輝かしい勝利を収めたブラックスターは、新人歓迎会と共に祝勝会を開いていた。


 もちろん主役は新人であり、勝利のきっかけになった真である。簡素なブリーフィングルームは紙で作った飾りで彩られ、急遽設置された長机には豪華な料理が並べられていた。


 主役扱いに困った真は端っこでひっそりとジュースを飲んでいたが、酒を飲んでいた警備員の下っ端が顔を赤くして肩を組んでくる。


「いょー新入り。初日から大活躍とはおそれいるぜー。もしかしたら、俺よりも立場が上になるかもなぁー」

「くっさ。ちょ、酒くさいから離れてくさッ!」


 酔っ払いの黒タイツが執拗に絡んでくるので困っていると、付けたままにしていた通信機からイオの声が聞こえてくる。


『あ、犬崎さん。パパが『犬崎くんを昇進させよう!』とか言っていたんで、専用武装を作っておきましたっす。つーわけで来て下さいっすー』


 まさか酔っ払いの戯れ言が真実になるとは。とりあえず酒臭い息を吹きかけてきた黒タイツをビンタで引き剥がし、ブリーフィングルームから出る。


 研究室を前にした真は扉に手を掛けるが、ピタリと止まった。


「っと、あぶないあぶない。気をつけないとまた変なこと言われちまう」


 反省し、今度はキチンとノックをする。


『どうぞっすー』


 よし、これで変態扱いはされない。真は安堵し、中に入った。


「専用武装っていったい……あれ、イオ?」


 出撃前に訪れた時と同じ散らかりようのままだが、肝心のイオが居なかった。なら今聞こえたイオの声は何処から、と辺りを見回す。


 床には造りかけの謎の機械。ベッドの上にはカラフルな布があり、真は咄嗟に目を逸らした。

 すると部屋の奥、右角の先から微かに音が聞こえた。


「イオ? そこにいるのか?」


 人を呼びつけておいて何をしているのかと憤慨しながら進む。が、正体は水が流れる音だと気付いた。嫌な予感がし、足を止める。


『今シャワー中なんで、適当に座って待っててくださいっすー』

「なら終わってから呼べよッ」

『いやー昨日からシャワーを浴びてないせいで我慢出来なかったんすよー』


 本当に何を考えているのか、と肩をいからせながら戻り、部屋の隅にあった古い木の椅子に座る。


「アイツに羞恥心は無いのかよ……ん?」


 背もたれに体重を預けぐったりしていると、近くに写真立てがあるのに気付いた。

 興味は無かったが、映っている小さい女の子にイオの面影を感じる。ほんの少し気になった真は手に取って確認してみる。


(真ん中の小さい子は多分イオ、だよな。隣に立ってるのはレーヴァンか……今と違って若々しいな。ま、そりゃ当然か。とすると、反対側にいるのが母親か? メッチャ美人だな。なんつーか、イオを清潔にした感じの美人――)


 心の中で感想を述べていると、微かに聞こえていたシャワー音が止み、ガチャリとドアが開いた気配がした。


 慌てて写真立てを元に戻し、よくも待たせてくれたなと言う風に足を組んで構える。


「スッキリしたっすー」

「……なんでバスタオル一枚なんだよッ! 着替えてから出ろよッ、この露出狂!」

「えー、だって下着とかこっちなんすもん」


 真は手で自身の顔を覆い隠し、叫ぶ。


 ごそっ、ぱさっ、ぱさり。と、よりによってこの場で着替えているらしいイオ。不可抗力ではあるが、脳内でボンヤリとその姿を再生――、しそうになり、妄想を消し去るように頭を振って文句を垂れる。


「だいたい、なんで研究室にシャワーなりベッドがあるんだよ」

「さっきも言ったっすけど、この研究室はアタシの部屋でもあるんすよ。研究に没頭してると、わざわざ部屋に戻るのも面倒なんで。いつでも仮眠とかシャワーを浴びれるように設置したっす」

「女の子がそれでいいのかよ」


 一般的な女子生活とかけ離れているような感じがしたので、心配を込めて言った。


「……ま、アタシは美容とかお洒落とかどうでもいいんすよ。そんな事よりも、やらなきゃいけない大事なことがあるんす」

「それってどんな」

「お待たせっすー! ささ、見せたいもんがあるのでどうぞコチラに」


 少し声のトーンが下がったイオに対し質問をしようとしたが、遮るように腕を引っ張られて立ち上がる。


「今回、犬崎さん用にコレを造りました。幹部用の装備っすよー」

「まてまて。幹部ってなんだ」

「そのままの意味ッすけど」


 昇進と聞いていたが、幹部とは何事だ。せいぜい、警備員の下っ端と同じくらいの立ち位置になると思っていた。


「いや、ほら。額に星を付けている下っ端の先輩がいるじゃん。その人は幹部にしないのか? というかこの組織に幹部なんて居たことあるのかよ」


 数年間このブラックスターと戦っていたが、記憶している限り黒タイツの集団しかいなかった。まさか存在を隠していたのか? と口元を引きつらせる真。


「あー、あの警備員やってる人っすか。戦闘力を考えたらナイっすね。犬崎さんの強さを百としたら、全ての下っ端はせいぜい十しかないっすから。そんで過去に幹部なんて存在してなかったっすよ」


