Ⅱ
親切にも更衣室があったのでそこで着替えてから他の下っ端と合流を果たした真。
「おう新入り、遅かったな。って、なんで不機嫌なんだ?」
「いやまぁ、ちょっと」
「ふぅん。それじゃあ、もうそろ出撃だから準備運動しとけよ」
警備員の下っ端はそう言い、先にある朝礼台へ登壇した。
「えー、みなさん。おはようございます。本日も怪我なく、無事にお仕事を終えましょう。では、出撃するまえに。いつものラジオ体操です」
真はずっこけそうになった。どうやらあの警備員の下っ端は、下っ端の中でもまとめる立場にあるようだ。よく見れば自分たちと違って覆面の額部分には星がある。
更に、準備運動とはラジオ体操を指していたのかと、なんだかこの先の活動に対し少々不安を抱いてしまう。
いとも普通なラジオ体操を終え、まばらだった団体は列を成していく。自然と最後方に並ぶことになった真は気を引き締める。
朝礼台で指揮していた下っ端も前列に並ぶと、天井が開いて大型のモニターが現れた。
一瞬のノイズの後には、ブラックスターのボスであるレーヴァンが映る。
『さて、諸君。本日の現場は
映像が切れると、タイツ男の列が右から順に出口へと向かっていった。自分はどっちの部隊なのかと疑問を抱くが、この列の前方にいる警備員の下っ端が後方へ振り向いてきて大声で指示をする。
「俺たちは足止めの陽動部隊だッ! 今日から新入りも入った事だし、気合い入れてヒーローの足を引っ張んぞ!」
先程の敬語とは違って実に下っ端らしい啖呵をきっていた。
動き出した列。小走りで着いていくと、大型のトラックを止めている地下駐車場に出た。
「まさかトラックで移動してたのか?」
思わず呟くと、目の前の下っ端が振り向いて言った。
「なんだ? 知らないって事はお前が新入りか。俺たちはいつもこの車を使ってんだ」
過去、どこからともなく現れる黒タイツ集団の事を怪訝に思っていたが、まさか普通に車で出撃していたとは。真は驚き、何かワープのような装置を使っているのでは? と思っていた過去の自分に対して羞恥を感じた。
そうして悶えている間にも荷台に押し込まれ、汗臭い空間に閉じ込められてしまった。
気分を悪くしながらも、今日の仕事場所を思い浮かべる。
レーヴァンは白黒スクランブル交差点だと言っていた。そこは通学路であり、昨日も帰りに通ったばかりだ。恐らく別のトラックに乗っている実行部隊も向かっているとなると、そこに絶対正義があるのだろう。
しかし真は、その付近に絶対正義があるなんて知らないし聞かされていない。あると知っている場所は、ヒーローを辞めた直後に続々と破壊されたと噂で聞いている。なら、補充するように新しく建てたという事か。
真がそう考察していると、更なる疑問が浮かび上がった。
(絶対正義は、ホワイトスターの支持率を表すだけの機械にすぎない。何故、ブラックスターはそれの破壊にこだわる。そして何故、ホワイトスターは絶対正義を守り、増やす事にこだわるんだ。……何か、引っかかる)
腕を組み、車内の天井をみつめていると、急停車したのか大きな揺れに襲われ後頭部をぶつけた。
痛む場所を摩っていると、荷台の扉がバタンッと強く開かれた。
「出撃だ! 思う存分、暴れ散らして塗り潰せ!」
下っ端の誰かがそう叫んだ。
乗った時は最後尾だったため、真は必然的に一番槍を突き入れる形になってしまった。
「うぇッ!? お、おーッ?」
困惑を隠そうとせず、荷台から飛び降りる。
出た場所は、交差点のど真ん中だった。
時刻は五時過ぎ。まさしく帰宅ラッシュの真っ只中。そこへ謎の大型トラックが信号を無視して中央を陣取り、中から黒タイツが飛び出てくる。
客観的に見て、真は悪の下っ端らしく登場したのだった。
信号待ちしている学生、通行の邪魔をされた車内の人間。この場にいる誰もが、真へ視線を向けた。
一瞬の静寂。そして、
「うわ、またアイツらかよ」
「ブラックスターも懲りないね。ホワイトファングまだかな」
大して恐怖せず、逃げず、呆れたような表情を向けてきた。
真もその気持ちが理解出来た。前まではそちら側の立場だったのだから。
下を向いて、震える体を落ち着かせる。そんな真に警備員の下っ端が声を掛けてきた。
「なに『失敗した』みたいな顔してんだよ。ナイス登場、気合いの入ったスタートだったぜ」
彼はそう言い、背中をポンと叩いてくる。
優しさからくる発言だったため、「羞恥の限界突破で泣きそう。やっぱり下っ端になったのは失敗だった」なんて事は言えなかった。
警備員の下っ端は真が持ち直したを確認して、集まった下っ端たちに叫ぶ。
「野郎どもッ! 新入りに続け!」
『おうよッ!』
下っ端たちが鬨の声を上げ、右腕を振り上げた。
その手には、ペンキブラシ。
「真っ黒に染め上げろォ!」
それが合図となり、下っ端はばらけて交差点中に散らばった。
