Ⅵ
棘のパーツが無い以外はヘルハウンドそっくりの鎧。
拳を握り感触を確かめたあと、真は駆けた。
「この変身を維持するの結構疲れるからよ、一発限定の姿だ!」
「ふんっ、たった一発の攻撃を耐えれば俺の勝ちということだな、駄犬!」
実際その通りだった。体感ではもう二十分は過ぎており、多分五分も残っていない。
この一発に全てを乗せ、決着を付けねばならない。
真とデュラの距離が縮む。
先に仕掛けたのは、デュラだ。
走りながらも胸部を開き、二発目の装填を始めた。先程より時間が掛かっているということは、威力を高めているのだろう。
対して真は前傾姿勢のまま疾走。その足は止まらない。
デュラは跳躍し、真下に着地後、地面に深く突き刺さった。
「――ヘル・ブラスターッ!」
自らが固定砲台となり、最大威力の黒い砲撃が放たれた。
「力、希望、願い。三つが合わさり勇気となったこの俺の攻撃、受けてみやがれッ!」
ゴールドファングの時と同じく背中の装甲が開き、ブースターの準備が整った。
そこから放出されるのは、虹色の両翼。
地面から浮き、エネルギーを纏って突貫する。
「――勇気の
戦士の名と同じ技名を叫び、ヘル・ブラスターとぶつかった。
「うおおおお――ッ!」
「負けら、れんッ!」
――拮抗。
かと思われたが――
『「そのまま突き進んでッ、アタシ(私)のヒーローッ!」』
瞬間、虹色の戦士の力が増していく。
「さっさと目を覚ませよッ、師匠!」
「――――ッ」
ヘル・ブラスターの威力が弱まった。
徐々に砲撃は押され、そのまま――――
***
太陽だ。
真が目を開け、最初に思ったのはそれだった。
完全に朝がきた。もうタイムリミットは過ぎている。
自分はやり遂げたのか疑問で確認したかったが、指一本たりとも動かせなかった。
「っつぅ……。どうなったんだ?」
唯一動く目で可能な範囲確認すると、自分は既にヴァリアントファングの姿ではなく、制服を着たただの高校生に戻っていた。
「あとは絶対正義を壊すだけっすよ」
倒れた真にそう告げたのは、微笑みながら傍で立っているイオだった。
「まだ壊してなかったのか」
「先に済ませたい事があったので」
「そうか。俺は少し休ませてもらうから、さっさとやってこいよ」
「はいっす」
どうやら自分はやり遂げたらしい。
肩の荷が下り、これでようやく平和な学生生活を送れると考えて、歩いて行く彼女の後ろ姿を見送る。
「久しぶりです。おじさん」
声が聞こえてくる。そう離れたとこじゃないようだ。
「そうか、トドメを刺すのは貴様か。ヘルハウンドが砕けた今、小娘の力でも俺を殺せる。好きにすればいい」
まだ彼女の気持ちを理解していないのかと怒りを抱いた真は、もう一発殴りに行こうとする。が、まったく力が入らない。
「ぐふっ」
これはデュラの声だ。どうやらイオが殴ったらしい。ざまぁみろ、と会話の続きを聞くことにする。
決して盗み聞きしている訳じゃない。近くで話してるのが悪いのだ、と自分を正当化して目を閉じた。
「いったー。うぇ、生身でも固いとか。おじさん鍛えすぎてキモいですね」
「みぞお、ちを的確にやるとは、貴様も成長したということか」
イオの溜め息が聞こえる。彼女も呆れているようだ。
「まったく。……これでチャラっす、おしまいっす」
「なんだと? ――ぐっ、会話するつもりなら蹴るなっ」
「口答えするのが悪いんです。……おじさん、アタシにも原因があるんすから。おじさんだけを責めるわけないじゃないですか」
真は否定したかったが、この会話に割り込む事はできないと、仕方なく開きかけた口を閉じる。
「それに、アタシもおじさんの気持ちが分かるんですよ。この世界を正義で満たして平和にすれば、ママに会えるんじゃないかって。心の奥底では絶対正義を使う事に賛成してる自分がいて……ははっ、そんなこと有り得ないのに。サイエンティストがスピリチュアルに惑わされてどうすんだって話ですよね。だから、アタシも同罪なんです。一緒に反省していきましょ」
沈黙が流れ、やがて……。
「俺は、間違っていたのか」
「そりゃもう盛大にっすね」
「甘い夢に、浸かっていたか」
「天国でママも呆れてるんじゃないすかぁ? というか人妻になんて感情もってんすか。ぶっちゃけキモ――いや気持ち悪いっすよ、かなり」
「……レーヴァンめ。喋ったか」
「いや、昔から態度で丸分かりでしたっす。ありゃママも気付いてたっすよ」
会話が止まり、デュラは困惑したような声をだした。
