窮奇かまいたちって知ってる?」

 下校中に寄った公園で、国上陽依くがみひよりは、私にそんな意味のわからないことを聞いてきた。

 4月の夕暮れは、まだ少し肌寒かった。

「知らないの?あんなに学校で話題になってるのに」

 本当に周りに興味ないんだね、と国上は、呆れたように云った。

「私は、別に周りに興味がないんじゃなくて、他人の話なんか聞きたくないだけだよ」

 私は、少し俯きながらそう云った。

 これは、国上に何回も繰り返し言っている台詞である。

「ふ〜ん、そうなんだ。でも、私と、私の話には興味持ってくれてるみたいだけど?」

 国上は、これまた何回も繰り返されてきた台詞を返す。

 生意気な顔をこちらに向けて、にやける国上。

 毎度小憎たらしいことこの上ない顔なのだが、私にはそう見えるだけで他人が見たら、それは、随分と可愛らしい顔なのだろう。

 でも、今は、そんな彼女の顔を私が独占できている。

 実際国上は、男子によくモテる。

 でも、国上自身がそれに気づいているのかは、甚だ怪しい。

 それに、同性である女子にだってモテる。もちろん、男子が国上に抱く好意と、女子が国上に抱く好意は違うのだろうが。

 彼女はよく漫画なんかでありがちな、運動ができて学校のヒーローでどこかボーイッシュで、というのとは少し違っている。

 確かに、運動は得意なようだし、学校内ではちょっとした有名人である。

 ただ彼女は、いわゆるボーイッシュなクール系ではなく、可愛い系である。

 だから、少女漫画に出てきそうな格好よくて女子の憧れで、というタイプとは違うのだ。

 むしろ真逆である。

 まあ確かに、憧れは持たれているのだろうが、国上は凄く女の子らしくて、可愛らしいタイプの子なのだ。

 しかし、そうなってくると、男子女子両者とも彼女に抱く好意にさほど差はないのかもしれない。

 両者どちらとも国上が可愛いから好きなのだ。

「そんなんだから、私以外に友達の一人もできないんだよ」

 そんな可愛いらしい国上は、全く可愛くないことを云った。

 そんなことを言われてしまっては、全く可哀想になるよ、私が。

 まあ確かに、私には友達と呼べる人が国上以外にいないことは事実なのだ。

 国上だって、私からしたら友達と呼べるかどうかも、正直あまり自信がない。

 彼女は、私を友達と呼んでくれるけれど、その優しさがちょっと辛い時もある。

 私には国上しか友達がいないけれど、彼女にはおよそ友達と呼べる子はたくさんいる。

 まあどこからが友達で、どこからが他人で、どうやったら友達になれるかなんてのは永遠の謎なんだけれども。

 しかし、そう考えると、私はなんで国上と友達なんだろう?

 あれ、どうやって知り合ったんだっけ?