「始まった」
真がゲンナリしたような声を出した。
そう。ブラックスターは悪の組織であるが、やることは悪戯の規模をでない。
ある時は商店街を騒音で困らせたり、またある時はトイレットペーパーを買い占めて困らせる。そうして悪戯している間に別の部隊が絶対正義の破壊を行う、というもの。
今回は交差点の通行止めと、ペンキによる落書き。悪戯にしては、珍しく悪質な行為だ。
「ほら、新入りも。溜まっているストレスをぶちまけていこうぜってんだ!」
知らない下っ端から真っ黒な塗料が入ったバケツとブラシを渡され、どうしたものかと溜め息をついた。
他の下っ端たちは思い思いに落書きしている。中には通行人に対して塗料を飛ばす奴も混じっているので、逃げていく人がチラホラ現れはじめた。
そして、大抵はここら辺のタイミングで来るものだと、元ヒーローの感が告げてきた。
「そこまでよッ!」
声は上から。大型ビジョンがあるビルの頂上に、人影があった。逆光にあてられて見えづらいが、正体はハッキリしている。
「毎度毎度、アナタ達は人に迷惑を掛けてばかり――いい加減にしなさい!」
言い終わると同時に、その人影は飛び降りた。
それを心配する者はいない。むしろ人々は『やっと来たか』という表情で一致していた。
そして真たち下っ端は『ついにきたか』という覚悟を抱いた。
人影が地上に着地した。舞った砂埃を振り払い、姿が露わになる。
「みんな、待たせたわね。もう大丈夫よ、あとは私に任せなさい!」
人影――ホワイトファングはそう口上を述べ、戦いの構えを取った。
ヒーローの登場に人々は沸く。だが、中には『ちッ。もっと早く来られなかったのかよ』『襲いから服にペンキが付いちゃったじゃない。あとで請求してやろうかしら』など、感謝より不満の声を上げる者もいた。
それを近くで聞いていた真は、鼻で嗤いながら手に持ったペンキ用具を投げ捨てた。
同時に他の下っ端も同じく道具を捨て、突撃するような雰囲気を出す。
「ここにいる下っ端どもは足止めって分かってるのよ。だから、いつもみたいにちゃちゃっと薙ぎ払ってやる!」
どうやらブラックスターとの交戦は慣れているらしく、さっそく突撃していった下っ端の団体を容易く倒していく。
拳の一振りで下っ端が五人飛び、蹴りの風圧で十人が吹っ飛ぶ。
「こう逆の立場で考えてみると、ヒーローの力って過剰だな。無双ゲーじゃねぇか」
下っ端の多くは黒タイツを着ているただの人間だ。なのにヒーローは過ぎたる武装で応戦してくる。
メカ担当だというイオは下っ端強化のために何か作らないのかと、疑問を抱く。
「ま、うだうだ考えても仕方ねぇ。俺も当たって砕かれてくるか」
目的は足止め。だがそれは他の下っ端が頑張ってくれるだろう。真はそう考え、頑張らず適当に攻撃をもらって派手に吹っ飛ぼうと決めた。
ホワイトファングという砂糖に群がるアリのような光景。そこへ真も参加しようと走った。
その間にもホワイトファングは下っ端の群れを捌いていく。
「もう、しつこいッ。でも、私はみんなの為に頑張るわ!」
真は足を止めた。否、止まってしまった。
ホワイトファングへの声援が飛ぶ。
「ホワイトファングーッ、夕飯が近いから早く片付けてくれー」
「まだやってるの? 前任者はもっと早く終わらせてくれたのに」
そんな、野次にしか聞こえない声援。ホワイトファングは気にしていないのか、朗らかに叫んだ。
「安心して! 私、もっと頑張るから!」
有言実行。ブラックスターの下っ端は、真を除いて倒され地に伏した。
「あら、まだ一人残ってたのね。なら最後は派手に必殺技で――」
「はぁー……」
腰に手を当て、空を仰ぎ、大きく溜め息をついた真。
それを見たホワイトファングは技を中断し、警戒を抱く。
だが真は反応せず、『やれやれ』と肩を竦めた動作をするだけ。
「……変な下っ端が居るわね。まさか、痛い思いをしたくないからって降参? 駄目よ、報いは受けてもらうわ」
「く、くくッ」
思わず笑ってしまい、これ以上は我慢するように噛み殺す。
ホワイトファングはそんな態度が気に入らないのか、拳を振るわせて怒鳴ってきた。
「何よッ!」
「いやー。ヒーローってのは本当に大変だよなぁ、って」
「アンタたちが居るから大変なのよ!」
ホワイトファングが激昂して叫んだ。模しているマスクの影響で、犬が牙を剥いてるような錯覚をみせてくる。
「いやいや、俺が言ってるのは『頑張ってもそれが当たり前』って思われてる事だ」
「……それがどうしたのよ。みんなために頑張る、それはヒーローとして当然。当たり前でしょう?」
「それがムカつくんだよ」
軽い調子で答えていた真だったが、今のセリフには思わず力がこもってしまった。
そのせいでホワイトファングは少し後退る。
様子を見ている人々も何事かと困惑していた。
