一旦家に戻ってから、再度研究室まで続く廊下を歩いていると前から人影が現れる。


「おや、犬崎くん」

「……どうも」


 組織のボスであるレーヴァンが普通に基地内を歩いている事に驚きながらも、失礼がないよう頭を下げる。


「入ったばかりだというのに、目覚ましい活躍だね。喜ばしいことだ……それに、娘ともずいぶん仲が良いらしいね。さっき顔を出してきたんだが、君を褒める内容ばかりだったよ」

「あー、えっと。別にそこまで仲は」


 肯定も否定も出来ず困っていると、レーヴァンは真が手に持っているバスケットを見た。


「ふむ。夕飯かい? それなら食堂を使えばいいのに」

「食堂なんてあったのかよ……。はぁ、無駄骨だったか?」


 小さく愚痴る真。レーヴァンは少し首を捻っていたが、やがて合点がいったように頷いた。


「わざわざ娘のために悪いね」

「……いえ、別に」

「ボクとしても困っていたんだ。まったく、研究に没頭していたら寝食を忘れるなんて、一体誰に似たんだか。……それじゃ娘の事、よろしく頼むよ」


 やれやれ、と肩を竦めるレーヴァン。そしてすれ違い様に真の肩をぽんと叩き、去っていった。

 妙な事を言われたと眉を顰め、研究室へ入る。


「おい、まだ作業してんのか」

「ふんふー、ん? あれ、まだ残ってたんすか。いつまでもここに居ないでご飯でも食べてきたらどうです? この基地、食堂とかあって変に充実してますし。まぁアタシは面倒なんで使わないっすけど」

「さっきから三十分以上は経ってるし、食堂の件は早く言って欲しかった。じゃなくて、ほら。少し休憩してコレ食えよ」


 テーブルの上に散らばっているガラクタを無雑作にどかし、バスケットを載せる。


「ちょっとー、ガラクタみたいに扱わないでくださいよー。確かに失敗作っすけど、なにかの材料になるんすから」

「俺にはガラクタにしか見えないっつの。そんなことよりほら、はよ座れ」

「手を止めてる暇なんて無いっすー、それに食べるの面倒っすよ」

「そう言うと思って、片手で掴んで食えるもん作ってきたから」


 しぶしぶという表情でバスケットを空けるイオ。すると、呆けるように口をあけた。


「……サンドイッチっすか」

「おにぎりでも良かったんだが、俺はパンの気分だったからな」


 サンドイッチをジッと見つめるイオ。


「ま、せっかく作ってくれたんならいただくっす」


 先程とは違って、素直に座って食べ始めた。


「ん、んぐ、んむ」


 一つ。また一つ。ハムスターのように口をパンパンに膨らませ頬張るイオ。そんな彼女に苦笑し、お茶を差し出す。


 すると丁度よく喉に詰まらせたようで、イオは一気に飲み干して一息ついた。


「どうだ?」


 味の感想を求めると、イオはまだ残っているサンドイッチを見ながら答える。


「手料理なんて凄く久しぶりっす。それも、サンドイッチなんて……」


 心なしか遠い目をしていたイオだが、真の方を向いて微笑んだ。


「味はぶっちゃけ普通っすけど。アタシは好きっす、美味しいっすよ!」


 そして五分もしないうちに食べ終わり、イオは勢いよく立ち上がり頭を下げた。


「ごちそうさまでした! 犬崎さんのサンドイッチ、めっちゃ元気でたっす。おかげさまで研究作業が捗りそうっすよ!」


 彼女は作業に戻ろうとするが、思いついたような顔をして振りむいた。


「良かったらまた料理作ってくださいっす。できればサンドイッチを」

「考えとく。つか何? 気に入ったの?」


 そう答えると、イオは口角を上げた。


「知らなかったんすか? サンドイッチはアタシの大好物っすよ。いやー、胃袋を掴まれるとはまさにこの事っすねー」

「作ってやってもいいが、お前自身ちゃんとした食事をとれよ」

「えー、それは犬崎さん担当っすよー」

「俺は執事でも専属料理人でもねぇ」


 もう用事は済んだため、ごねる彼女に構わず研究室を出て、作戦開始時間まで何をして暇を潰そうかと考える。


 すると、腹の音が鳴った。落ち着かせるように腹を撫でる。


「……全部食われたんだった」


 バスケットの中身は空。真の分も入っていたが、美味しそうに食べるイオを眺めるだけになってしまった。

 怒りなどは無く、全部食べてもらえてよかったという嬉しさが勝っていた。


「食堂あるんだっけな。そしたらまずは腹ごしらえ。その後は、他にどんな施設があるのか基地を探検するか」

 軽くなったバスケットを揺らし、鼻歌交じりに歩く真。その顔は優しく微笑んでおり、自分がそんな表情をしているとは気付いていない。


 そして、誰かのために料理を作る。というのは、彼自身が嫌っていた『善意の助け』だったが、それについても気付く様子はない。


 胸の内に広がっている感情は、ただただ、温かいもの。


「ま、偶には悪くない」


 犬崎真は悪の下っ端から、悪の幹部へと昇進。

 傍から見れば、順調に悪の道を突き進んでいるだろう。


 しかし、胸の内に秘めている『ヒーローの心』は、まだ微かに残っていた。

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