タイムリミットは残り二時間を切っている。


 クリスとの戦いは予想出来ていたが、ここまで長引くことは誤算だった。


 真は屋上のフェンスを乗り越え、降り立つ。真ん中には、自分がいつも背もたれにしているモニュメントがある。


 人の気配は無い。真はモニュメント――絶対正義ジャッジメントに触れようと近づく。


『懲りないか、駄犬』


 突然のことにバッ、と後退し、辺りを見渡す。


 確かにデュラの声がしたはずだと、神経を張り巡らせ位置を探りはじめる。


『もう数時間で目的は達成される。俺が出向く予定は無かったが、貴様は手ずから始末しておこうと決めた。その鎧は未知数だからな、綻びとなり万が一が起きては困るのだ』

「やっぱフェンリルが怖くて出てくると思ったぜ。なんでも昔、イオの発明品があんたを止めるきっかけになるかもとか言われたんだろ。そりゃ直接ぶっ潰して安心してぇよな」


 奴の気配を捉えた。

 位置は――上空。


 今宵は満月。デュラはそれを背にし、飛んでいた。


「おいおいおい。ヘルハウンドに飛行機能があるなんて聞いてねぇぞ」

「今やホワイトスターは大規模となった。発明家、研究員、それぞれ個人の能力はあの天才親子に及ばん。が、数で補う事は可能だからな」

「イオのパパさんがせっかく丹精込めて作ったのに、改造したのかよ」

「思い出や情などくだらん。力こそ、正義の力こそ全てだ」


 真は舌打ちをした。


 昔から何かにつけて力だと言うデュラ。自分が特訓に着いていけなかったら、力が足りないと言われ更なる特訓をさせられた。


 腹が減っては力が出ないと反論してみれば、力を求める精神があれば空腹を紛らせる事が出来る、なんて訳の分からないセリフをほざかれた。


「いっつも力力、力ってよぉ。デュラ、あんたはそればっかだな。それも全部、イオのママさんのためってか? 馬鹿らしい、話でしか聞いてねぇけどよ、イオのママさんがそんな事を望んで――」


 口を閉じざるを得なかった。気付いた時には真空の刃が迫っており、腕をクロスして受け止め対処する。手甲には切り傷が入ったが、気にしている暇は無さそうだった。


「ふん。あの小娘から聞いたか。だが駄犬、貴様にとやかく言われる筋合いは無い」

「いーや、あるね」


 漆黒の翼を折りたたんで屋上に降り立ったデュラを睨み、真は拳を握り締める。


「あんた。イオのママさんに、イナスさんに惚れてたんだろ?」


 一瞬にしてデュラの殺気が膨れ上がるが、気にせず続けていく。


「そのイナスさんの娘、イオがあんたの行動に胸を痛めている。アイツは倒す、なんて言ってるけどさ、言葉の端々からあんたを心配しているのが伝わるんだよ。自分が絶対正義なんて作らなければデュラはこんな凶行に走らなかったのかも、なんて後悔を抱えてな。そりゃ昔世話になったおじさんなんだ、バカな事をしでかしても心配の一つくらいすんだろ」


「それが一体何だ。貴様は何が言いたい」


「分かんねぇのか」と前置きし、真はデュラを強く指さした。


「ヒーローのくせに悪役じみた真似してんじゃねぇってんだ! 惚れた女の娘に心配かけて、厨二な事してんじゃねぇってんだッ! 俺はあんたをぶっ飛ばして、イオの心を晴らすッ」

