13

 昨日、古本屋が言った作戦はこうだった。

 まあ作戦と言える程のことではないかもしれない。

 また放課後に、私と国上がクラスメイトを尾行するというのである。

 この際、精神世界にも関わらず、わざわざ学校に行って授業を受ける必要があるのか疑問だったけど、古本屋が言うには、現実世界のように生活することが重要らしい。

 私も外から来た国上も、この世界の流れに従うのが絶対だという。

 ――例外は、僕達だけだ、と言っていた。

 また、襲われる生徒の法則を古本屋に話したところ、例のごとく明日の放課後、二年生のある女子グループのメンバーが襲われるという。

 もうそのグループは、ある子だけを除いて既に襲われており、被害者は、みんな体調不良で学校を欠席している。

 そのある子、反田たんださゆりさんが最後の一人だった。

 だから、必然的に次に襲われるのは、反田さんということになるのだろう。

 でも、何であの化け物が、このグループに属する子達ばかりを特定的に襲うのかはわからない。

 もちろん、私の心の世界だからといって、無差別的に法則なく誰彼構わず暴れられても困るのだが。

 私が創造した心の世界であり、私の空想の世界――。

 しかし、窮奇の正体が私だっていうのは、間違っていなかったわけだ。

 いずれにせよ、ここで起きていることは、全て私の独り相撲なのだ。

 そこに、国上や古本屋さん、反枕ちゃんに、狸ちゃんを迷惑に巻き込んでしまっているだけなのだ。

 しかし、いくら現実世界ではないといえ、クラスメイト達が私自身によって傷つけられるのは、あまりいい気分ではない。

 ――というのは、本心ではない。

 何が起きようと私の精神世界なのだから、どうなってもいいだろうと思ってしまう。だって、古本屋に聞いたところ、現実には何も影響を及ぼさないというのだ。

 それに――布仙さんが襲われているのを見た時に、襲われているその顔を見た時に、私は、何故か奇妙な恍惚感のようなものを覚えた。

 その理由は、未だによくわからない。

 つくづく私は、薄情者で嫌な人間なんだろうなとは思う。

 それにしても、二年生の女子グループか……。

 このグループは、国上の周りにいつも集まっているから、私もメンバーは把握している。

 しかし、この子達の共通点はそれくらいである。

 クラスが違う子もいれば、部活だってみんなバラバラだ。

 一体何故この子達だけが襲われるのか、自分自身の世界のことなのにわからない。

 古本屋の話によれば、この世界の創造も、襲う理由も私の願いを叶えるためだと言う。

 この私の願い、というのがそもそもわからないのだ。

 いずれにせよ、もう一度あの化け物に接触すれば何かわかるはずだとも古本屋は言っていた。

 今回は狸ちゃんもいるし心強い――が、彼女があいつに勝てるかどうかは正直不安である。

 こんな可愛らしい狸ちゃんが、あんな恐ろしい化け物に。

 私達が尾行して、再び現れたあいつを狸ちゃんが退治するらしい。

 でも、私にしか完全には退治できないらしいから、とどめだけさしてほしい、とのことである。

 作戦は、主にこの二点だけ。

 確かに、これなら国上にも危険はなさそうだけど……。

