それから一年の時が経った。


 デュラは今まで通り、人を助ける活動を続けている。

 ただ変わったのは――


「ひぃっ、盗みはもう止める! だから殺さなッ、おぐぅッ」

「一度悪に染まれば問答無用」


 悪は容赦なく裁く。どんな悪事だろうと、悪は悪として断罪していた。

 あちこちを放浪し、噂が聞こえてくる。


「なぁ、最近この街にも来たってよ」

「知ってる。黒いヒーローだろ? 犯罪者どもは震えてっけど、俺たちからしたら助かる話だよな」


 大抵はデュラを称え、感謝を告げる声だった。


 それを、


「貴様ら、俺の傀儡となれ」

「あん? あんた急に何、を……はい」

「お、おいッ、急にどうし……た。ご命令を」


 虚ろな目へと変化した二人に対し、デュラは地図を渡した。


「この場所に向かい、基地の製作を手伝え」

『はい』


 ふらふらと覚束ない足取りで去っていく男たち。


「ふむ。効果は順調か。このまま行けば、完成は近い。それが終わり次第、この機械の解析、量産の研究をさせるか」


 手に持っているのは、イオが処分を頼んだ小さな機械だ。


 あの時は確かに処分するつもりだったが、すぐに事件が起きてうやむやになり結局は無事のまま。だが己の目的を考えれば、僥倖だと考える。


「これがあれば、絶対の正義が実現する。世界に蔓延る悪に対し、滅びの判決を――ッ」


 無銘の機械を『絶対正義ジャッジメント』と名付け、デュラは懐にしまった。


「さて、次の街は……」


 踵を返した時、イナスの顔がよぎった。


「ちょうど、一年か」


 この一年で数多くの地を巡った。

 最後に向かうは、かつて暮らしていた街――モノクロタウン。


 懐かしい風に吹かれ、デュラは足を踏み入れた。


 以前よりも目立つ犯罪は減っているような気がする。だが路地裏などの人気が無いところからは、暗く淀んだ空気を感じた。


 ぼろ切れのマントで顔を隠しながら、歩いて行く。

 やがて立ち止まった場所は、売地だった。


「……跡形も無く、燃え尽きたのか」


 レーヴァン、イオ、イナス。彼らの住んでいた家は既に無かった。


 仮にあっても顔を出すつもりは無く、なんとなく立ち寄っただけ。だったが、デュラは暫くそこから動かなかった。


 そんな彼の背中へ、誰かが声を掛ける。


「相変わらず、無茶してばかりかい? デュラ」


 振り返る。彼は、最後に顔をつきあわせた時よりも白髪がかなり増えていた。


「お前はたった一年で老け込んだな、レーヴァン」


 友との再会。そこに嬉しさは無かった。


「今まで家事は妻に任せっきりだったからね。慣れない事ばかりで大変なんだ」


 シワを深くして笑った彼はそう言うが、急激に老けた理由はそれだけでないだろう。娘はもちろんのこと、妻のイナスを愛していた。失った哀しみはきっとまだ続いているのだ。


 だから――


「レーヴァン。今度は俺から提案しよう」

 右手を出し、握手を求める。


「近いうち、この街で組織を建てる」

「建てるって……ボク達はグレイスターをもう建てているじゃないか」


 そう言うレーヴァンだが、その組織はもうあの時に自然消滅したと内心で思っているだろう。デュラ同様に。


「グレイスターは、生温かった。悪に温情は要らない。これからは絶対の正義のみを求めていく。……あぁ、安心しろ。これから先、殺しは控え、弱者の救済に力を入れていくつもりだ。むやみやたらな殺生はイナスも顔を顰めるだろうしな」


「――君は……」


「レーヴァン。貴様も許せないはずだ。イナスを消し去った悪を」

「妻を殺した犯人はもういない……君が殺したんだろう?」

「そうだ。だが、そんな悪はこれからも生まれる」

「だからって、悪を片っ端から消し去る事は出来ない。イナスも日々言っていたはずだ」


 デュラは差し出していた手を戻し、己の手のひらを見つめた。


「イナスは最期、世界を一つに、と遺した。彼女がそう望んだなら、俺はそれを実行するまで」


 懐から機械、絶対正義を取り出すと、レーヴァンは目を見開いた。


「それはッ、まさか! デュラ、そんなのイナスは望んでない! 妻が言っていたのは、誰かを助けていけばいずれその誰かも応え、心が一つに――」

「分かっているッ、彼女の真意など、理解している」


 常日頃、言われていた事だ。忘れるはずもない。

 だが、


「それでは遅い。現に、平和が訪れる前にイナスは消えてしまっただろうがッ」


 レーヴァンに背を向け、ヘルハウンドを纏うデュラ。


「貴様が誘いに乗らないのも分かっていた。ただ一言、邪魔するなと言いに来ただけだ」


「……ボクはッ、君を止める! 仮初めの平和なんて作らせない」


 その言葉に振り返り、笑い声を漏らすデュラ。



「くくっ。平和の為に活動する俺を止めるなぞ、まるで貴様が悪のようだな」

 レーヴァンはハッとし、グレイスターを立ち上げた頃のように、力強い視線でデュラを射貫いた。


「そうだ。君が建てる組織は、きっとこの街で人気になる。ヒーロー万歳ってね。なら、ボクは悪の組織を建て、そんなヒーローを存分に邪魔しようじゃないか」

「ふん。誰が来ようと、止められるはずがない。それはこの鎧を作った貴様も理解していよう」


 ヘルハウンドはレーヴァンの傑作であり、現状はこれよりも優れた武装は作れないはずだ。ならば、今すぐに止めようとしてきても返り討ちにするのは安易だろう。


「確かにそれを越える武装は、今のボクには難しい。でも、忘れたのかい?」


 レーヴァンは誇るように胸を張り、デュラへ指さした。


「ボクには天才の娘が居る。いずれボクを越え、君を止めるきっかけを作るだろう」


 デュラは興が冷めたように溜め息をついた。


「親バカは相変わらずか、たわけ」

「ボクの娘は世界一可愛い!」


 その瞬間だけ親友に戻った気がして、デュラは仮面の奥で口角を上げた。


「次に会った時は、敵同士だ」

「もしボクらが勝ったら、反省してもらうために命令を一つ聞いてもらうからね!」


 食い下がるよう叫ぶレーヴァンを背に、デュラは電柱の上へと跳躍し去った。

 街で一番高い建物の天辺に昇り、見下ろす。


「確かに絶対正義を作ったのは奴の娘、イオ。侮れないか……念のため、雑兵以外に戦力を集める必要がある。そうだな、後腐れが無いよう、身寄りの無い子供を引き取り鍛えるとしようか……」



 近い未来のため、計画を練るデュラ。


 こうして数年後に、二つの組織が出現した。


 一つは正義の組織『ホワイトスター』。

 もう一つは、ホワイトスターを追うように出てきた悪の組織『ブラックスター』。


 銀色のヒーローと、黒いタイツの集団が当たり前の光景になるのは、まだもう少し先の話だ。

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