2章

 僅かに体を揺すられる感覚がした真は、ゆっくりと瞼を開けた。


「あ、気が付いたっすね。出撃時刻まであと一時間切ってるっすよ」


 視界に入ったのは、先程と違って白衣姿で見下ろしてくる女の子。


「犬崎さんって初心なんすねー」

「羞恥心がない女ってどうかと思うんだよ」

「別に裸を見られたからって減るもん無いじゃないっすか」


 この女の子は変人、いや変態だと決めつけた真は体を起こす。


「それで、制服を取りにきたんだが」


 如何にも悪の組織にありそうなピコピコしてる装置を弄りながら、女の子は話しだす。


「あー、そこら辺にあるので勝手に探しくださいっす。――それより、アタシはイオって言います。ブラックスターの研究開発――まぁ俗にいうメカ担当ってやつっすね。みんなからは『天才発明家』とか呼ばれてるっすよ。事実っすけど、いやー恥ずかしいっすねー」


 適当な態度に若干イラッとするが、こちらも自己紹介を返そうと口を開く。が、それより先にイオが発言した。


「犬崎さんの事は知ってるっすから。自己紹介は大丈夫っすよ」


 緊張が走り、体が硬くなる。

 今度こそバレたか、と真は身構えた。


「アタシたちが言うのもなんですけど、よくもまぁ悪の組織相手に情報を渡せますね。バカなんすか?」


 思い当たる節は面接の時に記入した紙。元ヒーローという事はバレていないようだが、確かにそう言われると恥ずかしくなってきた。

 誤魔化すように咳払いし、この周辺にあるというタイツ、もとい制服を探す。


「よっし、完成っす。ん、まだ見つけてないんすか」

「この部屋散らかりすぎなんだよ」

 文句を言いながら漁る真に、イオは溜め息をついて布の山に手を突っ込んだ。


「お、これ――はアタシのパンチーっすね。んー。あ、こっちっす」


 またもや鼻血を吹き出しそうになったが、なんとか耐えた真。だが手渡された黒タイツから微かにフローラルな香りが漂い、たらりと血が垂れた。


「初心じゃなくてただのスケベでしたか。なるほどっす」

「ち、ちがっ」

「はいはい。言い訳は出撃の後に聞くっす。さっさと行って下さいっすスケベ下っ端さん」

「本当に違うからな!」


 否定しないと自分のあだ名が固定されそうなのでキチンと頑なに否定しておいた。

 そして背中を押され研究室から追い出される直前。イオは「あっ」と声を出した。


「忘れるところでした。これ持って行ってくださいっす」


 イオの手に乗っているのは小さな機械だった。


「通信機っす。ちゃんと耳に付けておいてくださいよ。アタシ直通なんで、そこから指示を出すっす」


 直接指示、と聞いて真は首を傾げた。


「他の下っ端もコレ付けてるのか?」


 そう言うと、イオは一瞬目を逸らした。その後、ニカッと笑ってから真に背を向ける。


「首輪みたいなもんっすよ。犬崎さんみたいなスケベは放置したらとんでもない悪さをしそうなんで」

「しないから!」


 悪の組織が悪さを止めるなんてどうかと思うが、それよりも言いたい事があったので思いっきり叫んでから研究室を去った。

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