 でも、私には、多少危険がありそうだった。

 私なんかに上手くできるか凄く不安だった。

 危険はない、と何度も念を押されたけど、やっぱりこの世界において、また、あの化け物を前にして、保障はどこにもないのだ。

 昨日みたいに古本屋の男が来てくれればいいのに。

 狸ちゃんに任された理由がわからなかった。

 いくら妖怪であるといっても、こんな可愛らしい子に果たして務まるのかどうか、やっぱり不安だった。

 狸――主に四国を中心に全国で語られる妖怪で、今でも、狸が化けるというイメージは通用するように思う。いわば妖怪の有名人である。

「あれ?美濃お姉ちゃん、昨日の話ちゃんと聞いていなかったんです?」

 そう胸ポケットで喋るぬいぐるみ。

「え?ごめん……。昨日は、色々混乱してて聞き漏らしてたかも」

「ご主人様は、何か他に調べることがあると仰っていましたよ。だから、来られないそうです」

「しかし、古本屋さんが来られないにしても、何で私まで必要なんだ?あの言い振りだと、私も必須みたいな言い方だったよ」

 まあもちろん、美濃ちゃんのためなら尾行でも何だってするし、そのためにこの世界に来たんだけど、と国上は云った。

 その顔は、しっかり尾行相手の反田さんの方を向いている。

「それは……わかりません。それについては、ご主人様は何も仰っていませんでした」

「ふーん。昨日そこら辺も、もう少し詳しく聞いとけばよかったかな」

「でも、安心してください!ご主人様の立てる作戦に穴はないですから」

 ぬいぐるみだから表情こそ変わらなかったが、自信満々そうに狸ちゃんは云った。

「もちろん、古本屋さんを疑っているわけではないけどね」

 電柱の影にしゃがみ込みながら国上は云った。

 やはりどうやらこの作戦は、私達が頑張って遂行するしかないらしい。

 否、そもそも、二人には手伝ってもらっている立場なのだ。

 私が一番頑張らなければ。さっきまでの他力本願を反省しよう。

「……それにしても、狸ちゃんと反枕ちゃんって普段は何をやってるの?さっき、こっちの世界ではやることないって言ってたけど……」

 まあこの世界でやることなんてないに決まっているが。

 しかし、私は、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。

「私達は、普段はご主人様の式神しきがみとして、噂の発生源になりやすい学校をそれぞれ調査しているんです。私は中学校に、反枕ちゃんは小学校に通っていますよ」

 あと、美濃お姉ちゃん達の高校にも通っている子がいます、と狸ちゃんは云った。

「うそ、まじ?全然気づかなかったよ。でも、調査って何を……?」

 国上は吃驚したようだったが、小さな声でそう云った。

「だって、気づかれちゃ駄目ですからね」

 狸ちゃんは、言われてみれば当然のことを云った。

 そして、質問に答える。

「怪異譚というのは、主に子どもや若い女性を中心に流行るのです。だから、学校は最も重要な調査対象なんですよ。科学が発展し、夜の闇が完全に消滅した今のような時代でも、妖怪は生まれ続けているんです。だって、その発生源は――」

