4章

 まばらだったミーティングルームには人が集まっていた。


 作戦開始まであと一時間。十分後には現場に向かう手筈になっている。

 その前に、真は幹部として初の仕事をやり遂げようとしていた。


「えー、お集まりの皆さん。どうもこんばんわ。この度、幹部となったベビードッグです」


 多くの下っ端の前に登壇し、挨拶をする。これが初仕事である。内心では、新人が自分たちの上に立つのが気に入らない、などで反乱を起こされるかヒヤヒヤしていた。


 現にこの場は静寂で支配され、下っ端全員は真を見つめていた。


『お――』

「お?」


 誰かがポツリと言った。目を向けると、警備員の下っ端だった。


『おぉ』


 徐々に声が広がり、やがて――


『おおおぉぉッ! ベビードッグ! ベビードッグ! ベビードッグ!』


 下っ端たちは声を合わせ、幹部名を連呼する。


「いや恥ずかしいからそんな呼ばないでください。いやほんと」

「ベビードッグの旦那! 敬語なんて堅苦しいッ、俺たちを顎でこき使ってくだせぇ!」


 そう言ったのはまたしても警備員の下っ端だった。


「いやアンタ先輩じゃん! 新人に先を越されて悔しくないの!?」


 つい敬語が外れてしまったが、まぁいいやと頭の隅に放り投げる。


「何言ってるんでさぁ。ここにいる全員、旦那の戦う姿に惚れたんだ。純粋に着いていきてぇって思わせた! だから気にせず俺たちの上に立ってくれ!」


 染みついた下っ端根性は拭えない、と悟った真は「あぁ、うん」と諦めた。


「それじゃ、今回の作戦概要を説明する。今から十分後にモノクロテーマパークへ向かい、着き次第おまえ達は園内にあるという絶対正義ジャッジメントを探索。俺は来るであろうホワイトファングを迎え討つ。いいな?」

