今日は一段と疲れる日だった。真は重くこった肩を鳴らしながら帰る支度をする。


 隣席であるクリスの周りにはまだ生徒が何人か居て、彼女と会話している。そんな中、扉の方からざわめきが広がってきた。


「お、おい。なんであの子がここに?」

「さぁ? もしかして告白の呼び出しとか?」


 真も気になり目線を向けると、女子生徒が誰かを探しているようにキョロキョロしていた。


 同学年では見たことない生徒。首元にあるリボンの色を確認すると、一個下の後輩を表している。


 クリスとは別系統の美少女であり、小悪魔チックな可愛さを感じさせる女の子。


 真は自分と関わりの無い奴だと思い、騒がれている扉とは反対の方から出ていこうと立ち上がる。すると、後輩の少女がこちらを向いた。



「……あ、犬崎先輩みっけ」


 教室中の視線が一点に集中する。


「んもう、アタシを待たせるなんて罪な男っすねー」


 真がいまどんな状態にいるのか分かっているようで、にまにまと嗤いながら後輩の少女は近づいてくる。


「まぁ? アタシの下着姿やシャワー上がりの湯気立ったほかほかの裸体を――」


 最後まで言わせないよう、後輩の腕を掴んで教室から出て行く真。向かった先は、体育館裏の倉庫。


「お、おまっ、おまえ、なんのつもりだっ」

「なんのって、迎えに来ただけっすよ」

「そうじゃない! いやそれもあるけどっ、教室のど真ん中であんなでたらめを」

「事実じゃないっすか」


 何も言えなかった。なので真は口を噤んで睨むしかない。


「はぁ……。迎えにくるなんて言われてないはずだぞ、イオ」

「直接連絡するって言ったはずっすよ?」


 確かにそう言われたが、通信機を渡されているので普通はそっちと考える。


「まぁ、それはいい。しっかしよぉ。お前、ここの生徒だったのか。あと、お洒落とかそういうの興味無いとか言ってたろ?」

「忙しくてあんま来ないっすけどね。ってか身嗜みを整えるくらいは最低限のマナーじゃないすか」

「それはそうだが、お前に言われるとなんだかイラッとくるな」


 改めてイオを眺める。


 ボサボサだった髪は綺麗に梳かされ、つやつやと煌めいている。隈もうっすらと化粧しているのか隠れて目立っていない。


 頭に載せている大きなメガネが良いアクセントを出しており、どこからどう見ても読者モデルを務めているような美少女だった。


「なんすかジッと見つめて。目線がいやらしいっすよ、犬崎せ、ん、ぱ、い」

「むかつく後輩だな」


 そこで真はハッとした。


 以前、レーヴァンとの会話で学校の地下に基地を建てた理由を聞いたのを思い出す。なにやらここの地下は好都合と言っていたが、まさかと思いイオに聞いてみる。


「お前、その綺麗な身なりになる時どれくらい時間かけてるんだ?」

「そういうの女の子に聞くのはモテないっすよ。まぁ良いっすけど。かなりめんどくさい作業なんで一、二時間くらい? でも遅刻してないっすから。なんてったって真下に住んでますし」

「学校の地下にブラックスターの基地があるのは……?」


「あぁ、パパにお願いしたんすよ。研究とかで忙しいとはいえアタシはまだ学生。けど登校は面倒くさいし、遅刻の常習犯になると教師に目を付けられて無駄な時間が起きるし行動も制限される。その時アタシは閃いたっす、学校の地下に住めば、登校の煩わしさも遅刻の心配もないってね!」

