幕間

 片目が潰された。ナイフでずっぷりと抉られ、視力が奪われた。


「へへっ、どうだ。いてぇだろう? もっと泣き喚けよ、偽善者」

「……片目ごとき、くだらん」


 己の油断が招いた結果にそう吐き捨てた青年。だが血が滴り、痛そうだ。


「そんじゃ、もう一個の目を貰っちゃおうかなぁッ!」

「……二度目は無い」


 ナイフを持った暴漢が襲いかかってくる。ご丁寧にも宣言通りの行動をしてきたため、対処は容易かった。


 突き出されたナイフの刃を二本の指で挟み、捻る。すると刃が折れて散らばった。

 それに驚愕した暴漢は、次の瞬間に殴り飛ばされた。


「く、そぉ……」


 暴漢が気絶すると、青年は傍にあったカバンを取り上げた。それを持って路地裏から出ると、小さな子供がおろおろと立ち尽くしている姿があった。


「盗られたのはこれだな」

「あ、うん。……あの、おじさん。目だいじょうぶ?」

「気にするな。……それと、俺はギリギリまだ二十代だ」


 心配そうに見上げる子供の頭を撫で、「もう行け」と促すと、子供は笑顔でお礼を言って去って行った。


「ボク達はもうおじさんに違いないと思うけど?」


 子供を見送った青年の後ろから、そう声を掛ける男性がいた。


「貴様と違って俺はそんな老けてない」

「子供が出来たら大変になるから嫌でも老け始めるよ……って怪我してるじゃないか!」

「どうってことない」


 目から血を流す青年を心配し、声を掛けてきた男は青年の腕を引っ張る。


「まったく。君はいつだって無茶をするね、デュラ」

「レーヴァンが心配性なだけだ」

「いや、さすがに片目を失った友人を心配しないわけないでしょ。ほら、家に来な」

「片目でもちゃんと歩ける。離せ」


 そう自分の腕を引っ張って歩く心配性な友人に、溜め息をついた。


 ***



 レーヴァンの家は普通の一軒家だが、地下には彼専用のラボがあった。

 そこで日々負傷しているデュラの治療をしているのだが、今回は治療だけですまなかった。


「どうだい? 君の細胞を使って作成したものだ。拒絶反応は無いはずだけど」

「問題ない。通常通りだ」

「なら良かった。でもちゃんと反省するんだよ、ボクじゃないとそんな義眼を作れないんだからね……いや、最近は娘の成長が著しいし、もう少ししたらボクみたいな発明家になれるかも。なんてったって、天才たるボクの娘だしね! あと妻に似てメッチャ可愛いし、最強だよ!」


 親バカを発揮している友に対し呆れながらも、一時間程度でこの完成度を誇る義眼を作り上げた事は素直に賞賛していた。直接言うと調子づくから心の中で。


 レーヴァンは娘自慢を終えたのか一息ついて、真剣な表情でデュラと目を合わせる。


「君はいつでも一人で突っ走る。誰かのために駆けるのは美徳だけど、君が傷付いてちゃダメだと思うんだ」

「しかし貴様は戦えないだろう。こんな辛気くさい部屋に籠もってばかりだから、そんなモヤシなんだ。少しは運動したらどうだ? 娘が貴様のようになると目も当てられんだろ」

「うるさいな! それはいま置いとけよ!」


 話が長くなると面倒くさいので、レーヴァンの不養生さを咎める方向にシフトしようとしたが、すぐに戻されてしまった。


「確かにボクは直接戦えない。でも昔に言ったろう? 君が戦場に赴き、ボクがサポートすると。グレイスターを立ち上げた時に約束したはずだよ」


 現状、二人しかいない組織『グレイスター』。近頃、治安が悪くなったこの街、モノクロタウンのために活動しようとレーヴァンが発案し、同じ志を持ったデュラも賛同して出来た組織だ。


「そうだな……先程、貴様は戦えないと言ったが撤回させてもらう」

「うん?」


 デュラは目を細め、そっぽを向きながら言う。


「隻眼は不便だからな。貴様のお陰で戦闘力は落ちずにすんだ」

「えっと?」


 己の心情が伝わらない事に舌打ちしたデュラは、少し声のボリュームを下げた。


「だから、貴様はこうして共に戦ってくれているということだ」


 義眼をトントンと叩いて言うと、ぽかんと口を開けたレーヴァン。そして苦笑した。


「君って時々さ、回りくどく言うから分かりづらくて面倒くさいよね」

「ふん」


 やれやれ、と肩を竦めたレーヴァン。


「確かにボクの戦い方は君の負傷を治す事。でもね、それじゃもう満足できなくなったよ」

 その言葉に、デュラはピクリと眉を動かした。


「……完成したのか?」


 にっこりと笑ったレーヴァンは、壁に手を当てた。


 そこからピッ、と音が鳴り『認証完了』と機械気質なアナウンスが流れると、壁がへこんで空間が現れた。

 中から蒸気が吹き出し、足下を真っ白に染め上げた。


「これが、君の武器になる」


 現れたトルソーに着せているのは、黒い鎧。


「変身武装兵器プロトタイプ、名は『ヘルハウンド』。ボクの渾身の一作さ」

 触ってごらん、と目で促され、丁寧に掌で触れる。


 冷たい、と感じた瞬間に鎧は鈍く光って首輪形態に変化した。


「認識完了。これでヘルハウンドは君専用のモノになった。でも、あまり乱暴に扱わないでくれよ? メンテナンスがかなり面倒なんだから」


 首輪の付け心地を確かめながら、デュラはうっすらと口角を上げた。


「善処する」

「それ、しないやつじゃないか……ま、分かってたけど」


 二人は笑いあい、握手した。


「じゃ、バトルは任せた。頑張れよ。ヒーロー」

「……ヒーロー?」


 眉を上げて言うと、レーヴァンは可笑しそうに言う。


「だって、そんな姿で人助けするならヒーロー以外の何者でもないでしょ。あ、名前はどうしよっか。本名じゃ味気ないし」


 デュラは握っていた手を振り払い、面倒くさそうに頭を振った。


「そういうのはいい。名乗るほどの者じゃないしな」

「あ、それって常套句じゃないか。君も意外と乗り気だったり?」


 図星だったのか、頬をほんのり赤くして背を向けた。


「帰る。今日も世話になったな」

「ちょっ、拗ねないでくれよー。ほら、君が来ているのを知ってる妻が料理を作って待ってるんだから、食べていきなよ」


 ぎゃあぎゃあと、主にレーヴァンが騒がしい日常。

 これが彼らにとっての当たり前だった。


「……イナスの料理か。ふむ、いただこう」

「そうそう、そうしなよ。今日はシチューだってさ」


 明日も、明後日も、その次の日も。

 

 自分達は人を助け、守りながらこの日常を過ごすのだろうと、先の未来予想図が浮かび上がり、レーヴァンはこっそりと微笑んだ。

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