14
神様は、厳しいと知った。
神様は、父性的であると知った。
神様は、女性を蔑視していると知った。
神様は、女である私を救ってはくれない。
――だから、私は死のうと思った。
純粋で清潔な少女のままで。
美しく綺麗なままで。
純潔のままで。
――死にたい、と思った。
私は、醜い。
でも、だからこそ、このままで。
それに、醜いもの程、美しいものを求めるのだ。
この世界で生きていくためには、心を閉ざして鈍感になる。いちいち外の世界を気にしない。何も考えない。
そうすることが、弱い私がこの残酷な世界を生き抜く、最善の処置だと思っていた。
でも、それは、心を殺して、本当の自分の心を、自分らしく生きることを諦めることと同じでもある。
繊細で美しく綺麗な心を汚すことである。純粋性を失うことである。
自分で自分を殺すことである。
しかし、現実は、そうして生きていくしかない。
――ただし、生きていくならば。
そもそも、本当の自分とは、本当の自分の心、気持ちとは、自分らしく生きるって何だ。
いずれにせよ、他人との関わりがある以上、その中で本当の自分は見つけられない。
これ以上長く生きたって、恥を上塗りするだけだと思った。
もう既に恥まみれで、元の原型がわからないのに。
私は、人に怒られたくないというモチベーションだけで生きているだけだった。
だから、人前ではなるべく笑わないようにしていた。
無暗に他人に歯を見せると、いつも怒られたから。
愛想良く笑っていれば怒られないなんてよく言うけれど、そんなことはなかった。
自由に振舞う人を見て、私は、他人事なのにいつも冷や冷やしていた。
人から反撃されない、殺されない、そう思えることが不思議でならなかった。
人が怖い。人と関わりたくない。
人の心がわかれば怖くないのに。
最初から生きていて楽しいと思ったことなんて一度もなかった。
勉強ができるから偉いのか、お金持ちだから偉いのか。
人と価値観が違う人間は、生きている価値が無いのか。
無数の管が身体中に繋がれている気がして、不自由極まりない。
この世は、地獄だと思った。
小学生から中学生へ、中学生から高校生へと上がっていって、多少はマシになると思っていたけど、より地獄に下がっていくだけだった。
だから、私は、過去を振り返った時に、いつも幸せだったと思う。
でも、これは、よくある過去の美化などではない。
本当に過去の方が良かっただけだ。
このまま大人になったら、どんな地獄が待っているのだろう。
怖くて恐ろしくて堪らない。
不安で不安で堪らない。
消えてしまいたくなる程に。
もう私の心は、とっくに壊れていたのだ。
いつまでも壊れたエンジンで走り続けることはできない。
大人は、よく将来の夢を聞いてくる。
でも、将来の夢なんてなかった。
そんなもの考えたくもなかった。
将来――未来のことすら考えたくもないのに、夢なんてものは到底考えたくもなかった。
そもそも、今を考えることで精一杯で、未来のことを考える余裕なんてなかった。
また、自分のことで精一杯で、他人の事を考える余裕だってない。
そんな人間が夢なんてものを語る資格があるだろうか。
夢なんて、そんなものは、精々寝ている時にでも見ていればいいのだ。
そもそも、夢って何だ。
私は、夢というものを知らなかった。
子どもに向かって、無責任に未来を語らせる大人は、自分が底に堕ちることを想像できていない。
当然、既に底に堕ちている人間のことなど考えもしない。
テレビやSNSを見ていても不快なニュースしか入ってこない。
技術は進歩しても、人間は、少しも楽になってはいない。
むしろ、その余剰分の負担が増えていっているだけのように思えた。
そんな時代をつくった大人が今更未来を語るな。
だから、未来になんか希望を見出せなかった。
私は、希望というものも知らなかった。
でも、良くも悪くもその時代が、その人をつくる。
だから、みんな時代というものの被害者なのだ。
私は、それもわかっている。
決して、人が時代をつくるのではない。
時代が人をつくるのだ。
こんな時代に生まれた私は、こんな人なのだ。
時代という強大で畏怖すべき――神様のようなものからは、誰も逃れられないのだ。
たかだか人間には、抗うことも許されない。
生まれてくる全てのことについて、自分では何も選べない。だったら、せめて、死ぬことの全ては自分で選ぶ。
何かを得るためには、何かを捨てなければいけないのだ。
だから、私は、あの駅に行った。
美薗白百合公園駅に。
お母さんと同じように。
そこで、何もかも終わりにしようと思った。
別に死ぬのが怖かったわけじゃない。この世に未練なんてものがあるわけでもない。
ただ、死ぬ間際の刹那の苦しみが怖かったのだ。
だから、死の恐怖が宗教を生むと言われても、私には理解し難かった。私には必要ないものだと思った。
そして、現実を、日常を生きる恐怖が、死の苦しみの恐怖を凌駕した。
それに、もう何もかも面倒くさくなったのだ。
どんなに頑張って生きて苦しんでも、最後にはみんな死ぬのだ。意味なんてない。
苦しみ損である。どうせ苦しむのなら、死に苦しんだ方がマシだ。
いずれにせよ、私は、役に立たない人間なのだ。
むしろ、役立たずの穀潰しが一人消えるだけである。
早くこの身体に繋がれている煩わしく夥しい管を全部引っこ抜きたかった。
でも、こんなものが私と世界とを繋げる唯一のものだった。
――残酷だけど、これが現実なんだね。
けたたましい踏切の音が聞こえる。
カン、カン、カン。
赤い電車が駅の方に向かってくる。
私は、勢いよく助走をつけて飛び込んだ。
最後くらいは楽しもうと思ったのだ。
天国に、楽園にやっと逝ける。
お母さんと一緒の所へやっと行ける。
お母さんに、やっと会える。
そして、電車に何かが当たるような音が聞こえた――気がした。
そこで、私の視界は暗転して、何もかも見えなくなった。
もうこれで何も見なくてもいいのだ。
そう思うと凄く安心して、意識は、闇へと堕ちていった。
安らかに眠るように――。
――どなたか存じませんが、私の願いを叶えてくださり、ありがとうございました。
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