Ⅱ
転校生が来た時の定番イベントはやはり質問タイムだろう。
何処から来たのか、好きなものは何か、彼氏はいるのかなど。授業の合間にある短い休み時間はクリスのために配慮してるようで大人しかった。しかし次の授業終了のチャイムが鳴れば昼休みが訪れる。
真はカバンからカロリーメイトを取りだし、制服の内ポケットに入れた。
「であるからして……はい、じゃあ今日はここまで」
チャイムが鳴り、教師が教室から出て行った。そして真もすかさず席を立つ。
「あれ、犬崎くんどこに……え、えッ!?」
授業が終わった途端に立ち上がった真が気になったのか、声を掛けたクリス。だがすぐにクラスメイトに囲まれてしまった。
「猫宮さん! 聞きたい事があるんだけどさ」
「く、クリスちゃんて呼んでも良いかなッ」
「あの、そんな急にいっぱい聞かれてもーっ」
教室を出る際、ちらりとクリスの様子を覗うと、困惑して真の方へ救助要請の視線を飛ばしていた。しかし当然ながら、そこで助けるとロクな事にならないと分かっているので、真はクリスを捨て去った。
少しの罪悪感はあったが、仕方ない事だと思い階段を登る。
着いた場所は屋上。立ち入り禁止を表すように虎柄のロープが引っ張ってあるが、慣れたように潜り抜けて行く。
今日は快晴のようでなによりだ、と屋上の真ん中にある長方形のモニュメントに背中を預けて座った。自分の身長より少し高いコレは日差しを遮るのに適しているのだ。
「んー、毎日こうもパサパサの飯は飽きるなぁ。つっても弁当作る余裕ねぇし、仕方ないか」
空を仰ぎ見ながらボリボリとカロリーメイトを囓る。
「お、この新発売のチーズ味うまいな――ん?」
一個食べ終わったところで、誰かが階段を登ってここまで来る音を聞き取った。
「教師か? 面倒くさいな……ちょっと隠れ――」
物陰に隠れて過ごそうとしたが、その前に扉が勢いよく開いた。
「みつけた!」
その顔を確認した真はゲンナリしたような表情に変わった。
「えっと……何か用か? 猫宮」
教師じゃなく生徒だと分かり安堵したが、どちらにしても面倒くさい事になりそうだった。
「さっき助けてくれてもよかったじゃないの! あと、ここ立ち入り禁止って書いてあったわよ。犬崎くん、あなたもしかして不良なの?」
腕を組んで真を睨むクリス。どうやら彼女は見た目と相違ない真面目な性格のようで、ヒーロー然としている。
「ハッキリ『助けて』なんて言われてないし、ここは別にバレなきゃいい。あと俺は不良じゃない」
ひらひらと片手を振りながら否定するが、クリスは納得せずムッとしている。
「立ち入り禁止の場所に入ってる時点で不良よっ。あとシャツ出てる、ボタンも閉めなさい! だらしないわよ」
「めんどくさ」
思わず出てしまった言葉だが、本心だった。そんな事を言われたクリスはワナワナと震え、怒りで顔を真っ赤にした。
「な、め、めんどくさいってッ――犬崎くん、いいこと? 服装の乱れは心の乱れであって」
人差し指を立てクドクドと説教を始めたクリス。内心で「コイツとは気が合わない」と疲れたように息をついて寝転んだ。
まだ何か言ってるクリスを無視した真は、新しい袋を空けて二つ目を囓る。それでもクリスは気付かず説教したまま五分が経った。
と、そこで強い風が突如発生し、クリスはスカートを抑えた。
「もう、えっちな風。……ということだから、服装や態度はキチッと――きゃっ」
追い風に吹かれ、再びスカートを抑えるクリス。だが、
「……あ、私のスカーフが」
慌てたクリスの声に顔を上げると、束ねられていた髪が解けて強く靡いていた。そして彼女の目線を追うと、赤いスカーフが風で飛ばされ舞っていた。
このまま放っといても良かったが、さっき見捨てたお詫びと考えて、スカーフを悪戯な風から取り返そうと真は屋上のフェンスに足を掛けた。
そのまま跳躍し、スカーフを掴むとクリスから離れたところで着地する。
「よっ、と。ほら」
少し付いていた砂埃を払って差し出すと、クリスはポカンと口を開けながらも礼を言う。
「あ、ありがとう。犬崎くんって、体操とかやってたの? 凄い動き……」
「やってないし、別に普通だと思うけど」
「それにしてはジャンプとか、動きが綺麗だったような」
「気のせいだって」
