真を敗北の運命から救ったのは、見覚えのある技。


 自分より圧倒的にヒーローに向いている後輩の声が近くから聞こえる。


「立ち上がりなさいッ、戦士よ! 今からこの白き牙、ホワイトファングが加勢するわ!」

「猫――ホワイトファング。お前、鎧は壊れたはずだろ」


 ザッ、と金色の戦士を守るように前へ出て、振り向いてくる白の戦士。


「通りすがりの女の子に起こされてね。どうやらその子が直したらしいわ。曰く『アタシ天才なんでこんな破損はソーイングセットでちょちょいのちょいっす』だって。顔は暗くてあまり見えなかったけど、凄い子よね」


 裁縫かよ。なんて言葉が出そうになったが、どうやらイオも学校に着いたようだ。今頃は屋上で待機してるかもしれない。


「直した料金はアナタを助ける事で返してって言われたの。ま、そんな事言われずとも助けにくるけれど!」


 変身後なので表情は見えないが、既に正体を知っている真の脳内ではクリスがドヤ顔をしている姿が浮かんでいた。


「邪魔を、するか。ホワイトファングよ」


 デュラは武装の冷却を始めた。暫く動けないようで好都合だ。


「司令官。事のあらましは通りすがりの女の子に聞いたわ。アナタはヒーローとして間違っている事をしています! ので! アタシたちが止めます!」


 ふんすっ、と胸を張る彼女。どうも通りすがりの人間を信用しすぎだ、と思いながらも気力を振り絞って立ち上がる。


 ふらつき転けそうになったが、クリスが肩を貸してくれた。


「ッ、と。わりぃな」

「いえ。アナタは少し休んだ方がいいわ。それにしても、司令官をあそこまで追い詰めるなんてアナタって一体何者なの? 金色の戦士なんて聞いた事ないし」


 その言葉に違和感を抱くが、すぐに合点がいった。


 変身前の姿、つまり犬崎真の姿は見られていたはずだが、それは洗脳中だったから彼女は覚えていないのだろう。


 恐らくあったとしても、最後に交わした会話部分のみ。


「なにって、お前の先輩だよ」


 ホワイトファングの肩を軽く叩きながらそう言うと、彼女は首を捻った。


「先輩って。私の先輩は一人しか居ないわよ。銀色の……銀、色の。銀? 銀と金――え」


「元・シルバーファング改め、ゴールドファングだ。この場限りだが、よろしく――って離すなッ、ちょ、もう少しちゃんと支えて」

「あ、ごめんなさい。つい驚いてしまって」


 そこで真は重要な事を聞く。


「ところでさ、いま何時?」

「三時半過ぎ。聞いたタイムリミットまで僅かしかないわ」


 残り三十分もないようだが、デュラは満身創痍の様子。彼奴の必殺兵装もホワイトファングが居れば対処が可能だろう。


 だが、問題はどうやってデュラ……ヘルハウンドを壊すかだった。


「なぁ、ホワイトファング。俺は見ての通りボロボロなせいで必殺技が打てねぇ。お前の技でデュラの鎧を壊せねぇか?」

「正直、厳しいわ。私の必殺兵装は集団相手向け。広範囲に特化しているせいで火力は低いの。せいぜいがさっきみたいに司令官の攻撃からアナタを守るくらいしか出来ないわ」


 体力がもう少し残っていれば打拳の一発で壊せそうだったが、無い物ねだりだ。

 二人同時に攻めていってもデュラは凌ぐだろう。だが、このまま悩んでも拉致があかない。


『けんざ、ゴールドファング!』


「――ッ、どうした。なんかあったか?」

「あら、この声。さっきの女の子ね」


 突然イオとの通信がつながり、驚く。


 クリスも聞こえているようだ。イオが彼女の鎧を修復した際に通信機を取り付けたのだろう。


『ホワイトファングも聞いてくださいっす。離れた所から見てるっすけど、どうやらピンチみたいっすね』

「あぁ、打つ手無しだ」

「私も加勢しといてなんだけど、正直司令官相手はキツいわね」

『そんなお二人に朗報っす! 合体するんすよ! パワーアップっす!』


 そんな機能あったのか、なんて思っていると、クリスがわなわなと震え始める。


「がががが、合体!? は、破廉恥なッ! 戦場でなにを抜かしているのこの子はッ」


『「は?」』


 真とイオの声が重なった。


 どちらも『何言ってんだコイツ』という思いで一致していた。


『こっちのセリフなんすけど。戦場で何を考えているんすか、このナルシスト。ちょっとゴールドファングから離れてくれます? そのピンクでアタシの金色を穢されたらたまったもんじゃないっす』

「私はピンクじゃなくて白よッ! 美しきッ、白きッ、牙!」


 喚くクリスを宥め、真はイオに先を促す。


「合体って、どういうことだ?」

『はいっす。さっきそこのピンクファングの鎧を修理した際、ゴールドファングの追加武装兵装になるよう、機能を新たに付けたんす』


「ホワイト!」と叫ぶ彼女を無視し、顎に手をあて言う。


「俺の? つまりロボットみたいな直接合体じゃなくて、ホワイトファングの鎧が俺のと重なるってことか。けどさ、ホワイトファングの中身はどうなるんだ」

『鎧が脱げてすっぽんぽんになるので戦力外っす。離れて待機させてください』


「私の加勢の意味! というかすっぽんぽん!? 下に着てる服は!?」


『鎧ごと持っていかれるので、戻るまでは全裸っす。ということで、あなたにゴールドファングを助けて欲しいと言ったのはこのためっすね』

「欠陥じゃないのッ、……いま気付いたわ。なんだか私、あなたの事が嫌いみたい」

『奇遇っすね。アタシもっすよ』


 視線は合ってないはずなのに、彼女らの視線がバチバチとぶつかる音がした。


 そこで、ズシンッ、地面が揺れた。


「休憩は終わったか、駄犬ども」

「あんたこそ。もう少し休んでなくていいのかよ」

「ほざけ」


 真はクリスの方へ顔を向けた。


「すまん、力を貸してくれ」

「えぇっ、で、でもすっぽんぽんって。いやそれより私の正体がーっ」


 渋る彼女の両肩に手を置き、顔を近づけて言う。


「正体? 大丈夫だッ、お前の中身が美人だってもう知ってるからな」

「え、び、え」

「海老? いやほら、洗脳されてたお前を無力化するために鎧を……」


 聞いてる様子は無く、クリスは「美人。美人。うへへっ、シルバーファングに言われちった」と気持ち悪い笑みを浮かべていた。


『ゴールドファング。そこのナルシストピンクファングの首を掴んで「ノヴァライジング」と言えば完了っす。じゃ、頑張ってくださいっす……ばか。駄犬。変態』


 方法を告げるなりイオは通信を切ってしまった。最後に罵倒されたのは謎だが、追求してる暇はないので言われたとおりにクリスの首に優しくそっと触れた。


「じゃ、やるぞ」

「あ。や、やさしくして……」


 表情は見えないはずなのに、なんでか彼女が目を閉じて口を尖らせているような気がした。


 真は気合いを入れるように「よし」と呟いた後、高らかに叫ぶ。



「――ノヴァライジングッ!」


 すると、互いの鎧から『音声認識完了。モード=ヴァリアントに移行します』と機械音声が流れた。


 同時、真とクリスの周りを包むように、虹色の粒子が発生していく。


「させるかァッ!」


 冷却を終え、動けるようになったデュラが走ってくる。


 しかし、粒子が意思を持ったようにデュラの動きを妨害し、変身を邪魔させないと足止めする。


 金色の鎧の上に次々と白銀の武装が取り付けられ、両肩にはホワイトファングとシルバーファングのマスクパーツが現れた。


「銀の力と、金の希望。そして、白の願いが合わさった俺の名は――」


 真が拳を空に突き上げると、周りを囲んでいた粒子が飛び散った。



「――勇気の戦士ッ、ヴァリアントファング!」

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