 あなた達人間の中にあるんですから、と狸ちゃんは云った。

 その変わらないはずのぬいぐるみの表情が、何故か少し哀しそうに見えた。

 しかし……。

「し、式神って……」

 式神――陰陽師が使役していたとされるもので、呪いの媒体となり、憑依や呪殺等を行っていたとされる。

「はい、だから、私達は、妖怪とは微妙に違う存在なんです。そして、私達の他にあと九人いますが、みんな全国に散らばって調査、解決を行っています」

「そ、それって、つまり……」

 これもいつか本で読んだことがあった。

 でも、なるほど、だからご主人様なんて呼び方をしていたのか。

 しかし、それを従えるのは、陰陽師は陰陽師でも……。

「はい、私達は、十二神将じゅうにしんしょうと呼ばれる式神です」

 狸ちゃんは、得意そうに云った。

 もちろん、表情は変わらない。

「じゅ、じゅうに……何だって?」

 国上は当然だが知らないようだった。

 十二神将――陰陽師安倍晴明あべのせいめいが使役していたとされる十二人の式神である。主に占いや日常の雑事なんかも行っていたらしい。

 だから、つまり――。

「おい二人とも、喋ってると見失っちゃうって」

 国上のもっともな注意によって、私の思考は中断された。

 ――辺りは、仄暗くなってきて、街灯がつき始めていた。

 反田さんも徒歩通学だから尾行しやすくてよかった。

 そして、反田さんも布仙さんと同じく住宅街に入っていく。

 ――しばらく進んで人気のない狭い道に出た。

 ここは、街灯こそ少なかったが、月明かりが強く、視界には困らなかった。

 ――すると、突然何だか背筋が凍るような感覚がした。

「何か嫌な感じがする。あの時と同じような雰囲気」

 国上は、不安そうな顔で云った。

「そろそろ出そうだね……」

 そう云った私の声は、少し震えていた。

 そして、言い終わると同時に、突然強烈な旋風が背後から吹いた。

 それは、昨日みたものよりも大きくて激しくて、とても旋風とは思えなかった。

「ま、まるで竜巻だ……!」

 そう云った国上の髪束が、二本とも吹き飛んでいきそうな程強くなびいていた。

 目も開けていられないし、肌を突き刺すように痛かった。

 その風に煽られ、周りの民家や電柱がぐらぐらと揺れているように見えた。

 しかし、そんな立っているのもやっとの中で――。

「美濃お姉ちゃん、今です!私をこの風に乗せて投げてください」

 胸ポケットの狸ちゃんは、叫ぶように大きな声でそう云った。

 あまりにも突然の出来事で、色々追いついていない。

「な、投げる!?」

「いいから、早く!」

 そう急かされて、私は、紙飛行機を風に乗せて飛ばすようにぬいぐるみ――狸ちゃんを投げた。

 すると、竜巻がぴたっと止み、その中から闇に紛れ、化け物――否、私が姿を現した。

 以前と違い、顔だけでなく、制服から覗く腕や脚までも、吸い込まれそうな程昏く、闇と同化して輪郭が掴めなかった。

 そして、強風に耐えられず座り込んでいた反田さんの背後に向かって、勢いよく切りかかろうとする。

 私は、思わず反射で、またも目を閉じてしまった。

 ――かきん。

 何か硬いもの同士が激しくぶつかり合うような音がした。

 恐る恐る目を開けると――。

 反田さんの背後すれすれの所で狸ちゃんが防いでいた。

 元の姿に戻った狸ちゃんが、細長い茶色の棒?のようなもので、化け物の鎌を阻止していた。

「さ、さあ私が防いでるうちに美濃お姉ちゃん!退治しちゃってください!」

「え!?」

 いやいやいや、聞いてないよ狸ちゃん。

 そいつ、まだ全然元気そうだよ。

 もう少し弱らせてよ。

 それに、まだ心の準備というものが……。

「え、えっと……ど、どうやって!?」

「これを使ってください!」

 狸ちゃんは、左手で自分の尻尾から毛を一本抜くと、それを私に向かって吹きかけるように飛ばしてきた。

 そして、その一本の毛は、みるみる大きくなり、細長く鋭い刃物のようなものになった。

 今狸ちゃんが必死で鎌を防いでいるものと同じである。

 流石、妖怪化け狸、何でもできるってわけか。

「もう、こういうことなら最初から言っておいてよ!」

 私は、半ば自暴自棄になって、その毛の剣をキャッチした。

「事前に言ってたら、美濃お姉ちゃん緊張すると思って!こういうのは、土壇場の方が上手くいくもんだよ!」

 国上お姉ちゃんは、この方を安全なところへお願いします、と狸ちゃんは、息を切らしながら云った。

 昨日の今日で随分と私の性格を把握している狸ちゃん。

 そして、狸ちゃんの背後で、困惑と恐怖を顔全体で表現して座り込んでいる反田さん。

 まるでこの状況が呑み込んていないようだった。当然、無理もない。

 だって、私ですら呑み込めていないもの。

「わ、わかった!」

 私の少し後ろにいた国上は、すぐ走り出した。

 流石に彼女は、私と違って決断力と行動力がある。そして、呑み込みも早い。

「さ、さあ早く、美濃お姉ちゃん!」

 狸ちゃんは、どうやらもうだいぶ限界らしい。

 二人とも、こんなにも私のために頑張ってくれているんだ。

 私が、私がやらなきゃ。

 私は、何とか自分を奮い立たせて、その毛の剣を化け物――私の背中めがけて切りつけた。

 漫画の主人公みたいだ、と場違いに、呑気に思った。

「ぎ、ぎゃああああああ!!」

 醜い断末魔を上げて、化け物は倒れ込んだ。

 その叫びながら地に堕ちる化け物――私の背中を見て、私は、何故か酷く哀しくなった。

 そして、そう思った刹那、化け物から這い出てきた闇が、私の身体にまとわりついてきた。

 縛るように私の身体を巻き上げていく。

 まるで竜巻のように、ぐるぐると。

 あっという間に、私自身の闇が、私の頭からつま先を余すことなく覆い尽くした。

 そう、この闇は、私自身であり――。

 私の願いを叶えてくれた神様――。

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