3章

 犬崎真は元ヒーローであり、現在は悪の下っ端として生活している。

 他の下っ端の中にも、午前は警備員として真面目に働いてる者が居るように、誰もがいくつもの仮面を持っているものだ。


 それは、真も例外ではない。


「おっすー」

「おはよー。ね、昨日のニュース見た? やばくね?」


 喧騒に包まれている廊下を歩き、制服姿で話している生徒たちの間をすり抜けていく。


 2年A組とある教室に入り、窓際の一番後ろへ移動。自分の席に座った真は今日の時間割を思い出し、必要な教材をカバンから取りだして机に入れていく。


 それが終わると、頬杖をついて外をボンヤリ眺めはじめた。

 この白黒モノクロ高等学校に入学した時はヒーローとして忙しく活動していたので、こうしてボーッとしている真に話し掛けてくるような親しい友人もクラスメイトもいなかった。


 真としては、別に虐められても遠ざけられてもいない、クラスにいる大人しいやつ、という評価のため気にしていないが。


 ホームルーム開始まであと数分。することがなく暇なので、席が近いクラスメイトの世間話に耳を傾けてみる。


「そういや、さっき職員室に用があって行ったんだけどさ。見慣れない美人が居た」

「見慣れないって、転校生か?」

「多分。うちの担任と話してたし、このクラスになるんじゃないか」

「まじかよ。バイブス上がってきたわ」


 転校生、と聞いても興味が湧かなかった真はうつ伏せになって仮眠を取ろうとした。が、そのタイミングで担任がやってきてしまう。


「おう、お前ら静かにしろー。今日からこのクラスに生徒が増えます。男子は咽び喜び、女子は仲良くしなさいよ。じゃ、入ってきて」


 三十代後半くらいのくたびれた女性教師が扉の向こう、廊下に立っているであろう転校生に入室を促した。


 がらりと控えめな動作で扉が開き、転校生――女子生徒が入ってきた。


「はじめまして。猫宮クリス、って言います」


 そう名乗った女の子、クリスはとんでもない美人だった。


 腰に届く綺麗な金色の髪は一房にまとめられており、真面目な印象を抱かせる。しかし、胸部は真面目じゃないどころか不良も恐れる暴力性を秘めていた。


 おまけにスラリとした体型。クリスの第一印象を一言で表すなら、パリコレモデルの転校生だろう。


 教室に戸惑いとざわめきが広がり、男子は真を除いて鼻の下を伸ばしている。


「早く馴染めたら良いな、って思います。よろしく、ね?」


 緊張しているのか、笑顔はどこか硬くぎこちなかった。

 その仕草はドストライクだったようで、クラスの皆は歓迎ムードで声を掛けていく。特に男子。


 転校生が馴染めない、という心配はいらないようだ。真も合わせて歓迎の拍手をしていると、ふと隣の席に目を向けた。


(あれ? そういえば隣の席って長いあいだ空席だったよな)


 何かマズい予感がし、手が止まった。同時に教師と目が合う。


「おー、受け入れられているようでなによりだ。じゃあ猫宮の席は――あぁ、犬崎の隣がずっと空いていたな。そこで」


 瞬間、真の身に数多の視線が突き刺さる。男子は殺気のスパイスを乗せていた。


 今まで目立ってこなかった真が初めて目立った瞬間。だが決して嬉しくはない。

 こちらにやってくるクリスがにこりと微笑んできた。


「えっと、犬崎くん? よろしくね」

「……おう」


 ぶっきらぼうな一言しか返せなかった。何故ならそれ以上喋ると、嫉妬のオーラで潰されそうだったから。


 しかし淡々とした返事にクリスはしゅん……と少し残念そうな表情になったので、どっちにしても突き刺さる視線は強くなってしまった。


 担任が「じゃ、授業を始めます」と言った所でクラスメイトの意識が逸れた。


 しかし――


「あ、ごめん犬崎くん。私、まだ教科書とか持ってないから見せてもらえないかな」

「……はい」


 どうやら、暫くは溜め息が続く日々になりそうだ。真はそう思いながら、机をくっつけて教科書を広げた。


 クリスと物理的に距離が近づき、ふんわりいい香りが漂ってくる。


 真は意識が逸れないよう、必死に授業に食らいつくのだった。

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