「……そうだったのか。それより、貴様の口調や語尾はどうした。変だぞ」
「ん? これっすか。いやー、犬崎さんをブラックスターに引き入れるために色々画策してたんすけど、その一部っす。魅力ある後輩の喋り方? とかなんとかいうテンプレ本を読み込んで勉強した結果、クセになって抜けないんすよねぇ。まぁ、アレっす。ホントに魅力が出てるなら、続行もやぶさかではないというか……」
たははー、と笑うイオ。衝撃の事実に真は震えた。
デュラとの会話は比較的丁寧に喋っていたのでおかしいと思っていたが、まさかそんな事実が隠されていたなんて。
「……俺は、貴様のおしめを替えたことがある。故に、変な育ち方は認め――」
「は? 年頃の女子になんて事いうんすか。きっしょ、てかおじさんに育ち方云々言われたくないんすけど」
分かっていた事だが、イオは結構なS気質。だが、デュラに対してはかなりキツい。
自分は被害に遭わないよう今度から、からかうのは控えめにしよう。そう密かに決心した。
「ま、アタシからは以上っす。けど、まだ話す相手が残ってるでしょう? 存分にどうぞ。アタシは犬崎さんとイチャ――介抱しなきゃなんで」
会話は終わったようで、彼女の気配が近づいてくる。
「犬崎さーん、起きてくださいっすー」
「……ん、なんだ?」
聞いていた事を隠し、さも今起きたかのように返事をした。
「今から絶対正義を壊しに行くんで、一緒にいきましょー」
「ってて、体中痛いんだから乱暴に扱ってくれるなよ」
気遣いの欠片もない動きで抱き起こされ、イオの肩を借りながら校舎へと向かう。
彼女は頭一つ分低いので少し歩きづらそうにしていると、「あの、犬崎さん」と声を掛けてきた。
「アタシ、解決するのは……実はもう少し先かと思ってました。でも、犬崎さんのおかげで……本当にあり――」
「ところでよ、猫宮は何処に行ったんだ」
「へ? 猫宮さんなら『こんな姿で外にいられないわよッ』なんて叫んで、教室で待機してるっすけど」
真はイオの言葉をわざと遮った。
まだ後始末は残っている。だから、その言葉は全部終わったあとに聞きたかったのだ。
「ふーん。で、お前は猫宮がホワイトファングって知ってたのか?」
「はいっす。知っての通り、シルバーファングとホワイトファングは同じっすから、犬崎さんが辞めたあとも念のためデータの収集は続けてたんすよ。まぁ、彼女が転校してくることは予想外でしたが」
「なんもかんも全部知ってたって事か、今更どうでもいいけどよ。……あれ? んなことより、もうすぐ運動部の朝練が始まる時間じゃね?」
「あ、確かに。もう二十分くらいで登校してきますね」
「先に猫宮を回収したほうが良くねぇか」
「一応、体を隠せるくらいの布を渡しておきましたし、大丈夫じゃないっすか? それにあの頭ピンクの変態なら、むしろ喜んで人目に――」
『誰が変態よッ! さっさとこの格好どうにかしてッ、寒くて震えてきたわ!』
なんて会話をしていたら、いつの間にかクリスがいる教室を通り過ぎるところだったようだ。扉の向こうから声がする。
「おう猫宮。わりぃな、すぐ返す」
『へ、もしかして、犬崎くんッ!? なんで此処にいるの!?』
「まぁその話は追々……あれ? イオ、首輪が無いんだが。俺が変身出来なくなったのはいいけどさ、猫宮どうすんの」
首元にあるはずの変身武装が無く、真は確かめるように自身の首を摩りながらそう聞いた。
するとイオは澄まし顔で答える。
「デュラとのぶつかり合いで破損してたっすけど。いやー、ギリギリの戦いでしたね! あと数秒耐えられてたら、犬崎さんの鎧が先に壊れて敗北してたとこっすよ」
けらけら笑うイオ。そんな彼女に思うところがあるのか、猫宮が扉を強く叩いて抗議する。
『なに笑ってんのよッ! 私はどうすれば良いのッ、まさかこのまま帰れと!?』
「そういうことっすね」
『ふざけんな!』
扉を挟んでキャットファイトをかます二人。
仕方ない、と溜め息をついた真は争いを止めるようノックした。
「あー、ほら。明日、てか今日か。体育あるだろ? 俺の机の横に体操服入った袋が下げてあるから、それ使ってくれ」
『はやく言いなさいよね!』
「犬崎さん、お礼も言わない変態に貸すことないっすよ」
『ありがとうッ、ございます!』
なんでかクリスとイオの相性が悪い。
それを不思議に思っている傍ら、女子二人はまだ口喧嘩をしているのだった。
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