黒いスーツに身を包んだ男と、制服を着たツインテールの少女が対面している。

 男は、スーツと同様に真っ黒なネクタイの位置を右手で直している。

 少女の年頃は、恐らく十六歳前後だと思われる。

 その首元に着けられたリボンが、微かな電灯に照らされて青く輝いていた。

「やあ、待っていたよ」

 黒いスーツの男は、不敵に笑って云った。

 すらりと伸びた腕の先には、白色の手袋が嵌められており、甲には五芒星の模様が妖しく浮かんでいた。

 年齢は、わからない。若いようにも老けているようにも見える。

 中性的な顔立ちである。事実もしかしたら、男ではないのかもしれない。

「ここはどこなの……?それに、待っていたってどういうこと……」

 ツインテールの少女は不安そうな顔をしているが、はっきりとした口調で云った。

「なに、そう警戒しなくてもいい。僕は、ただの善良な古本屋さ」

 そう名乗った男――古本屋は、飄々と答える。

「古本屋って……こんな所に古本屋なんてなかったわ」

 ツインテールの少女は、四方の壁が本棚に囲まれたその部屋――店内を見回しながら云った。

 天井まで聳え立つ本棚に圧倒され、圧迫感を覚えそうな部屋だった。

 事実彼女は、先程から不安感をその顔いっぱいに表している。

 また、本棚だけでなく、店内に所狭しと本が積んである。

「あったさ。君が、それ程周囲を観察していないだけでね。第一、君は、君の住む街をどれだけ正確に把握しているんだい?」

 人は、自分の見たいものを見たいように見ているだけなのさ、と古本屋は云った。

「それって、どういう……」

「まあいいさ、いずれ嫌でもわかることだしね。それより、君を呼んだ理由を説明しなくちゃいけない。思ったより、事態は急を要しているようだからね」

「よ、呼んだ……?私は、ただいつものように、ここを通りかかって、それで……」

 ツインテールの少女は、学校が終わって、普段と同じ帰り道を歩いていただけだった。

 そして、この古本屋の前で立ち止まり、何故か不思議と中に入らないといけない気がしたのである。

 まるで蜂が花の蜜に誘われるように。

 自分の身体であるにも関わらず、脳で全く制御できなかったのである。

「まあそこは、ちょっと細工をさせてもらったよ。気を悪くさせたならすまない、謝るよ」

 電灯の弱い光を受けて、手の甲の五芒星が光ったように見えた。

「でも、君と僕の利害は一致しているんだ、許してくれ」

 君の大切なお友達を救いたいんだろ、と古本屋は云った。

「なんでそれを……?」

 ツインテールの少女の唇と手の指先が微かに震えている。

「僕が事情を知っている理由なんて今はどうだっていいさ。とにかく、君には協力してほしい。もちろん、お友達のためにね」

「……」

 ツインテールの少女は、下を向いて何も答えない。

「君の哀しみと絶望、そして、失望を利用するようで少々気が引けるが、これが今回に限ってはベストなんだ」

 お友達と……君自身にも、と古本屋は云った。

「……よくわからないけど、あの子を助けることができるなら、私……協力するわ」

 あの子のためなら何だってする、とツインテールの少女は、俯きながら絞り出すように云った。

 依然、唇や指先に加えて、その声も震えていた。

「うん、恩に着るよ。君は記憶通り……強い子だ」

 古本屋は、微かに身体を震わす少女に優しい眼差しを向けながら云った。

「記憶って……?」

 ツインテールの少女は疑問を呈した。

 しかし、古本屋は何も答えなかった。その代わりに――。

「よし、それじゃあ早速だけど、寝てもらおうか」

 と飄々と云った。

「……え?」

 ツインテールの少女は驚いて、咄嗟に俯いていた顔を上げた。

 古本屋の発した言葉は聞き取れたが、その意味の方は全然理解できていなかった。

「ささ、奥の方へ。詳しくは、あっちの世界でまた会った時に説明するから」

 古本屋が背後の本棚に触れると、扉のように開かれ、奥の間が見えた。

 まるで忍者屋敷の隠し扉のようだった。

 また、その扉となった本棚に並べられていた書物は、何故か一冊も落下してこなかった。

 そうして、ツインテールの少女がそれを見て立ち竦していると――。

「お姉ちゃん、遠慮せずに奥へどうぞどうぞ!」

 ツインテールの少女は吃驚し、そう突然声のした方に視線を向けると、いつの間にか小学校低学年位の女の子が横に立っていた。

 その黒く輝いている髪は、短く切り揃えられたおかっぱ頭で、和服の着物姿だった。

 紫色の和装が年齢に似合わず艶やかだった。

 また、蝶のような柄が静かに、しかし、はっきりとその存在感を示していた。

 大きな黄色い帯も背中で蝶のように結ばれていた。

 ツインテールの少女を見上げるその顔の輪郭は、丸く可愛らしいが、目は電灯の光を受けて、髪の毛同様真っ黒に輝いている。

 ――およそこの世の者とは思えなかった。

「ほらほら、お姉ちゃん早く行きましょう!」

 おかっぱの少女は、ツインテールの少女の後ろに回り込むと、その背中を両手で押した。

「え、ちょっと……ね、寝るってどういうことなの……?」

 強引に前へ出されたツインテールの少女を見ながら、既に奥の間に入っていた古本屋は――。

「それじゃあ、君のような子がいるにも関わらず、眠りこけている贅沢で我儘なお姫様の目でも覚ましに行こうか」

 ――国上陽依君、と不敵に笑って云った。

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