胸元に「犬崎」と書かれている体操服を着たクリスも合流し、屋上へ向かう三人。


 道中で自分達の正体を話していくと、クリスの表情が七色に変わっていく。


「え、じゃあ犬崎くんはベビードッグって事はシルバーファングは犬崎くんで? え、もしかして私、あなたの前で恥ずかしい事を――わ、忘れてちょうだい!」


 恐らくクリスが思い出したのは屋上での一件。本人を前にしてペラペラと喋っていた事を後悔し、羞恥を感じているのだろう。


 喜怒哀楽と、全ての表情を一通り晒したところでクリスは照れるように顔を俯かせた。


「そのぉ、私ね。あなたに助けられたあの日から、ずっと――ふぎゃ!」


 もじもじと指を弄りながら何かを言おうとしたクリス。だが、前を歩いていたイオが突然止まり、クリスは彼女の後頭部に鼻をぶつけた。


「ひょっとッ、痛いひゃない! 急に止まらないでよね」

「いやもう屋上の扉に着きましたし、前を見ないで歩いてる方が悪いっす。それと犬崎さんがクリスマスの日にアナタを助けた理由は――」

「さっさと絶対正義を壊さないとなッ! ほら、急ごうぜ!」


 真が突然大声で遮り、イオの肩を掴んで視線を合わせた。


「……まぁ、いいっす。そうしましょ」

「犬崎くん、熱心ね。さすが私のヒーロー」


 誤魔化しが成功し、ホッとした真。シルバーファングのデータを収集していたと聞いているが、まさかその時の感情や思考は筒抜けだったのだろうかと身震いする。

 彼女ならあり得ると恐怖しながら、屋上にでた。


「あれっすね」


 先行するイオが指さしたのは、やはり見覚えのあるモニュメントだ。


「あら? この前、犬崎くんと一緒に過ごした場所じゃない」

「……へぇ、そうなんすか?」

「……背もたれに丁度よくてな、昼飯にいつも使ってるんだ。ちなみに絶対正義とは知らんかったぞ」

「そういう事を聞いてるんじゃないっすけど」


 微妙な顔をしたイオは「はぁ」と溜め息をつき、表情を切り替えた。


 そして彼女が手を当てると、モニュメントは淡く輝き、他の絶対正義と同じように数字が中央に現れた。


「ゼロ? 俺が触っても何も起きなかったのに」

「制作者であるアタシと、使用者であるデュラしか操作出来ないようになってんすよ。あとはこの辺に穴があるはず……っと」


 側面に手を滑らせ、満足そうに頷いたイオ。


 著ている白衣の内側を漁った彼女は、長いケーブルと無線キーボードを取りだした。


「思えば処分を人任せにしたのが過ちだったっすねー、うーん。過去のアタシの脳みそを改造したい!」


 絶対正義に機材を繋げ、パチパチとキーボードを操作する彼女。


 暫くすると、ゼロを表示していた場所にノイズが走り、その後すぐにブラックアウトした。


「ん、これで終了。終わりっす」

「ずいぶん呆気ない気がするな」

「条件をクリアしたなら、こんなもんっすよ」


 機能停止した絶対正義を見つめたままのイオ。


 彼女の表情は穏やかで、前に写真で見た母親と重なって見えた。

 そうしていると当然気付かれ、「どしたっすか」と首を傾げられた。


「いや、お前の部屋で写真を勝手に見ちゃったことあるんだけどさ」

「別にいいっすよ。パパとママと一緒に撮った写真っすよね」

「あぁ。お前、ママさん似の美人だよなって」

「……おぉ。こ、これが口説かれる感覚っすか……なんか、すげぇ照れるっすね」


 頬を染めてはにかむ彼女を見て、真は自分が何を言ったのか理解した。


 片手で顔を隠し、「べ、べつに口説いてねぇ」と言い訳するが、彼女は聞き入れもせず肘でついてからかってくる。


 顔が熱い、とイオから逃げるように首を動かす。

 そこには、


「……むぅ」


 ふくれっ面のクリスが涙目で睨んでいた。


 イオもそれに気づき、にやけ顔で彼女に近づいた。


「どうやら勝ちは決まったようっすね。まぁ最初から分かってたことっす。ヒーローとヒーローは共に戦う仲間かライバルにしかなれませんが、アタシみたいな天才ヒロインの助手が傍にいればこうなっちゃうんすよね……お疲れっした」

「はぁ!? まだ分かんないしッ、てかアンタ助手って何よ! ただの一科学者でしょ!」

「今日まで彼を支え、装備を与えたのはアタシっす! ヒーローをサポートする助手っす!」


 ぎゃあぎゃあと姦しく騒ぐ彼女らを置いて、真は屋上から出ていこうとする。


 だがそんな彼を見逃す筈もなく――


「「犬崎くん(さん)!」」


 すかさず追いかけてきた彼女らに捕まった。


 片方ずつ腕を掴まれ、痛みに悶える。


「今日、学校休もうかな」

「「ダメよ(っす)!」」


 ガクッと首を落とした真。


 ならせめて一度帰らせてくれと思いながら、登校してくる部活集団の喧しさに耳を傾けるのだった。

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