 言外に弱いという意味が込められているようで、警備員の彼に同情を禁じ得ない真。


 いやそれよりも――


「いない?」

「はいっす。犬崎さんが初の幹部っすねー。おめでとさんっす」

「いやいやいや。今日が初出勤だよ?」

「初日から大出世っすね」


 へらへらと笑うイオ。決して嬉しくない真は頭を抱えるしかなかった。


「まー、幹部に見合う強さを見せてくれましたし、ホワイトスターとの決戦が近い今、旗となる人が欲しかったんす。タイミングが良いってやつっすね」

「旗ならレーヴ――ボスがいるだろ」

「パパは表に出ないっすから。ほらほら、もう諦めて幹部になるっすよ。装備も名前も準備したんすから」

「装備はともかく名前はいらない」


 ゲンナリとした様子をみせる真を置いて、イオは機械の山から何かを取り出した。


「ぴしゃーん、てれれってれー、対ヒーロー迎撃変身武装~」

「なんでダミ声で言うんだ?」


 イオが見せびらかしてきたのは、黒い首輪だった。しかし、これをバカには出来ない。


「おや? てっきり首輪に対して突っ込んでくるかと」

「……まぁ、ホワイトファングが身に付けていた首輪型の変身武装と似てるし」


 そう、真が以前まで使っていた変身武装とそっくりだったのだ。

 見た目の違いは、黒か白かだけ。


「その通りっす! これはあのホワイトファングが使用している武装、勝手ながらアタシがファングシリーズと仮称している変身武装の謂わば上位互換。スペックは約二倍の違いがあるっすよ」


 黒い変身武装を受け取ると、興奮気味のイオが期待したような目を向けてくる。


「どうやって使うんだ?」

「首に付けたら『ノヴァライズ!』と叫んでくださいっす」

「……それ、言わなきゃダメか?」

「音声認識なんで」


 無詠唱のスイッチ式であるファングシリーズと違って、こちらは余計な機能が付いているようだ。

 多少の恥ずかしさはあるが、しぶしぶ装着して感触を確かめる。


「じゃ、やるぞ」

「はいっす!」


 何度も使用した事のある変身武装であり、久しぶりの変身とあって少し緊張する。

 真はゆっくりと目を閉じ、心を落ち着かせた。


「――ノヴァライズッ」


 眩い光に包まれ、発生した粒子で真の姿が隠れた。

 刹那、弾けるように散った光。変身後の姿が露わになる。


 変身する真をワクワクと見つめていたイオの目から徐々にハイライトが失われていき、しまいにはガッカリと首をおとしていた。


「どうだ?」

「どう、って。黒いっす」


 成功しているのか分からず、緊張している様子の真。対してイオは冷めたような返事をした。


「黒い? 首輪が黒かったから、装甲も黒いのか」

「いや、黒タイツっす」

「へ?」


 自身の体を見下ろし、腕を上げ、眺める。


 ピッチリとした黒いタイツに身を包まれたまま。つまり、変わってなかった。



「なん……え」


 ダサい格好のままに落胆し、頭を抱えようとしたが、違和感があった。その正体は――


「犬耳っすね。男の犬耳って需要無いっすよ? アタシの最高傑作に何してくれるんすか」

「好きで付けてるわけじゃねぇし俺のせいじゃねぇだろ!」


 今までと同じ黒タイツに、犬耳が追加で生えていた。


「……おめでとさんっす! これで変態幹部誕生ッすね!」

「めでたくない! これ設計どうなってんだッ」


 困ったように腕を組むイオは「むむむ」と唸った。


「ちょっとスタイルは違うっすけど、ホワイトファングの色違い、所謂2Pカラーってやつにしたはずなんすよ」


 言われた事を想像すると、ホワイトファングではなく以前の自分が変身していた姿の色違いイメージが浮かんだ。だが現状の姿はまるっきり違う。


「もしかしたらなんすけど」

 イオは厳しい顔でビシッと真を指さした。


「覚悟が足りないッす!」

「かくごぉー?」


 勇気だの覚悟だの、そんな熱血ヒーローよりな単語を聞いてウンザリした真はバカにしたような口調で返した。


「そうっす! その変身武装は装着者の覚悟の度合いで形態が変わるんすよ!」

「めんどくせぇ機能付けやがって」

「ホワイトスターと戦うのには覚悟が大事なんすよ!」


(なら、俺はこの先の形態に変化する事は無いって事か)


 可愛らしくぷんぷんと怒るイオを見ながら、冷静にそう考えた。


「まぁ覚悟はいずれ芽生えるものとして、次は名前っすね」

「今まで通り、名も無き下っ端でいいよ」

「もう下っ端じゃなくて幹部っすよ。んー、何がいいっすかねー」


 これ以上の辱めは勘弁してほしいとイオに背を向け、研究室を出ようとするが引き止められた。


「待って下さいっすよー。よし、決めたっす」

「変なのはよしてくれよ」


 聞くだけ聞いておこうと、真は期待していない表情で振り向いた。


「ベビードッグっす!」

「だっさ」


 思いっきり表情を歪め、やっぱり名無しの方がいいと考えて再び文句を飛ばそうとするが、イオが「まったっす!」と手のひらを向けてきた。


「理由はちゃーんとあるっすよ」

「どうせ俺の名字を弄ってんだろ」


 犬崎の犬をドッグ。ベビーは何処から来ているのか知らないが、概ねそんな感じだろう。


 しかし、イオは指を振って否定した。



「――牙を抜かれたわんちゃんにはピッタリな名前じゃないっすか?」


「……どういう意味だ?」

 なんだか薄ら寒いものを感じて聞き返すが、イオは取り合おうとしなかった。


「じゃ、次の出撃は直接連絡するんで。外出の際はその通信機と変身武装を肌身離さず持っていてくださいっす」


 プシューッ、と研究室の扉が閉められイオの姿が見えなくなった。


 立ち尽くす真。

 

 名付けの理由は分からないまま。だが、この扉を今すぐに開けてイオに問い詰めよう、なんて行動は……何故か起こせなかった。

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