「駄犬如きが……」


 真は地面を蹴り、接近する。


「以前のまま、あんたが言う駄犬のままか、確かめてみろよッ」


 突き、蹴り上げ、裏打ち。流れるような連続攻撃を繰り出し、最後に必殺技を構えた。


打拳だけん狼牙ろうがッ!」

「ふ――ッ……」


 鳩尾部分を的確に抉り、デュラはくの字になって吹っ飛んだ。


 だが、奴の翼が出現し、勢いを殺すよう羽ばたいたと思ったら空中で静止した。


「確かに威力は重くなった。だが、それだけだ」

「強がってんじゃねぇッ、ホントはめちゃくちゃ痛がってやせ我慢してんのバレてんぞ!」


 跳躍し、空中で飛んでいるデュラよりも高く位置取った真は片足を伸ばす。

 そして重力に引っ張られるまま、体を縦回転させていく。


「このフェンリルを着込んでいる時点であんたと同格らしいからなぁッ、今まで痛めつけられた分、全部返済してやる!」


 威力が増した踵落とし。デュラもさすがにマズいと思ったのか、両腕をクロスして備えた。


 しかし、真はそこで素直に攻撃しなかった。


 足を引っ込めると、デュラを目の前にした瞬間に正拳突きの構えをとった。


 瞬間。真の背中、肩甲骨の装甲部分が開いた。中から自動車のマフラーのようなパーツが出てくる。

 それはブースターだった。


 上空からの攻撃に備え、両腕は上げたまま。デュラの胴体はがら空きだ。

 そこへ、ブースターの躍進力を加えた突き攻撃が放たれた。


「打拳ッ、狼ッ牙ァ!」

「ぬぐぅ――ッ!」


 同じように翼を使って耐えようとしていた。しかし、今度は威力に負けて遠く吹っ飛んでいった。


 そのままデュラの体は墜ちていき、校庭の真ん中に大きな音をたてて落下した。


 追撃しようと、ブースターを使って追いかける。墜ちた衝撃で舞った砂埃の中をを睨んでいると、むくりと人影が起きた。


「バカな。この鎧の力がッ、ヘルハウンドが負けるはずない!」

「へっ、駄犬が繰り出す打拳の力、思い知ったか。つってな」


 デュラの腹部にある大きなへこみが、フェンリルの力を物語っている。


「つーかよ、あんたさっきは情とかくだらないって言ってたくせに、あるじゃん。情」

「なに?」


 怪訝な声をだしたデュラに思わず笑ってしまった真。


「いやいや、だってよ。ヘルハウンドが負けるはずないって事はさ、イオのパパさん。レーヴァンの技術力を信じて、信頼してるってこったろ」

「……ッ」

「なんだよ、無意識か?」


 デュラは壊れた翼を自ら千切り、シューッ、と息を吐いた。マスクの中から大量の蒸気が吹き出て、目の部分を赤く点滅させている。


「少し、戯れすぎたか」


 そう言ったデュラは次の瞬間、眼前まであっという間に距離を詰めてきた。


 一瞬で相手との距離を詰める武の歩法技術。それはかつて教わった縮地の技だと知っている真は、落ち着いて迫る拳をガードしようとする。が、失敗して頬に突き刺さった。


「ぐガァッ、なッ、なんッ」


 何故、攻撃が通る。なんて発言する間もなく次々に連打される。


 大きな一発なら、殴られた瞬間おなじ方向に飛んで威力を軽減させるところだが、この攻撃は小刻みにダメージを蓄積させてくるタイプだ。


「貴様と違って生身でヒーロー活動をしていた時期がある。ふっ、このようなストリートファイトの技術を使うのは久しいぞ」

「ヒーローがッ、喧嘩術をつかッ、てんじゃねぇコラッ、いでぇ!」

「力こそ全て!」

「それ言っときゃッ、なんとかなるって、勘違いしてんじゃッ、いだだだッ」


 一度距離を取ろうとしても、足を踏みつけられ逃げられない。そのまま滅多打ちにされていく。


 そこで真は離れるのではなく、一か八か、ブースターを吹かして体当たりするよう密着した。


「むっ」

「鎧を纏ったヒーローが地味な戦いしてんじゃねぇぞ! もっと派手にいこうぜッ」


 デュラに組み付き、上空へ飛んでいく。