「バカなのか天才なのか分からん」


 そしてレーヴァンがかなりの子煩悩、親バカだと理解した。


「天才っす! まーまー、犬崎さんも嬉しいくせにー。学校にくればアタシと絶対会えるんすよ? こんな可愛いアタシに」

「うれしかねぇ」


 これ以上からかわれるのは精神が持たない。


 なのでいい加減どんな用事、もとい厄介ごとを持ってきたのか聞こうと口を開いた時――


「犬崎くーん?」


「げっ、猫宮? なんで追ってきたんだ」

「猫宮? あぁ、今日転校生してきた人っすか。んじゃまぁ、パパッと基地に戻りましょ」


 足音がどんどん近づいてくる。真とイオは見つからないよう、倉庫の中に入りブラックスターの基地へ入っていった。


 先へ進みながら、隣のイオは呼び出しに来た用事を言う。


「犬崎さん、今夜も任務っすよ」

「げぇっ、昨日やったばっかだろうが」

「何言ってるんすか。戦いは大詰め、休んでる暇は無いんすよ。あと、出撃すれば日当出るんだからいいじゃないっすか」

「昨日の分で二週間は安心して暮らせるからなぁ。別に頑張ろうなんて気は起きない」

「そうそう、幹部になったので幹部手当が上乗せされますよ。具体的には二倍になるっす」

「それを早く言えよ。あの真っ白ヒーローを速攻でボコってくるわ」

「うーん。そういうところは悪の組織にピッタリな精神してるっす」


 そう会話している内に研究室へ辿り着き、真は「ノヴァライズ」と呟いて黒タイツ(犬耳付き)に変身した。


「何度見ても喜色悪いっすね」

「お前が造ったんだろ!」


 吠える真を無視した彼女はタブレットを取りだした。


「今回の現場はここっす」


 タブレットを覗き込むと、この付近から少し離れた所にあるモノクロテーマパークの地図が表示されていた。

 イオは地図を拡大しながら説明する。


「この施設から絶対正義ジヤツジメントの反応があったので、閉園後に攻め込むっす」

「珍しく人が居ない時に活動するのな」


 人に迷惑をかけるブラックスターらしくないと思いながら口に出すと、イオは頷いた。


「細かい場所は分からないので、犬崎さん以外の下っ端たちは探索部隊として動かすんすよ。その際に利用客がいたら邪魔なんで」

「――待て。俺以外?」

「はいっす。今回の作戦は、犬崎さん一人でホワイトファングの足止め。という内容っすね」

「…………まぁ、いいか」


 初日も単独で動いたし、下っ端がいても壁として機能しない。厳しい事を言うが、戦力外だろう。


「じゃあそういう事なんで。開始時刻まで基地で待機しといてくださいっす」

「開始まで待機って、まだ数時間以上あるぞ。飯とかどうすんだよ」

「適当にカロリーメイトでも囓ってればいいじゃないっすか。あ、アタシの部屋にも貯蔵してあるんでどうぞお好きな味を持って行ってください」


 イオが指さした場所には段ボールが積み重なっており、中には全種類のカロリーメイトが入っていた。


「……お前、いつもこれで済ましてるの?」

「はい。片手で食べられるし、栄養とれるし、すぐ食べ終えられるし。まさに万能栄養食材っすよね!」


 確かにここ最近の昼食は同じくカロリーメイトで済ませているが、さすがの真でも朝と晩は自炊して健康的(質素)な食事をしている。


 真は眉間を揉みながら「どうしたものか」と考える。今晩は戦いに備えるため、ガッツリとした料理を食べたい気分なのだ。


「なぁ、別に外出していいんだよな?」

「作戦時間までに戻ってくるならどうぞお好きにー」


 彼女は怪しげに光る機械を鼻歌交じりに操作してそう答えた。


 許可を得たのでブラックスターの基地から出て、毎日食材を買っているスーパーに向かった真。


 店内で流れる安っぽい音楽に耳を傾けながらカゴに食材を放り込んでいく。


「どうせ手の込んだものは食わんだろうし、サクッといけるもんにするか」


 カロリーメイトを愛食しているイオのことだ、箸やスプーンなどを使う料理などはきっとめんどくさがって食べない。


 食パン、ツナ缶、トマト、レタス、チーズ。他にも色々と物色し、レジにて買い物を済ませる。


「五千円お預かりします。ポイントカードはお持ちでしょう、かっ――!?」

「あぁすいません、持ってま……す」


 出し忘れたカードを見せ、店員の顔を伺う。真と店員の目が合うと、互いに驚いた。


「え、犬崎くん?」

「猫宮? ここでバイトしてるのか」

「えぇ。家から近いし、時給も良いしね。犬崎くんこそ、このお店いつも使ってるの?」

「おう。俺も家から近いんだ」


 クラスメイトがバイトしてると少し気まずいものを感じるが、ここ以外に安く済ませられる店はないので利用を止めようとは考えなかった。


「あっ、それよりも! さっきはどうしたの? 少し心配したんだから」

「え?」


 彼女がいうさっきとは、恐らくイオが教室に現れた出来事だろう。心配されるのは意外だし、される要素も無かったはずだと真は首を捻った。


「犬崎くんの事だから、あの可愛い子に何か卑猥な事をしてるのかと思って」

「そっちかよ」


 クリスに不良認定されているのを思い出し、そりゃそうなるかと苦笑いを浮かべる。


「別に何もしちゃいないって。というか俺がされてるというか、からかわれているっていうか」


 ブツブツと独り言を溢し、暗くなる真に対しクリスはキョトンとしながら聞いてきた。


「もしかして恋人同士だったり?」

「ありえねぇ」

「そ、そう。あ、レジ混みそうだわ。それじゃ、また明日ね」


 苦い顔で即座に否定した真。

 それにクリスは少し引き気味に対応し、精算を済ませた真へ手を振って見送った。

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