Ⅲ
拳、蹴り、兵装。迫り来る攻撃の応酬を、受けに徹して凌いでいく。
体感では十五分。予想を超えてかなり耐える事が出来ていた。その理由は、デュラが本気ではないからだろう。
奴はホワイトファングの隙を埋めるような動きで、完全にサポートへ回っていた。
なんだかホワイトファングの成長に使われている踏み台のような扱いをされて不愉快だったが、その戯れのお陰で時間を稼げているのも事実だった。
「ほお、存外に粘るな。駄犬」
「ふッ、くぅッ。どの口がッ! あがッ」
面白がるような口調で言われ、思わず集中を乱してしまった。
死角外からホワイトファングの打撃で飛ばされ、背中を強く打つ真。すぐに跳ね起きて息を整えながら、イオからの通信を待っていた。
(正直、もう次倒れたら立ち上がれねぇ。……ここまでか)
逃げるための体力を残すなら、ここで退いた方が賢明だ。しかし、まだ絶対正義の破壊成功を告げる声は届いてない。
今回の作戦は失敗か、と悟った時、テーマパークの中から爆発音が聞こえた。同時にイオからノイズ交じりの通信が入る。
『もうっ、電源切らないでくださいッ、強制で繋げるのは面倒――じゃなくてッ、任務完了っす! 下っ端たちは別ルートから退却中、犬崎さんも急いでそこから逃げてくださいっす!』
心底安心した真は「了解」と呟いて、内心では帰ったらボーナス料金をふんだくろうと考えていた。
「司令官ッ、
爆発で上がった煙を見上げながらホワイトファングが叫ぶ。
だが、彼女と違ってデュラは動じていなかった。腕を組んで真を見つめたまま動かない。
それを不気味に思いながらも、真は自分達の勝利を告げる。
「今回も俺たちの勝ちだな」
嘲笑うように言っても変化は起きず、悠然とした様子で腕を組んだままのデュラ。
「おいおい。ここ最近やられっぱなしだからって呆けてんじゃねぇよ」
挑発を重ね、逃げ道を探す。乗ってきたバイクは捨てるしかなく、ある程度走って逃げたら変身を解いて迎えに来てもらおう。
そんな逃走の算段を考えていると、黙したままのデュラの体が小刻みに揺れ始めた。
「――く、くく。くくッ! 駄犬、おかしな事を言うな」
「あ?」
なにかマズい。いますぐここから逃げろ、と本能が叫んでいた。
「貴様がここで我々と戦った時点で、我々の勝利は決まっていたのだよ」
何を、と口に出せなかった。
真は既にデュラの手で頭を掴まれ、地面に叩きつけられていたからだ。
デュラは意識が飛びかけた真の頭を持ち上げ、「見ろ」と言った。痛みで目がかすみ、暗闇も相まって見えづらかったが、一瞬キラリと何かが光った。
「貴様らがここを標的にするのは知っていた。故に、予めカメラを置いていたのだ」
「え、えっ。そうなんですか司令官」
知らされていなかったと狼狽えるホワイトファング。
「本気で戦う映像でないと意味なかろう。……あぁ、安心しろ。音声は入っていない」
カメラで撮られている。それは理解したが、デュラの考えが分からなかった。しかしそれは本人が答えてくれるようだ。
「ここの
「……ぺッ。その飛び出した弾丸は何処に向かってんだ」
欠けた歯を吐き出しながら、デュラを睨む。
「無論。――国だ」
「はぁ? いやそこは普通、俺たちとかだろう」
「国と言った。なら貴様らも含まれているに決まっていよう」
「まどろっこしい! さっさと目的を言えよッ」
叫んだ瞬間だった。後ろでホワイトファングが驚きの声を上げた。
「司令官! これ、生放送中じゃないですかッ。というかなんかヤバいですよ! 色んなSNSに映像が拡散されてて……」
どうやらスマホを見ているようだ。戦場で何をしているのかと呆れるが、生放送と聞いて真はハッとした。
「
「そうだ。ホワイトスターの信仰力が上がる」
そこで真は今まで抱えていた疑問を口に出した。
「ホワイトスターの活動方針は、絶対正義を守りながら、人を助け守る。だったな。……なぁ、デュラ。絶対正義って一体何だ? 俺が聞いていたのは、表示されている数字はホワイトスターのファン、つまり支持数を表すもんだったよな」