「ヒーローが頑張るのは当たり前。誰かを助けるのは当然。お前、ヒーローだからってなんでもかんでも安請け合いしてんじゃねぇよ」
目の前で立ち竦んでるホワイトファングを、かつての自分と重ねてしまい、イラついた。
それは自己嫌悪だと理解していたが、止められなかった。
「その結果、感謝を忘れて『助けられるのは当たり前』って思う奴がバカみたいに増えた。さっきだって色々言われてたの気付いてんだろ。そこの奴には『早く片付けろ』そいつには『モタモタしてんな』ってな」
真に指さされた人は顔を逸らし、ホワイトファングも耐え忍ぶように片腕を抱いた。
先程まで戦いと応援の声に包まれていた交差点は静寂になり、重い空気が漂う。
そんな空気感を無視した真は突然、屈伸運動を始めた。
「んー、時間稼ぎはもう充分だろうけど。お前にムカついたから、俺もちょっと頑張ろっかな」
「何を――ッ!?」
ホワイトファングの言葉を待たず、真は既に彼女の目前まで接近して踵を振り上げている。
腕を十字に組まれ、攻撃は塞がれた。だが真はそれを分かっていたのか、彼女の腕を踏み台にして上空へ跳んでいく。
両手を組み、重力に身を任せながら振り下ろす。
同じように防御されたが、今度は耐えきれずホワイトファングの膝が地に着いた。
「つッ、うぅ……ッ、下っ端のくせに、妙に強い――ッ」
「下っ端舐めんなこら」
キャリアとしては元ヒーローなので、強さとしては下っ端詐欺。だが口にするわけにいかず、すかさず追撃を試みる。しかしホワイトファングは転がるように後ろへと回避した。
「調子に乗らないで!」
普通の下っ端の目では追いつけないスピードで迫ってくるホワイトファング。
しかし、真はまるで未来予知をしているかのように薄皮一枚で拳の連打を避けていく。
「な、なんで私の動きが――」
読まれている。ホワイトファングがそう言いたげに攻撃を続ける。
「このッ、当たれ! 当たりなさいよッ」
「当たったらメッチャ痛いじゃん、嫌だよ」
真が綺麗に避け続けられている理由は、ホワイトファングの動きにあった。
拳の流れ、蹴りの動作。どれも全て、見たことが――いや、叩き込まれた事があるものだったから。
真にとってホワイトファングは、己の劣化コピー。そしてかつての上司の猿真似に過ぎなかった。
更には――
「油断してると、素顔を晒しちまうぜ?」
そう言った真は、ホワイトファングの正拳突きに対し、体を横に捻るよう回避。そして彼女の背後へ跳躍し着地。
そして、背中合わせの状態でホワイトファングのうなじ部分を撫でた。
「――ッ、なんでその場所をッ!?」
「ヒーローの弱点を悪の組織が把握してないとでも?」
悪の組織元々はハッタリだ。しかし、こうしてホワイトファングと戦っている中で気付いた事があった。
ホワイトファングの武装は、元々真が身に付けていたモノだ。
形は女性用になっているが、変身武装を使うと使用者にあったサイズ、デザインになると聞いている。だからそれはいい。だが問題は、修理をしていない事だった。
かつてヒーローとして活動していた時、油断していたせいで下っ端から鉄パイプを後頭部に思いっきりぶち込まれた過去がある。そのとき、うなじ部分のパーツに罅が入り、下手に刺激を与えると強制的に変身を解除されてしまうのだ。
壊れかけの変身武装をそのまま使っている彼女をバカにすべきか、悪の下っ端として喜ぶべきか迷っている真。
その隙を突かれたのか、いつの間にかホワイトファングが大きく後方へ退避していた。
これ以上の戦闘は怪しまれそうなので、次の攻撃を食らって吹っ飛ぼうと脱力する。
ホワイトファングは追ってこない真に対し、疑心の目を向けている。
その時、真の耳に付けている通信機が繋がった。
『お疲れッすー。なんか活躍してるっすねー、犬崎さんてこんな強かったんすかー。昔なにかやられてました?』
「……そんな事より、なんの用だ」
『あ、そうでした。ミッション完了っすよ。足止めご苦労さまでしたっす』
どうやら実行部隊が絶対正義の破壊に成功したようだ。それらしきモノは見当たらないが、恐らく近くにあるのだろう。
「アナタ、何を一人でブツブツ――えッ、そんな、退却ですか!?」
真の戦闘放棄を咎めようとしたホワイトファングだったが、急に背を向け、誰かと話しているような動作へ変わる。やがて悔しそうに振り向き、指をさしてきた。
「こ、今回はやられたけどッ。次はボコボコにしてやるから!」
ホワイトファングはそう言い残し、超人的なジャンプ力でビルに上り、消え去っていった。
その場に残ったのは、どよめく人々と、気絶したままの下っ端たち。
ホワイトファングの撤退で注目の視線が外れた真は、この隙にと下っ端たちを叩き起こしトラックへ乗り込んだ。
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