 先程と違って翼がない今、デュラは空中で自由に身動きが取れない。このまま叩きつけてやろうとするが、肘で顎を殴られてブースターの制御から意識が外れてしまった。


「バッ、死なば諸共ってか!?」

「貴様だけだ」


 デュラの足が首に絡みつき、腕で体の関節を絞めてきた。これではクッションにされてしまうと必死にもがくが、まったく外れない。


「このッ、やろうがァッ」

「ぐぅおッ」


 負けず暴れていると膝が偶然当たり、拘束が緩んだ。

 その隙に位置を変え、デュラを真下にしようとするが、既に地面は目と鼻の先だった。


「……あっ」「――チッ」


 結果、真とデュラは公平にダメージを叩きつけられ、芋虫のように身をよじる。


「い、いでぇ。鎧著てるのに、いてぇよぉ」

「な、軟弱な……、所詮は駄犬か」

「あんたもめっちゃプルプルしてんじゃん!」


 互いにヨロヨロと立ち上がり、息を切らして睨み合う。


「負け、られんッ。俺は決して負けられんのだ! イナスのため、この世界から悪を消せばならないッ!」

「悪を消すぅ? あんたもつまらない冗談なんて言うんだな」


 倒れそうになるが、踏ん張って耐える。


「悪なんて消えねぇよ。ホントに消したいんなら、洗脳で思い通りにするんじゃなくて、人間そのものを滅ぼせっての」

「それでは意味がないッ。正義の心を繋げ、助けあう世界。それこそ俺の目指す理想郷ッ」


 デュラの言葉を聞き、真は「くくっ」と笑いを溢した。


「あんたがここまでロマンチストだったなんてな。なんだか植え付けられたトラウマがスッと晴れていくぜ」

「何を笑うッ!」


 傷口が痛むが、それでもおかしくて笑いが止まらない。

 やがて真は満足したのか、短く息をついた。


「大人が夢見てんじゃねぇよ。いい年してヒーローなんかやってっから、司令官なんて偉ぶってっから、厨二がいつまでたっても抜けねぇんだ」


 体中が痛い。足も上手く動かせず、引き摺りながらデュラの方へにじり寄る。


「ヒーローなんてもう要らない時代って気づけよ。昔と違って警察組織がちゃんと仕事して、治安も良くなってる。そんな中、変にヒーローだの悪の組織だの出てくるからダメなんだ」


 デュラとの距離が縮まってくる。黒い鎧は一切動かない。


「ホワイトスターも、ブラックスターも解散だよ。俺たちが普通に戻ればいいだけ。ヒーローが居なかったら、人は『なら自分がやろう』って誰かを助けようとするし、悪人なんてホントは俺たちがどうにかする必要なんて無いんだ。ホワイトスターは所詮、自警団だろ……まぁ、つまりなんだ」


 距離にして一メートルもない。


 痛む箇所を抑え、デュラの前まできた真は言い放つ。


「夢を見る時間は、おしまいって事だよ」


 気付けば、薄明になりそうな空を見上げていた。

 もうすぐタイムリミットになる、と考えたところで背中が地面に打ち付けられた。


 顔を上げると、拳を振りかぶったままのデュラが見えた。

「正義のためッ、イナスのためッ! 俺はッ、俺は――ッ」

「本当にか? 最初は確かにそうだったのかもしれねぇが、今、本当にそう思っているのか?」


 上半身を起こし、立ち上がろうと四苦八苦しながら続ける。


「あんたはただ、現実を見てないだけだ。正義のため? イナスさんのため? バーカ。あんたは認めてないんだろ。理想の世界を作れば、イナスさんとまた会えるなんて甘い夢を――」



「黙れェッ!」


 デュラは胸部のパーツを開き、戦車ほどの大口径砲を出現させ稼働する。


 大気中から集めたエネルギーは刹那で装填され、真っ黒なビームが真に向かって発射される。


「ははっ、図星かよ」


 限界に近い真は立ち上がれず、避ける事もかなわない。


 逆上で殺されるのは気にくわないからと、せめて嘲笑ってやろうと、迫りくる砲撃を歪んだ顔で眺める。






「――ファングブレイクッ!」


 砲撃が切り裂かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る