『了解!』


 一人で足止めをする事に異論を唱える者は居なかった。

 皆、真の強さを認めているようだ。


 集まっている下っ端たちを見渡し、真は頷く。


「お前らは絶対正義の発見だけを考えて行動しろ。今までと違って、ホワイトファングはちゃんと俺が抑えておく。心配するな」

『ベビードッグ最強! ベビードッグ最強!』

「恥ずかしいからやめろ! 以上、解散。直ちに現場へ向かえ!」


 号令と共に下っ端たちは走りだす。真も動こうとするが、通信機からイオの声が聞こえた。


『トラックの横に犬崎さん用の移動手段を用意してあるっす。それで向かってください』

「専用?」


 リフトで地下に下りると、下っ端たちが乗り込んでいるトラックの隣に自動二輪車が駐車してあった。


 ヒーローだった頃は偶に乗って現場へ行っていたので真としては、懐かしい乗り物だった。


「……バイクかよ。いっとくけど、免許なんて持ってねぇぞ」

『悪の幹部が何を言ってんすかー。でも、乗れるでしょ』


 確信している声だった。そしてそれはその通りであり、真は嘆息する。


「ちゃんと整備してあるんだろうな」

『メカニックにそれ聞きます?』

「ふん」


 黒いカラーリングをしたネイキッドバイクに跨がり、エンジンを吹かす。


「へぇ、いい音してんじゃん」


 真はニヤリと笑い、ギアを入れた。


「じゃ、行きますか」


 駆動音が鳴り響くガレージから発進。地上へ続くトンネルを抜け、学校の近くに出た。

 時刻は帰宅ラッシュ。渋滞している車の間をすり抜け、目的地へと疾走する。


『犬崎さん。今回の絶対正義ジャッジメントを破壊出来れば、残りはあと一つっす』

「いつの間にそんな壊してたんだ?」

『ホワイトファングの前任、シルバーファングが消えてる間、一気に破壊していったんす。次のヒーローが出ないうちにって』

「当然の判断だな」


 信号に捕まらないよう走り、イオとの会話を続ける。


『でも妙なんす』

「何がだ?」

『シルバーファングが抜けたとしても、まだ一人残ってるじゃないっすか』

「……」


 確かに妙だった。


 シルバーファングは所詮、雇われのヒーロー。もう一人、ホワイトスターを創設したヒーローが居るのだ。今は司令官として活動し、表に出ていないが。


エンジンと排気音が入り乱れる中、イオはなんでもないように呟いた。


『ホワイトスターの司令官、デュラ。――犬崎さんの師匠っすよね』


 スピードメーターが一瞬上がった。動揺して捻りすぎたグリップを戻し、真は内心『事故るとこだったじゃねぇかバカ野郎、タイミング考えろ』と文句を述べながら呟く。


「……やっぱ気付いてたんだな」


 デュラが己の師だとバレているなら、当然真がシルバーファングだったことは知っているはずだ。


『忘れたんすか? アタシは天才なんすよー? ま、その辺の事は帰ってきてから話すんで』


 かつての敵を味方に引き入れる思惑など知りたかったが、イオの言う通り、帰ってから聞きだそうと決めた。


『だからまぁ、ちゃんと帰ってきてくださいっす』

「お前、他人に対して心配とか出来るんだ」

『犬崎さんってアタシに辛辣っすよね』

「初対面から人に……し、下着姿見せびらかした挙げ句、変態扱いするような奴には丁度良いだろ」


 そう言うと通信機が爆発しそうなくらい甲高い声が真の鼓膜を貫いていった。


『とーにーかーく! 気をつけて下さいっす。前回ホワイトファングを撤退させましたが、今回も同じようにイケる、なんて甘い感じにはならないと思うんで』

「はいよ。――お、もう着くわ」


 既にテーマパークは閉園しており、スタッフも居ない。

 バイクを駐め、閉じているシャッターを潜る。すると、その先には園内を徘徊している警備員がいた。


「どうすっかな。作戦が終わるまで縛って気絶……ん?」


 トラックが駐車している音が聞こえ、他の下っ端も到着したようだと真は振り返る。

 一番最初に出てきたのは、警備員の下っ端だった。真に気付くと、駆け寄ってきた。


「どうした旦那」

「あれ見ろ。客もスタッフも居ないけど、やっぱ見回りの警備員が残ってる」


 指で指し示すと、下っ端は「お、なら俺に任せてくだせぇ」と走っていった。


 止める間もなく、彼は警備員に話し掛けた。ライトで照らされ、不審者扱いされたようだが、すぐに二人仲良く肩を組んで戻って来た。


「旦那、今晩の警備員はコイツ一人。そしてコイツはブラックスターの下っ端なんだ」


 グッと親指を立てる警備員と警備員の下っ端。


「警備員の副業に下っ端って流行ってんの? それよか、俺は此処で張り込んでおくから、お前は今まで通り他の下っ端を率いて園内の探索に行け」

「了解でさぁ」


 警備員組を行かせ、真は続々とテーマパークに入っていく下っ端たちを見送る。


「さて、ここでアイツを足止めすればいいんだよな」

『そうっす。もうすぐ正義の味方さんが――っと、早速来たみたいっすよ』



 トッ、トッ――と跳躍するような音が聞こえてきた。


 見上げると、ビルからビルへと飛び移っている人影が見える。そして一声と共に、影は降り立った。



