って、お前、凄いんだな。

「なんて、思ってる場合じゃない!」

 俺は口に出しながら、走り出す。走り出してから気づいたが、既にコケシ・ブレードは手から離れていた。吹き飛んだ衝撃で思わず手放してしまったのだろう。

 だが、別に構わない。

 東雲から教わった対魔族の攻撃。それは、右手に刻まれた術式を直接魔族に叩き込む技。

 狙うのは頭。

 想い、つまり思考から発する『魔力』は、脳に直接働きかけるのが効果的なのだとか。そして、魔法を覚えたての俺は、もちろん自由に使いこなせるわけもなく、実際に手で触れて、魔法を流し込む他、方法はない。

 どういうことかというと、対魔族の切り札は会得したものの、右手で相手の頭(額がベストらしい)に触れて発動する以外、やりようがないってことだ。

 しかも、そんな隙は絶望的にないと思われた最中のシャルロッテの援護。この機会を逃したら、多分おしまいだ。

 俺は歯を食いしばって、その僅かな距離を走った。飛んだ、と言った方が、正確かもしれない。踏み出した足が、伸ばした右手が、ミシミシと色々やばそうな悲鳴を上げる。

「うおおおりゃあああ!!」

 必死な時に出る声なんて、バカみたいにみっともないものだ。反応の間も与えず、俺は自らの右手を、シビルの頭にかざした。ヘッドクローさながらに。

「魔力剥奪(ロイヤル・プリバレッジ)」

 俺は高らかに宣言する。腕に少し特殊な力の込め方をすると、ジワッと筋繊維が、所々焼けるように熱を持つ。

 どうやら、練習どおり発動はしたようだった。

「なにぃ!? ぐぬぅぅぅ!」

 シビルは驚くと、奇妙な声を上げて苦しみだす。

「グああアあっ! なぜだ! 魔力が、奪われる!? コレが……いや、この力は!!」

 抵抗しようと俺の手を掴むが、その腕には最早、力はない。なんとか掴んでいるに過ぎない程度の弱さだった。

「ぐぅぅぅぅぅ……!!」

 そのまま苦しみ続け、暫くすると、全身から煙を上げて、脱力する。シビルは意識を失ったようで、俺が掴むのをやめると、支えをなくして廊下の床へと倒れこんだ。『ゴッ』という痛そうな音が響く。

 俺も急激な疲労と反動で、思わず床に膝を付く。

「……はぁ……はぁ……成功……か?」

 俺が息を荒げながら呟くと、カツカツと近寄ってきたシャルロッテが、短く切り揃えられた髪を揺らしながら、見下ろした。

「はい、この者の『魔力』の封印に成功したようですね」

「そうか。しかし、本当に俺でも出来るんだな、魔法」

「あなたのそれは、特殊魔法です。魔法というより、固有(ユニーク)スキルに近いもの、特性のようなものですね。救世主と魔王のみが操れるといわれる、アンチ魔法の一種です」

「アンチ魔法ね。主人公には有り勝ちなスキルっちゃ有り勝ちだな」

「そうですか?」

「そうだろ。魔法が使えない代わりに魔力を無効化するとか、比較的安易な設定だと思うが」

 俺の言葉には答えず、代わりに不服そうな顔で、こちらを睨む。

「安易でもなんでも、それはあなたが生き残る唯一の手段……もっと使いこなせるようにしておくべきです。そうすればひ……」

 そこまで言って、急に言いよどむ。

「なんだ?」

「……いいえ。魔法はその人の経験や意識で姿を変化させるものです。使っていけば、直接触れることなく魔力を封印することもできるようになるかもしれません」

「そうなのか?」

「魔法は想いの力。強く望めば、それはその想いに共鳴して、姿やあり方を変えます」

「そうか……まぁ、少しずつ、やってくしかないな……」

 そう言って、俺は立ち上がろうとしたのは良いが、直立したのは数秒で、間もなくしてふらふらとよろめいた。

「あれ……?? うわっ……とと」

 ギリギリ持ちこたえて、無様に転ぶのを回避する。

「戦闘ダメージ及び実戦での魔法行使による魔力消費。緊張と危機感で必要以上の魔力を費やしたみたいですし、体力、気力共にあなたは限界です。早急に休んだ方が良いですね」

「そうか。慣れないことっていうのは、やっぱり上手くいかないもんだな」

 俺が言うと、シャルロッテは僅かに眉を顰める。

「初戦闘にしては、十分だと思いますよ。下っ端のザコならまだしも、二十八人衆の第九位を無力化したのですから」

「はは……じゃあ、俺って凄いのかな?」

「それなりに。そうでなくては困ります。あなたは、選ばれた救世主なのですから」

 シャルロッテの言葉に、応えたかどうか、その辺の記憶は曖昧だった。すでに体の感覚は、殆どなくて、視界も揺れ、ふわふわとした妙な感じが、俺の全身を襲っていた。

「あ……ダメだ」

 それはかつて一度だけ味わった、めまいからの失神と酷似していた――。

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