「――ッ、いるんだろッ! デュラ!」


 ホワイトファングの隣に突如現れた黒い影。瞬間、真を押し潰そうとしていた圧が消えた。


 安堵したように膝をつき、真は荒くなった息をゆっくりと整える。


「お手数かけます。司令官」


 ホワイトファングが隣にそう話し掛けていた。


「構わん。……駄犬、久しぶりだな」

「……」


 バレている。


 真は焦燥した顔でホワイトファングの隣に立つ者を確認した。


 ホワイトファングの色違いである、漆黒の鎧。だが彼女と違ってサイズは大きく、二メートルを超えていた。


 膝などには棘があり、全体的に禍々しいデザイン。両肩には、地獄の番犬をモチーフにした双頭の肩当てが付いている。


 間違い無かった。

 今この場に、真の師匠であり、ホワイトスターの総司令官が来ている。


 この最悪な展開からどうやって逃げようかと考えている間にも、ホワイトファングとデュラの会話が続いている。


「久しぶりって、面識あったんですか? それにあの幹部、司令官の本名を叫んでました。いったいどんな関係なんですか」

「幹部、か。なるほど、確かに駄犬の戦闘力なら重宝される。しかし解せんな。何故ブラックスターに身を置いたのだ? 貴様は『もう疲れた』と言っていたはず。なら、このような戦場に立つのは二度と無いと思っていたのだが」


 デュラはホワイトファングの疑問に答えることなく、威厳のある声で真を見下ろす。


「駄犬が抜けてもコイツがいる。故に貴様の離反を見逃し、放っておいたのだが」

「……俺、ホワイトファングなんて知らなかったんだけど。そんな存在、いつの間に育ててたんだよ」 


 ゆっくりと立ち上がった真。


 膝はまだ震えているが、覆面の下でデュラを睨め付けて強気の態度で挑む。


「数年前。貴様と同じ境遇のコイツを海外で拾った。教えなかったのは、貴様がすぐに離反するのを防ぐためだ。拾った当初から貴様はヒーロー活動に乗り気では無かった。なら、自分の代わりが居るとしれば、すぐに逃げるだろう」


 人助けはなんだかんだ嫌いじゃなかったが、確かにデュラの言う通りだった。

 言葉に詰まる真。


 そんな二人の会話を横で聞いていたホワイトファングは、首を傾げていたが、やがて恐る恐るデュラに聞いた。


「離反……代わり……ヒーロー活動――? 待って下さい、司令官。その言い方は、まるで私の前に活動していたかのような」

「まるでもなにも、その通りだが」


 ホワイトファングは錆びたブリキ人形のようにぎこちなく首を動かし、真の方へ向けた。


「私の前任で、司令官以外に活躍していた人って……一人しか、あのヒーローしか居ないじゃないですか」


 ぶつぶつと小さな声でそう言ったホワイトファング。


 真は彼女の表情を読み取れないが、なんだか泣きだしそうな声をしていたので困惑していた。



「じゃあ……彼は、シルバーファングなんですか?」


 デュラへ問うた言葉だが、彼女は明らかに真が答えるのを待っていた。

 そして期待していたのだろう。違う、というセリフを。


 だが、真は溜め息をついて肯定した。


「……そうだよ、後輩。俺は元ヒーローで――シルバーファングだった。しかし今はブラックスターの幹部だ」

「どうして……どうして悪の組織に身を置いた!」


 先程の挑発で怒っていた時と違って、今の彼女の叫びには殺気が混じっていた。


「後輩ちゃんよ。お前、いまどんな生活してるんだ?」

「何を言って……」


 デュラが現れてから精神的に参っていた真だが、過去の記憶を掘り出していくと徐々にデュラへの怒りで落ち着いてきた。


「さっき聞いたけど、俺と同じ境遇なんだって? 孤児院でデュラに拾われたってことだろ。じゃあ次に何処へ行った? 俺の場合はプレハブ小屋。電気も水も通っていない小さな小屋に押し込まれて生活。そんで好きでもない格闘訓練を積まされて、飯は最低限の栄養バー。いざヒーローとして働けるようになっても金は出ねぇ。おまけに助ける奴らは揃いも揃って『当たり前』だと受け入れる」


