最後の絶対正義は学校にある。だったら、デュラは何処にいるのか?


 答えは簡単、学校だ。


 目的の要である絶対正義を守るため、奴らは学校にいるはず。目的達成だけを考えるなら、デュラは隠れて出て来ないだろう。しかし、真には必ず自分の前に現れるという確信があった。


 タイムリミットまでにデュラを倒せば、真たちブラックスターの勝ち。出来なければ、洗脳されて敗北となる。


 一刻も早く倒さなければと疾風の如く走り、校庭へ足を踏み入れた。


 瞬間――



「ファングブレイク」

「――ッ、あぶな!」


 胴体の切断を狙ったような白い刃状攻撃。真はスライディングで避け、頭上を通り抜けていった白い粒子を睨んだ。


「これは……ホワイトファングか」


 予想通り、白い仮面の戦士が校庭の砂を踏みしめて歩いて来る。


「おい後輩。お前さ、俺よりヒーローしてるくせにこんな所で何やってんだ」

「……」


 彼女は答えない。今までは会話をしてくれたのに、真を見据えたまま何もしない。

 そこで真は、まさかと考える。


「洗脳されちまってんのか」


 それすらも答えない様子で、洗脳済みなのは決定的だった。


「哀れなもんだな。正義に尽くし、ヒーローに徹した結果、お前に訪れたのはコレだ」


 真は己の首に装着している変身武装……正式名称『フェンリル』に手を当てた。


「今のお前は、ヒーローでもなんでもねぇ。ただの弱者だ。助ける側じゃない、助けられる側だ」


 スーッ、と息を吸い上げ、シッ、と吐いた。


「だからこの丁度良い機会。一回こっきりだが、先輩らしいとこ見せてやるよ」


 ホワイトファングが動いた。同時に真は叫ぶ。


「――ノヴァライズッ!」


 周囲に金色の粒子が舞い、真を中心とした円柱の壁が発生。迫り来るホワイトファングを弾いた。


 足下から強風が吹き、上がる砂嵐で真の姿が隠れる。中から光が漏れ、刹那、嵐が弱まっていく。ホワイトファングは危機を察知したのか、一瞬にして後方へと跳んでいく。


「困ったな。今の俺は悪の幹部、ベビードッグでもねぇし。まして銀色の戦士でもねぇ」


 消えて行く砂嵐の中から、ジャリッ、と土を踏みしめながら人影が出てくる。


「そうだな。安直だが――ゴールドファング、ってことにしとくか」


 名の通り、今の真は金色の鎧を纏っていた。


 ヘルハウンドは黒い地獄の番犬であり、白と銀の変身武装兵装ファングシリーズはドーベルマンのマスクをしている。


 対して、このゴールドファングはモデルとなった神話の狼を模したマスクをしていた。


「目を覚まさせるためなんだ、痛ぇのは少し我慢してもらうぜ? 後輩ちゃん」


 駆けてくるホワイトファングに向かって、挑発するように指を折り曲げる。すると、洗脳され意識がないはずの彼女の動きが僅かに速くなったように感じた。


「まずは一発!」


 真っ直ぐに突き出してきた拳を受け止め、真は膝蹴りを放った。


 しかし、ホワイトファングはそれをバク転で避ける。彼女の隙を潰すように追撃で踵落としも狙ったが、今度は側転で距離をとられた。


「ちっ。洗脳されてるほうが強ぇとか面倒くせぇな」


 以前の彼女は、ほぼ素の能力で戦っていた真に勝てずボロボロになっていた。それがいまや洗脳されているとはいえ、洗練された動きで互角に戦っている。


 それが表すのは、


「ったく。意識ある時は『無意識に相手を気遣って』戦ってたってか? 敵にもお優しいなんて、つくづくヒーローらしい後輩だこと」


 呆れと共に賞賛を送り、腰を深く落として構える。


「ほんと、俺よりヒーローに向いてるよ。これはそんなお前に送る、先輩からのバトンだ」


 腕を引き、腰に付ける。そして、足から腰、胸と順に力を伝達させ体を捻り、最後に右拳を突き出した。


「受け取れ――打拳だけん狼牙ろうがッ!」


 ホワイトファングまでは距離があり、拳は届いていない。だが、直接当たらなくとも拳圧が彼女を襲っていく。


 暴風のようだった。かつてヒーローとして戦っていた想いを乗せ、放たれた攻撃には狼の幻影が現れている。


 やがてホワイトファングは狼が開いた口に呑み込まれ、膝をつく。


「……はぁっ、久しぶりに必殺技出して疲れた」


 まだデュラとの戦いが残っているため、力はセーブしている。だが、彼女を極力傷つけないよう手加減した結果、余計に疲れた。


 終わった、と真は脱力するが、彼女はまだ立ち上がろうとしている。


「せい、せ、せいぎの、ために」

「やっと喋ったと思ったら、まだ頭イカれてやがんのか」


 溜め息をついて、彼女の元まで歩く。


「けど、喋ったってことは洗脳も解け始めてんだろ。多分」

「せいぎ。正義のため、私は、ヒーロー」


 壊れたオモチャのように『正義』を連呼するホワイトファング。そんな彼女の顎を掴み、真は目線を強制的に自分と合わせた。


「お前、頑張りすぎ。ヒーローだって休みがないとやってられねーよ。そのうち俺みたいに捻くれちまうぜ? お前は俺以上に立派にヒーローやってんだ。たまの休みくらい、誰も文句言わねぇし、言わせねぇ。もし居たら、そうだな……もう一回くらいは俺もヒーローとして立ち上がってお前の代わりに戦ってやる」


 そうして彼女の首元へ手を移した。


 触れているのは、かつて自分のヘマで作った鎧の弱点であるうなじ部分。罅の入ったパーツ。強い力で叩けばこの鎧は壊れ、変身は強制的に解除される。


 洗脳が完全に解除される保証がない今、無力化するにはこれしかなかった。


「ま、その時はヒーローも悪の下っ端もみんな解散してっから、一個人として出来るだけ、だけどな」

「……」


 沈黙した彼女。そして、


「…………ん、お願い、マイヒーロー。少し、疲れちゃった」

「おう、お疲れさん」


 ほんの少し意識が戻った彼女に頷き、パーツ部分をトンッ、と軽く叩いた。


 すると、白い鎧はパラパラと砕け始める。四肢から順番に粒子と消え、最後にマスク部分が消え去った。


「……は? おいおい、まじかよ」


 鎧が無くなると同時、気絶したホワイトファングを抱き留めた真。

 彼の表情は驚愕に塗れていた。


 白い戦士の正体は……口うるさいクラスメイトだったのだ。


「あー、猫宮か。そうだな、思い返してみれば、納得だわ」


 猫宮クリス。

 突然転校してきた彼女がホワイトファングであり、自分の後輩ヒーローだった。しかし、彼女の性格を鑑みれば納得する。


「そりゃ話した時に気が合わないって感じるはずだ。ヒーロー然としているどころか、正真正銘ヒーローだったもんな」


 クリスを背負って校庭に備え付けられているベンチまで歩き、彼女をゆっくりとおろし寝かせた。


 秋が終わりそうなこの季節。


 夜風が少し寒いので心配だったが、戦いを終えてすぐ迎えに来れば良いと考えて、真は屋上を目指し駆け上がった。

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