国上が語った窮奇の話は、以下の通りだった。

 まず、噂の発端となったのは、私達と同学年である二年生の女子生徒からのようだった。

 噂の内容としては、下校中に一人で歩いていると、背後から旋風のようなものが吹き、刃物のようなもので三度程切りつけられるというものだった。

 しかし、被害者に外傷はなく、制服の上着やベスト、スカートの一部が切られているだけのようである。

 ただ、切られた衣服から考えるに、外傷がないのが不思議なくらい深く切りつけられているそうである。

 その後、被害に遭った生徒達は、襲われたという恐怖からか、何かに取り憑かれたように引き籠ってしまうらしい。

 事実被害者達は、その翌日から学校を休むようになっている。

 そして、この窮奇に狙われるのは決まって女子生徒であり、しかも二年生限定なのだそうだ。

 それももちろん、今のところはということだろうが。

 というのも、まだ被害の総数はそこまで多くないが、着実に数は伸びているらしい。

 今までに四名程の女子生徒が被害にあったらしく、流石に学校側も把握しており、既に警察に通報済みであるそうだ。

 実害があるのだから当然の措置だろうし、窮奇なんて馬鹿げたものではなく、不審者の仕業と判断するのが普通であろう。

 また、その四名というのは、長森空子ながもりそらこ品埼紅華しなさきべにか深上寺乃ふかうえてらの洗足邑光せんぞくゆうみという名の子達である。

 その内、長森さん、品埼さん、深上さんは、私や国上と同じクラスだ。

 言われてみれば確かに、最近学校を休んでいた――気がする。

 しかし、生徒に向けた学校側の正式なアナウンスがまだないため、私を含めた噂話に疎い人達は、詳しく知らないことなのだ。

 最初の被害に遭った女子生徒は、確かに切られたような感覚はあったものの、痛みも外傷もないため鋭い木の枝にでも引っかかったのかと思ったそうである。

 というのも、部活帰りで遅く、昏かったのもあり、よくわからなかったそうだ。

 しかし、家に帰って制服を見てみると、一部がずたずたに切られていたという。

 ただ、やはり外傷がないのと、人の気配のようなものがしなかったというのが決定的で、何者かに切られたとは思わなかったそうである。

 結果、親や学校、警察に報告するのが遅くなったらしい。

 そして、立て続けに同様の事件が、最初の被害者である彼女の友達の間のみで起こっていった。

 こうして被害者が増えていったことで、事件が学校や警察に認知されることとなった。

 それが、つい昨日のことであるらしい。だから、学校側もまだ正式にアナウンスできていないのだろう。

「今日の帰りに上池かみいけが、それっぽいこと匂わせてたでしょ?」

 上池とは、私達クラス担任の国語の先生である。

「匂わせてたって……でも、確かに昏くならない内に早く帰れとか、複数人で帰れとか言ってた気がする」

「そうそう。それに、今日は部活は原則禁止らしいよ。理由は特に言われてないけどね」

 なるほど、一応学校側も手は打っているらしい。

「でも、そうなると、楽しい窮奇の噂話っていうよりは、もうただの事件だよ。制服だって凄く高いんだし。国上ちゃんのそのリボンだって切られちゃうかもしれないよ?」

 私は、国上の首下にある制服の青色のリボンを指差しながら云った。

 まあ窮奇に切られるのは、背後のみであるらしいが。

「それはそうなんだけど。でも、気にならない?だって、不思議な点が多すぎるでしょ」

 国上は、少し傾いた光沢のあるリボンを大事そうにして位置を直しながら云った。

 私は、彼女のこの仕草が好きだった。

「ちょっと美濃ちゃん、聞いてる?」

 私は、ぼっーと見ていた彼女のリボンから慌てて目を逸らす。

「う、うん……。気になるにはなるけど、実際に何人も被害者が出てるんだし、これは、普通に変質者による女子高生連続襲撃事件だよ」

 普通に変質者っていうのは、何だか可笑しな表現だと自分でも思った。

 しかし、国上は、もっと可笑しなことを云った。

「そこで私、国上陽依は、この事件の真相を解明したいと思うんだ!」

 いつも帰り道に寄る公園の、綱で作られた何だかよくわからないジャングルジムの頂点で、国上は腕組みをしながら云った。

 ツインテールが風でなびいているのも相まって、何だか様になっている。

 そして、その顔は、どこか美男子のように見えた。

 私は、国上のことを時々そう見えてしまう自分が凄く嫌いだった。

 でも、心のどこかでは、その顔を――。

 私は、国上のことを――天使だと思っていた。

 その風で漂う美しく綺麗なツインテールが黒ではなく、真っ白い羽のように見えた。

 しかし、彼女の言っていることは、意味不明だった。

 何?事件を解明するだって?

「そして、君をその助手に命ずるぞ、ワトソン君」

 誰がワトソン君だよ……。

「国上ちゃん、いつものくだらない冗談は止めてよ」

 まあ彼女は、いつもこういうよくわからないことを言って私を困らせるのだ。

 でも、それが楽しかったりする。

「いーや、私は本気だぞ、小林少年」

 ホームズだか明智小五郎だか定まらない国上は、ジャングルジムから勢いよく飛び降りながら云った。

 ジャングルジムの下にいた私は、彼女のスカートの中が見えそうになったので慌てて目を逸らす。

 ――冗談を言ってはいるが、どうやら本気のようだった。

 だとしたら、今回はそんなに楽しくない。

「本気って言っても、これは警察の仕事であって、いち女子高生が出る幕なんてないよ」

 出る幕どころか、出る意味も何もない。場違いも甚だしい。

 そもそも、解明をするといっても何をするというのだ。探偵よろしく調査、推理でもするというのか。そんなミステリー小説でもあるまいし。

 それに、何度も言うように実際の被害者が出ている以上危険すぎる。

 これは、学校の怪談や街の噂話なんかじゃなくて、普通の事件である。

 ――私が呆れたような困ったような顔で黙っていると、同じくしばらく沈黙していた国上が意を決したような、でも、どこか哀しそうな顔で私の目を見た。

 私は、そんな彼女の目を見るのは初めてだった。

 だから、普段だったらすぐ目を逸らしてしまうところを、じっと見つめ返した。

「……あのね美濃ちゃん、君が窮奇の正体として疑われてるんだよ」

「……は?」

 私は、その哀しそうな気まずそうなどこか怒りを含んだ、でも、健気に明るく努めようとしている複雑な顔を見て気づいた。

 ――彼女の本当の可愛さを。

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