聞くと、デュラの仮面から蒸気が噴き出す。次に空気が強く抜ける音がし、漆黒の仮面が鎧に小さく収納され、彼の素顔が露わになった。
逆立った髪と力強い顔立ちで、獅子のような雰囲気を感じる漢の顔。
「
デュラの視線に圧される。
昔からこの目が苦手だった。その目で見られると、なんだか体が硬直して動けなくなるから。
これも昔、訓練と称された虐待で痛めつけられた弊害だ。心の底から、彼に勝てないと思わされる。
再び顔を仮面で覆ったデュラは、真を放り投げた。
「貴様をここで処断しても良いが、直に傀儡になる。今更どこへ逃げても無駄だからな」
そう言って、去ろうとするデュラの足を掴んだ。
「……これ以上の抵抗は無駄だぞ、駄犬」
「う、るせぇッ!」
デュラの足に装飾されている棘のパーツを引きちぎり、残った体力を全て使いカメラへ向かって投擲した。カメラのレンズが壊れるの見届けると、真の意識は途切れた。
「あ、映像途切れました」
どこか安心したような声で言ったホワイトファング。
デュラはジッと真を見下ろし、そしてトドメを刺そうとしているのか、掌を向けた。
「……ふむ、やはりこの駄犬は直接――」
「ちょ、司令官!? さすがに殺すのはマズいですって!」
ホワイトファングの声は無視され、デュラの拳が振り下り――る寸前で、突如光がヒーローたちを照らした。
車のヘッドライトだった。デュラたち、いや、真に向かって走っている。
クラクションを響かせながら、その車はデュラと真を引き離すように割り込んだ。
轢かれる寸前で後方へ跳躍した漆黒の鎧。ホワイトファングは急に現れた車に驚いているのか動かない。
そんなヒーロー達に構わず、真側に向けている後部座席のドアが開いた。
「犬崎さん! ――うわ、顔面血だらけっすね……っと、うぐぐぅ、重いっすーッ!」
中から出てきたのはイオだった。気絶している真を引き摺り、車内へ押しやる。
「ふぃーっす、オッケーっすよッ。出して下さい! ……ちょ、何してるんすか早くしてくださいっす、パパ!」
「……あぁ、そうだね。ごめんよ」
そしてベビードッグを回収した車は、モノクロテーマパークから走り去った。
***
「司令官、彼をみすみす逃がしても良かったんですか?」
「何処へ逃げても、もう
「傀儡、とはどういうことです?」
車が去っていった方向を見つめたままのデュラ。
「……いまだに俺を止めようとしているのか、レーヴァン」
ガラス越しにあった視線。彼が今でも自分を止めようとしてるのが分かった。
「だがもう遅い。お前も直に、俺の野望に呑み込まれる」
「……あの、司令官?」
「貴様もよく働いてくれた」
「? はい。正義のため、守る人達のためにこれからも頑張りますよ」
そう言うホワイトファングを、デュラは哀れな目で見ていた。
「正義のため……そう、だな。正義のために、世界を俺のモノにする。そう君は望んだのだろう? ――イナス」
聞き取れないほどの小さな声でボソリと言ったデュラは、仮面を外した。
「どうしたんです、司令官。変身を解くのは帰ってからじゃないと身バレのリスクが」
「ホワイトファング……いや、クリスよ。ご苦労だったな」
「いえ。確かに今日も疲れましたが、明日からまた」
「そうではない」
「へ?」
デュラの表情は削ぎ落とされたように無機質だった。告げる言葉も、感情は乗っておらず機械のよう。
「まもなく洗脳は開始される。否、もう始まっている。それはお前とて例外ではない」
「さっきから、何を言ってる、ん……で、すか」
怪訝な顔でいうホワイトファングこと、クリス。彼女の顔から徐々に色が失われていった。
そして、感情が無い平坦な声で話し出す。
「正義。正義のため。ホワイトスターの、ために――私は戦う」
「そうだ。それでいい……日の出と共に、この国は俺の管理下となる。――そうなれば、イナスの目指した世界が……悪の無い、正義だけの世界が完成する」
デュラは夜空を見上げた。彼の目に映っているのは空に浮かぶ星や月ではない。
ただ一人の女性だった。
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