第6話

 実にどうでもいい情報ではあるが、俺は殆どの場合、味はイマイチだがとびきり安い食堂か、購買のパンで昼食を済ませることが多い。

 だから、今日も例外ではなく学生食堂の一番安いA定食(日替わりで今日は和風ハンバーグ)を注文し、山沢、影島らと一緒に昼食をとっていた。

 経費削減なのか、味の薄い味噌汁がしみるぜ。

 と、そんな時、

『ピンポンパンポーン』

 突如鳴り響く、校内放送の音。

『お昼の校内放送の時間ですが、今日は予定を変更してお送りいたします』

 聞き覚えのある放送委員の女子の声が響く。ほう、放送の全国大会にも出るほどの実力を持つ我が校の放送委員が、内容の変更とは珍しい。

『本日は、ある生徒さんから重大発表があるそうなので、お聞きください』

 重大発表? なんだ、今度はそういう手法できたか、放送委員。どうせやらせ的なあれだろうが、中々遊び心があるな。

『それでは、どうぞ』

 カタッという音がして、マイクが切り替わる。

『ええと、皆さん、ごきげんよう。私は、二年A組の東雲柚姫です。この度は、重大な発表がございまして、この場をお借りしました。私事ではございますが、ほんの少しだけお付き合いくださいませ』

 俺は味噌汁を吹き出しそうになった。

 なんだ、この絶対的に感じる、嫌な予感は。

『もう知っている方も多いとは思いますが、今朝、私は二年C組の志木城雪臣君と共に登校いたしました。このことに関して、説明をさせていただきます。私、東雲柚姫と志木城雪臣は、実は生き別れの双子の兄妹だということが、つい先日発覚いたしました』

 今度は耐えられず俺は味噌汁を吹き出した。

「うわっ汚ねぇ」

 そんな風に言う山沢は完全にスルーだ。

『正直当人である私たちも驚いていますが、十年間ずっと探し続けていた兄。これからは、空白の時間を埋めるように、兄妹仲良く共に歩んでいこうと思います。と、いうわけですので、野暮な詮索のなきよう、よろしくお願いします』 

 時々感動を装った涙声まで使って、全校放送で嘘をでっち上げた東雲。うわあ、そうきたか。あいつ、マジですげえな。関心するよ、ほんと。

「そそそそ、そうだったのか! 雪臣ぃぃ!」

 わかりやすく驚きを全身で表現する山沢。お前のリアクションもある意味天才的だぞ、うん。

「……そうらしいな。実感ないけどな」

 俺はなるべくリアリティを出しながらそう言った。

「へえ、そんなことってあるんだね」

 影島まで、感心したように言ってくる。

 あるわけないだろ、そんなトンデモ展開。

「もうドラマじゃねーか。うわっなんか緊張してきた」

 山沢、仮にこの話が真実だとしても、お前が緊張する理由は微塵もねーよ?

「も、も、もしかして、お前たち、一緒に暮らしたりするのか?」

 山沢、お前の率直で下劣な発想、痛み入るよ。

『それと、もう一つ。私と志木城君は、近いうちに一緒に暮らすことになると思いますが、これはあくまで家族として、血縁として当然のこと。この件に関しても、変な勘ぐり、誤解のないようお願いします。長々と失礼いたしました。私からは以上です』

 俺は箸を落としていた。カラーンという音を立てて、テーブルの上に転ぶ二つのチョップスティック。

「俺も、今の今まで知らなんだが、そういうことらしいな」

 苦笑いをしながら、俺は山沢に言った。

「羨ましすぎるぞ、この野郎!」

 羨ましくねーよ。むしろ色々俺の知らないところで話が進んでいて、すげー怖ぇよ。それに俺の信条、知ってるだろうが。

 それにしても、全校放送でとんでもない嘘でっち上げの連続。やってくれるな、東雲柚姫よ。

 俺はクラス中からの質問、疑問、その他諸々の視線を向けられ、大きくため息を吐いた。

 これでしばらくは同じような質疑応答が繰り返されるのだろうな。

 で、案の定休み時間のたびに色々な人から、色々な質問をされ、それらをなんとか誤魔化しきって気がつくと、放課後になっていた。

何か、生きた心地がしなかった一日だ。さて、帰宅しようかと思ったところで、俺は思い出す。いや、忘れてたわけじゃなく、忘れたいと思っていた東雲からの『呼び出し』である。