どうでもよさげに否定し、再び定位置にもどり座った。
「本当にありがとう。これ、大切なものだから」
「ふぅん」
興味を示さない真に、クリスは呆れたように「もう」と言うが、すぐさま「待ってて」と屋上から消えた。そして五分もしないうちに戻り、新品のペットボトルを差し出してくる。
「これ、お礼」
「気にするなよ。さっきのは見捨てた代わりに取ってやっただけだし」
「やっぱり見捨てたんじゃない! まぁいいわ、そんなパサパサしたモノ食べてたら飲み物欲しくなるでしょ」
そんな事ない、と真は言いかけるが、さっそく喉に詰まらせて目を見開いた。
「ほらみなさい」
「ん、んぐっ。ふぅ、助かった」
受け取った飲み物を一気飲みして礼を言うと、クリスは隣に座ってきた。
「このスカーフね、恩人の忘れ物なの」
「恩人?」
髪型をまとめ戻したクリスは、スカーフを撫でながらそう言った。
「えぇ。犬崎くんって、ヒーローに助けられたことある?」
「……ないな」
「そうなの?」
だって助ける側だったから、なんて事は言えず頷く。
「私ね、ヒーローに助けられたの」
「ふぅん。ヒーローってあれか、ホワイトファングってやつか」
あの白い仮面のヒーローを想像しながら言うと、クリスは首を振った。
「助けられたのは数年前。ホワイトファングがまだ居ない時期よ」
そんな時期に活動していたヒーローは二人。一人は前線から身を退いた司令官なので、クリスを助けたというヒーローは決定的だった。
「少し前まで活動していたのに、急に消えてしまったヒーローよ。――シルバーファングって知ってる?」
「あー、うん。なんか時々街中で見たなー、うん。ちょっと荒っぽい戦い方するやつだろ」
それは自分だ、とはもちろん言えなかった。
「そうっ、とってもワイルドで私の憧れなのよ!」
「ワイルドォ……? 憧れぇ……?」
背中がむず痒くなったような気分になり、口元を歪ませて指をもぞもぞさせる真。
「ブラックスターとの戦いに巻き込まれた事があってね。そのとき助けてもらったの」
「へぇ」
いつの頃だろうか、と少し気になった真は過去の記憶を引っ張り出しながら聞いてみる。
「あれはちょうど、三年前のクリスマス。私を拾ってくれた親代わりの人にプレゼントを渡そうと街を歩いていた時だったわ。突然ブラックスターが現れて、暴れ出したの」
「クリスマス……街で暴れる…………あ――」
思い出したような声を上げた真に気付かす、クリスは語り続ける。
「大勢の人と一緒に避難していた私だったけれど、後ろから押されて転んじゃったの。蹲る私を助けてくれる人は居なかった。みんな逃げるのに必死だったから、仕方ないわ。でもそんな時、シルバーファングは手を差し伸べてくれた! 転んだ私に優しく「大丈夫?」と声を掛けて、怪我した膝の部分にこのスカーフを巻いてくれたのよ……それから私はあのヒーローを目標にし、今日まで生きてきた。だから、私は――」
クリスが思い詰めるように口を結んだ。そんな彼女に対し、真は冷や汗を流して震えていた。
(言えない。街の人達が慌てて避難していた原因は俺だったなんて言えない!)
あの時の真は、イラついていた。自分はこうしてせこせこ働いているのに、どこもかしこもクリスマスを楽しくイチャついて過ごすリア充だらけ。
真は、こんな日に現れたブラックスターと、全ての人類に対して呪いの感情をまき散らしながら戦っていた。
被害を顧みないその戦いは人々を巻き込んだので、慌てて避難をしていたという事だ。
ようやく我に返った真は近くで座り込んでいる同世代くらいの少女に気付いて声を掛けた。今日くらい良いことがあってもいいだろう、あわよくば、という邪な感情も多少乗っていた。
だがその少女は顔を赤くしたと思ったらすぐ走り去っていったのだ。
件の少女がまさかクリスだったなんて。
お前が憧れ、目標にしているヒーローはロクでもない、なんて言うと激昂すること必至。
冷や汗を流す真はやんわりと笑顔を浮かべて――
「そっかぁ。シルバーファングって凄いんだな!」
「えぇそうよ! 分かってるじゃない!」
クリスにだけは絶対バレないようにしよう、と真は心の中で誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます