Ⅱ
暫くして、研究室に戻った二人。
「タイムリミットは日が出てくる午前四時。つまりあと四時間しか無いっす」
「ちっ、気を失いすぎたか。そんで? なんか策があるんだろ」
イオは頷き、端末を弄ってモニターに視線を移した。
「正直、犬崎さんとデュラの実力、戦闘スキルはそこまで離れていないんす。問題なのは、武装の差なんすよ」
「武装ねぇ。確かに、シルバーファングの時も同じく敵わなかったからなぁ」
訓練の日々を思い出し、苦い顔をする真。
「犬崎さん。おかしいとは思わないっすか? テーマパークでの際、思ったより時間を稼げたこと」
「そんなの、手加減されてたからに決まって――」
「違うんすよ」
イオは即座に否定すると、真の首に装着されている変身アイテムに触れた。撫でるような手つきが擽ったく、身をよじる。
「前に言ったでしょう? コレは、ファングシリーズの上位互換。スペック的にはヘルハウンドを多少上回っているんすよ」
「だが、実態はただの黒タイツだったろ」
「そうなった理由も、言ったはずっす」
記憶を遡り、イオの言葉を思い出す。
『――そのアイテムは変身者の覚悟の度合いで形態が変わるんすよ!』
ハッとし、イオを見返すと彼女は頷いた。
「今の犬崎さんなら、アタシの最高傑作――フェンリルの力を十二分に引き出せるはずっすよ」
「フェンリル……」
あの時、彼女は真の事を『牙を抜かれたわんちゃん』と揶揄した。
だが、今。ただ一人のためにもう一度ヒーローとして立ち上がり、覚悟を持った自分は牙を取り戻した。
それならば、神の如き所業をなそうとしているデュラに対し、この神殺しの牙を冠する変身武装兵装を纏えるはずだ。
「犬崎さん。時間はもう少ないっすから、手短に伝えるっす。最後の絶対正義がある場所は、アタシたちの学校にあるっすよ」
「学校に? 見かけたことないぞ」
イオより一年長く在籍しているが、一度たりとも絶対正義を学校で発見したりすることは無かったし、あるとは思わなかった。
「屋上にあるんす。立ち入り禁止なので見たこと無いのも無理ないっすけど、真ん中にドーンと置いてあるっすよ」
心当たりがあった。自分がいつも昼食の席にしているあのモニュメントの事だろうと見当が付いた。
しかし、あれが絶対正義ならば他のとデザインが違う気がする。
「あそこに置いてある絶対正義こそ、アタシが作ったプロトタイプっすね。多少、いやかなり大きく改造されてますけど間違い無いっす」
それなら知らず知らず見逃しても仕方ないと納得したが、別の疑問が湧き上がる。
「一番近くにあるんなら、なんで今まで放っておいたんだ?」
絶対正義の真実を知っているなら直ぐにでも破壊するものだと思っていたが、イオは首をふる。
「だから、改造されてるんすよ。昔の通りならアタシがウイルス的にも物理的にも、すぐにでも破壊してたんすけど……デュラを倒さないと止まらない設計になってたんす。細かく説明するなら、ヘルハウンドと連携状態になって常時バックアップデータが送られているので、絶対正義を壊してもまた作られのイタチごっこっす。だから、とあるタイミングでデュラを倒さないといけなくなったんす」
苛立たしげに説明するイオは続ける。
「そのタイミングこそ……今っす。目的が達成される直前、絶対正義を新しく作っている暇が無い今こそっ、全てを終わらせるチャンスなんす!」
ヘルハウンドの破壊、元凶であるデュラの撃破が鍵となっている。
「つまり、目的は変わらずってことか」
「はいっす。犬崎さんがデュラを倒せば、絶対正義は稼働停止するっす。壊すのはそれから。念のためアタシもあとで学校に向かうっす。今度こそアタシ自身の手で破壊したいので」
心得たと頷き、真は早速向かおうとする。が、イオに服の裾を掴まれて止まった。
「犬崎さん。確かに目的を果たして欲しいっすけど、それ以上に……無事に帰ってきてくださいっす」
こうしてイオに心配され、無事の帰還を願われたのは二度目だったか。
目の前で言われると少し照れくさいものを感じる。
「なんだよ。まだ俺に話すことがあったのか?」
以前は、事情を話すから無事に帰ってきてほしい。そんな感じからくる心配だったのだろう。
だから同じ事かと思い聞くと、イオは目線を逸らしてから、控えめに見上げてくる。
ほんの少し、頬が赤い。
「いや、普通にっす」
「普通?」
「だからぁっ、普通に心配してるんすよ! ……ほら、あれっす、そのー、ッ。サンドイッチっすよ! また犬崎さんにサンドイッチを作って欲しいんで死なれちゃ困るんすっ」
途中で恥ずかしくなったのか、誤魔化すように早口で言い連ねる彼女。
色白で綺麗な首が赤く染まっていくことから、照れているのは丸分かりだった。しかし真はからかうことをせず、優しく彼女の頭に手を乗せた。
「わーったよ。じゃ、あれだ。昼休みさ、屋上で祝勝会しようぜ」
「昼休みの屋上は立ち入り禁止なんすけどね。ヒーローがそんなことして良いんすかぁ?」
にんまりと笑うイオに、真も同じく笑って返す。
「へっ、そん時はもうヒーローじゃねぇし」
「確かに。ただの不良高校生っすね!」
「俺は不良じゃねぇ」「じゃあ陰キャ?」「それも違ぇ!」なんて会話をしていたが、ふと互いの言葉が止まった。
そして再び喋りだしたのは、イオが先だった。
「……待ってますから」
「おう、ちゃっちゃと勝ってくる」
「いってらっしゃいっす」
「い――」
いってきます。と言おうとしたが、言えなかった。
甘い香りがしたと思ったら、頬に湿り気を感じた。
「ちゅっ」と音がして、イオが悪戯に微笑んでいる。
遅れて、それがキスだと理解した。
「前のサンドイッチの分と、昼休みの分の先払いっす。ちなみにお釣りが出るので、もう一食分も期待してるっすよ……さっ、いつまで呆けてるんすか。宣言通り、ちゃっちゃと勝ってきてくださいよほらほらほら!」
無理やり背中を押されて研究室から出された真。
扉が閉まる直前、見えた彼女の顔はかつてないほど真っ赤だった。
「ふん。アイツにも羞恥心があったのか」
強がりだと分かっていてもそう言うしかなかった。今まで散々、変態だの露出狂だの罵ってきた相手に、まさかときめいたなんて認めたくなかったのだ。
首元まで真っ赤に染まった真だったが、深呼吸して気を落ち着かせる。
「さて、行くか」
キリッ、と表情を決めてそう言ったが、まだ頬からは、ほんのり熱を感じていた。
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