 早口でペラペラと一息に言った真は、一度深呼吸して告げる。



「もう一回言ってやる。ヒーローって本当に大変だよなぁ」


 目と口を大きく歪めて嗤うとホワイトファングは不気味に思ったのか一歩身を退いた。


「ほ、本当なんですか、司令官。彼の言っている事は」


 デュラは小さく頷き、肯定した。


「そういえば、そうだったな。劣悪な環境で育てば強い体と精神を得ると思っていたが、意味がないどころか離反の要因になっていたか。そうなると、昔と違って環境を変えたのは正解だったようだ」


 ホワイトファングは真と違って普通の生活をしているようだと分かった。

 彼女は何て言っていいのか分からないのか、デュラと真を交互に見るだけ。


「さて、対話はもう充分だろう。やるぞ、ホワイトファング」


 デュラに促されるが、彼女はまだ困惑しているようだった。


「状況を見ろ。あの駄犬は悪に身を堕とした裏切り者だ。それを貴様はヒーローとして、どうするのだ?」

「し、しかしっ。彼が離反した状況を聞くと、司令官に原因があるんですよ!? なら、もう一度手を差し伸べて、今度はちゃんとした環境に身を置けば」

「くどい」


 ホワイトファングの言葉を、デュラは容赦なく断ち切った。

 そしてデュラに同意する訳では無いが、真も首を横に振る。


「たとえ良い所で生活出来るようになったって、俺は戻らねぇよ」

「そんなっ。……いえ、きっと困っていたアナタをブラックスターが言葉巧みに騙してたのね。なら、私がそこから引っ張り上げて助けてあげる!」


 さっきから思っていたが、彼女はどうやら妄想癖が強い傾向にあるようだ。


 真は「うわぁ……」と面倒くさそうな表情で引いた。


「さて、ゆくか」

「はい、司令官!」


 黒と白。二人のヒーローが同時に跳んできた。


 真は格下であるホワイトファングから沈めようと、白の方へ蹴りを繰り出した。

 だがそれは黒に阻まれ、右足を掴まれてしまった。


「甘いな」


 そのままだと足が潰されそうな握力。真は咄嗟にデュラの首元へ、空いている左足を使って組み付いた。そして地面へ引き倒すように思いっきり体を捻る。


 だが、デュラは足下から根が生えたように、微動だにしなかった。


「駄犬、その攻撃は己より体格が小さい者にしろ、と教えたはずだ」


 デュラは蛇のように組み付いた真を単純な腕力で引き剥がした。そしてそのまま地面に強く叩きつける。


「――ッオ、ァッ……!」


 胸を強打し、一瞬呼吸出来なくなる。


 倒れた真をすかさず追撃しようとホワイトファングが攻めてくるが、必死の足払いで彼女の体勢を崩し、難を逃れた。


 まだ痛む右足を引き摺りながら後退し、通信機を繋げた。


「おい、イオッ。絶対正義ジャッジメントの破壊はまだか!? デュラが出てきたッ、もうこれ以上は持たない、すぐに退却したいんだが!」

『デュラ登場は観測してるっす! でもまだ見つかってないそうなので、もう少し頑張って粘ってください!』


 イオの答えは無情なもので、真はいますぐに逃げだしたかった。


「だぁッ、もう! なんとか足止めするから、破壊したらそのまま別口から逃げろって下っ端に伝えろ」


『そのまま逃げろって――犬崎さんの回収はどうするんすか! 足止め出来たって、恐らく逃げる体力は無いほどに満身創痍になるんすよッ』

「気合いでやる。ヒーロー時代はそうやってきたんだ。なんとかなるだろ……つーわけで、特別ボーナス期待してるぞ」


 それでも納得いってないイオは何事か喚いていたが、途中で集中が乱されないよう通信機の電源を切って完全にシャットダウンした。


「訓練時代にデュラと戦えた時間は、十分ちょい。でも今は後輩がいるから、もって五分ちょいってとこかね」


 気合いをいれるように自分の頬を叩くと、二人のヒーローへ指さした。


「俺は悪の幹部――ベビードッグ! テメェらヒーローの邪魔をトコトンしてやるから、覚悟しとけオラァ!」


 久しぶりに。しかし悪の組織に所属してから初めての名乗りを上げた。


「だ、ダサい……ブラックスターにそんな名前をつけられて可哀想に。安心して、私がすぐにシルバーファングに戻してあげる!」

「駄犬よ。さすがにそれはダサいぞ」

「うるせぇ!」


 散々な酷評をされて涙目になったが、それを乾かすようにヒーローの元へ駆け出した。

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