『本日放課後、屋上に来られたし』

 スマホのSNSメッセージに、東雲からの連絡が。

 武士の挑戦状か? とか悪態をつきながらも、結局俺は授業が終わり次第、忠犬のごとく屋上への扉を開く。

 ガチャ。

 扉の向こうは、夕日の滲むフェンス越しの空なんかではなく、やっぱりびっくりの例の『和室』だった。

「遅かったわね」

 和室にはすでに、こたつに入ってお茶を飲んでいた。

「これでも、『さようなら』してから五分以内で来たんだが」

「私は一時間三十分前に来ていたわ」

 授業は受けてから来いよ!!

「丁度教諭がお休みでね、自習だったのよ」

「それで、なんで呼び出されたんだ?」

「志木城君には、今日から泊まり込みで、戦闘訓練を受けてもらいます」

「…………は?」

 俺の反応、間違っていないよな?

「昨日も説明した通り、あなたは救世主なり勇者なりの可能性は持っているだけで、戦闘力はないの。でも、すぐにでも魔王軍は攻めてくるかもしれないの。今のうちに戦えるようになっておく必要があるでしょう?」

 いや、魔王軍が攻めてきたら、俺一人じゃどうにもならんだろう。

「それは大丈夫よ。魔王軍は、救世主であるあなたをピンポイントで狙ってくるわ」

「マジか!? え? なんで? どう考えても、全軍で攻めてきた方が早いだろう?」

「魔王軍は救世主の存在を恐れているの。それは過去にどれほど順調に人間界を侵略しても、救世主一人にひっくり返されたことがあるから……」

 へぇ……救世主ってすごいんだな。

「そこで、魔王軍も少数精鋭で、名うて刺客を送り込んでくるはず。それと戦うのは、あなたしかいないの」

「待ってくれ。魔王軍と戦う……その俺たちの仲間は?」

 俺がそう聞くと、東雲は恋が生まれそうな可愛い笑顔を浮かべて、ひとさし指をたてる。

「志木城君」

 続いて、二本目の指を立てる。

「シャルロッテ」

 さらに三本目の指。

「わ・た・し」

 まるで新婚夫婦の風呂か食事の二択テンプレに突然ぶち込んだ第三の選択肢ばりに色っぽい顔で言う東雲。

「以上、よ」

「え? 三人?」

「そうよ」

「いや、主要メンバーは俺たちで、でも地下組織には何十人もレジスタンスが……とか」

「いないわね」

 東雲はきっぱりと言い放つ。

「……という訳だから、今日から特訓よ。いわゆる修行パートね。場所は、私の家。使ってない部屋も沢山あるし、なにより広いから。……ああ、シャルロッテも一緒にあなたを訓練してくれるから。いいわね?」

 よくねぇよ。よくないけど……そうか、東雲の家に泊まり込みで……って、家の人は?

「私、諸事情あって、しばらく一人暮らしを満喫しているから、両親はいないわ」

 ほう……それは、なんていうか……ねぇ?

「今、ちょっと卑猥で邪なことを考えたでしょう?」

「いや、そこまでは……ただ、普通にまずいだろうって思っただけだ」

「そう? それなら、無用な心配よ。あなたには、そんなことを気にしている余裕なんてなくなるくらい、過酷な訓練をしてもらうから」

 ……あの、やっぱ世界を救うの、やめていいか?

 そんな気持ちは心の奥そこにしまって、俺はそのまま、東雲の家で訓練を受けることになった。

 えっと、着替えとか、最低限の生活道具は、とりに帰っていいよな?


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