 まあ友達になるような明確なきっかけなんてのはなくて、ただ何となく気づいていたら友達と呼べるような仲になっているというのが普通なんだろう。

 とにかく、彼女に仲の良いクラスメイトが男女関係なくいるのは事実だ。

 休み時間には、いつも彼女の周りに人が集まっている。

 人嫌い、というか人が苦手で怖い私は、遠巻きにそれを眺めているだけだ。

 否、眺めてすらいない。視界に入れようとはしていない。

 誰かと目があったら怖いし。

 でも、そんな時決まって国上は、その人だかりから抜けてきて、私の机の前に来るのだ。

 来てくれるのだ。

 人だかりの中心人物である彼女が抜けても大して影響はない。

 まあ学校の休み時間なんてそんなもんである。

 所詮みんな一人になるのが怖くて、仲間外れになるのが怖くて、ただ人が多い所に集まっているだけなのだ。

 小中高と、この現象は変わらない。

 私が高望みして、必死に勉強してギリギリ滑り込んで入り、その結果案の定ついていけなくなった、この私立進学校でも同じである。

「一人で回想が長いよ、美濃ちゃん。美濃雨奈みのあめなちゃん」

 ぐるぐると下らないことを考え込んでいた私に、国上は、顔を近づけながら云った。

 彼女の髪の甘く心地いい匂いが、微かに私の鼻腔を掠めた。

 いつもこの匂いを嗅ぐと、懐かしいような哀しいような不思議な気持ちになる。

 そして、彼女は声も可愛らしく、耳に心地いい。

 そんな彼女の声により、私の回想は中断され、我に返る。

 彼女の丸くくっきりとした、これまた可愛らしい瞳の中に私が映っていた。

 吸い込まれそうな程大きくて黒い瞳。

 私は、何だか身体が火照るような感じを覚えると同時に、段々と胸の脈が早まってくる。

 顔の頬の辺りと耳の周りが凄く熱くなってくるのを感じる。

 しかし、私はこういう時何も気づいていない振りを自分自身でする。

 誰も彼も自分の心と向き合うことは勇気がいることだろう。

 私だって何も恥じることはないはずだ。

「うん、ごめんごめん」

 動揺が悟られないように、慌てて素っ気なく返す。

「いつもの顔してたよ、考え中の顔。考え過ぎの顔かな」

 国上は、私のいつもの癖を指摘してきた。

 しかし、どうやら動揺の方は気づかれていないらしかった。

 私はほっとしつつ、小さく深呼吸をした。

 そこで、また彼女の髪の匂いが風に乗ってふわりと香ってきた。

 その長く伸びた、美しく綺麗な黒艶のある髪が好きだった。

 一方、私の髪はショートボブにしているから、いつも少し羨ましいと思ってしまう。

 でも、私にはやっぱり似合わないだろうし、めんどくさがり屋の私には管理が大変だろう。

「いいじゃん、そのボブカット、私好きだよ。凄く可愛いし、美濃ちゃんにとっても似合ってる」

 国上はそう云って、私の髪の先をさらっと優しく撫でるように触った。

「あ、ありがと……」

 私は、前髪を指で直しながら云った。

 これも私の癖である。

「それで、なんだっけ。窮奇……だっけ?」

 私はほっとしつつ、話を逸らす。否、戻す。

「そうそう窮奇。てか、美濃ちゃん、本当に知らないの?」

 本当のことを言うと、まあ知ってはいた。あまりクラスメイトや噂話なんかに興味がない私でも、先週辺りから耳に入ってきてはいたのだ。

「少し前から急に流行り出した噂でしょ?まあ少し聞いたことくらいはあるけど。詳しくは全然知らないよ」

 一体その噂がどうしたというのだろう。

 私の言葉を受けて、国上は、何故か少し哀しそうな顔をした……ように見えた。

 いつも明るい彼女にしては、珍しい表情だった。

「よーし、じゃあ、この国上ちゃんが教えてあげようじゃないか。美濃ちゃんに手取り足取り、根掘り葉掘りね」

「国上ちゃん、多分それ使い方微妙に間違ってるよ」

 どうでもいいけど私は、国上をちゃん付けで呼んでいる。出会った最初の頃は、さん付けだったような気がするけど、いつからかそう呼んでいる。

 いつか、下の名前に――なんていうのは、本当にどうでもいいことだから、無理やり考えるのを止めた。

「相変わらず細かいなあ、美濃ちゃんは。まあいいや、それじゃあ早速、国上ちゃんの楽しい窮奇譚を語り始めようじゃないか」

 国上は、高校生にもなってツインテールに結んでいる片方の髪の束を鼻の下に持ってきて、それを当てながら云った。

 その高めのところに結んだハーフツインが、彼女の女の子らしい性格を象徴しているようだった。

 また、その二本の髪束を結ぶオレンジのヘアゴムが、夕日の色と同化して輝いて見えた。

 こういう仕草がいちいち可愛いからモテるんだよなあ……男子と女子両方に。

 ――しかし、かく言う私も、決してその例外ではないようだった。

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