「美しき白き牙、ホワイトファング。見参!」


『自分で美しいって言って恥ずかしくないんすかね』

「羞恥心が無いのはお前もだろうが……もう切るぞ」


 通信機を切り、やってきたヒーローの元へ近づいて行く。


「ずいぶん早いご到着だな」

「――ッ、アナタはこの前の! ……ふんっ、絶対正義にブラックスターが近づくと分かる仕組みになってるのよ」


 真を目視したホワイトファングは即座に警戒態勢をとり、構えた。


「そう怖がるなよ。見ての通り、俺一人しか居ないんだぜ?」

「だからよ!」


 いやらしくニタニタと嗤う真。ホワイトファングは更に警戒度を上げたようだ。


「安心しろ。前回と同じく、サシでバトルだ。まぁ、俺一人で事足りるってことだよな」

「……舐めてくれるわねッ!」


 挑発に釣られ、ホワイトファングは踏み込むように接近してくる。一秒かからず真の懐に潜りこみ、拳を上に突き上げるような動作を取っていた。


 しかし真はその動きを既に読んでおり、嗤いながら彼女と目線を合わせていた。


 結果、ホワイトファングの突き上げは首を捻るだけで躱し、前蹴りで真っ白な鎧を飛ばした。


「俺は悪の幹部だからよぉ。中身が女性って分かっても手加減しないんだ、すまんな」


「う、ぐぅ。外道め……」『外道っすね』


 敵に同調した味方イオにムカつきながらも、ゆっくりと距離を詰める。

 地面に着地したホワイトファングはすぐに体勢を立て直し、息を整えた。


「前は必殺技を出し惜しんだけれど――喰らいなさい!」

「お、来るか」


 立ち止まり、目を細めた真。


 変身武装には一つ、必殺兵装――所謂いわゆる、必殺技が搭載されている。体力をかなり消耗するが、高い威力を出せる。また、広範囲に及ぶ攻撃が可能になるのだ。


 自分のおさがりならアレをやってくるか、と必殺兵装の動きを熟知している真はホワイトファングへ背を向けて走った。


 逃げる真を目で追いながら、ホワイトファングは大きく腕を広げた。すると、腕に光の粒子が纏い、翼のように攻撃のリーチが大きく伸びた。


「逃がさないわよッ、白き牙で噛み砕く! ――ファングブレイク!」


 抱擁するように腕を閉じたホワイトファング。

 牙で噛むというより、クワガタのハサミのような攻撃が迫る。


 瞬間、真は強く踏ん張って前方へ宙返りをした。逆さまになった頭スレスレに光の牙が掠る。


「っと。この辺ならソレは届かねぇ。かといって近づいて来たら、また俺にボコされるだけ。……さて、どうするヒーロー?」


 仮面で見えないが、ホワイトファングの立ち住まいから動揺しているのが分かる。


「どう、して。今まで避けられた事なんて無かったのに……それに、攻撃範囲まで」

「俺は幹部だぞ。下っ端と同じにしてくれるなよ。ま、タネ明かしするとな。お前の戦闘データは保存されてるから、それを見て研究、対策しただけの事だよ」


 正体がバレないように嘘を並べ立てる真。だが、ホワイトファングはそれを真実と受け入れたようだ。


「くっ、確かにそれなら……はッ!? まさか、今まで一方的にやられていたのは、私の戦闘データを採るためにわざと……。そう、分かった。もうアナタ達ブラックスターを侮らないわ。本気で潰す」

「お、おう」


 上手くいきすぎて勘違いしているホワイトファング。ヒーローらしい純粋さに、真は少し引き気味だった。


「おいおい。本気っていってもよー、お前じゃ俺に勝てないと思うぜ?」

「なんですってッ!?」


 その言葉に憤慨し、突撃してくるような雰囲気を出したホワイトファング。

 攻めてくるか、と構える。しかし、彼女は来なかった。


 体の力を抜いて隙だらけになったと思ったら、突然夜空を見上げていた。


「……はぁ。えぇ、そうね。今の私じゃアナタに勝てない」

「あん? どうしたヒーロー、もう諦めるのか? こうしてる間にも絶対正義は――」


 真の言葉を遮るようにホワイトファングは話し出す。


「前にアナタは『誰かを助ける』ことに対して疑似的な事を言っていたわね」


 ホワイトファングは見上げたまま動かない。

 そして真も動かない。


 ――否、動けなかった。


 己に突然降りかかった威圧で一歩たりとも足を動かせなかったのだ。


「確かに。助けられたからと言って、私が困っている時にその助けた人が手を貸してるくれるとは限らないし、アナタの言った通り『助けられる事が当たり前』と思っている人の方が多い。これは悔しいけれど事実。でもね、私は別に期待してないの。単純に誰かを助けるのが好きでやってるだけ。見返りなんて求めないわ」


 ホワイトファングはようやく真と目を合わせた。


「だって。こうして本当に困っている時、助けてくれるヒーローが居るんだもの。これ以上の期待はバチがあたりそうだわ」


 重圧が強くなり、もはや立っているだけでも苦しい。これはホワイトファングのモノじゃないと、真は気付いている。


 歯を食いしばり、叫んだ。



「――ッ、いるんだろッ! デュラ!」

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