1章
Ⅰ
「…………金がない」
こちらをチラチラと見て小声で話す下校集団が通り過ぎていくが、今は気にしていられなかった。
「マジでどうしよ。大家さんの好意で卒業するまでは無賃で良いって言ってくれてるけど……そうもいかないよなぁ」
真は少し前までヒーローとして活動していた。
だが、夜逃げのような形で辞めたので住む場所に困り、公園で野宿をしていた。そこで通りがかったお婆さんに助けられたのだ。
なんでも、以前自分に助けられたようで、そのお礼がしたいとの事。そこで真は冗談のつもりで『いやぁ、帰る家がなくなったんで困ってるんですよー。居候させてもらえませんかね?』と言うと、それを聞いたお婆さんは『それなら着いて来な』と真の手を引っ張り、空いてる部屋に押し込んだという経緯があった。
通っている学校から近いので本音としては助かるが、ヒーローを辞めたといっても良心まで失っていない真は悩んだ。
なので、できる限り家賃は払うと決めているのだが。
「何で面接が全滅なんだよ……」
コンビニ。ファーストフード店。工事現場。近場で働ける場所は手当たり次第に申し込んでみたが、全て受からなかった。
なけなしの金を叩いて買った履歴書を渡すと、採用担当者全員が渋い顔をして「君、不採用」と伝えてきたのだ。
「えぇ? クラスの奴らとか普通にバイトしてるし、高校生は無理って訳じゃないよな」
このままだと家賃どころか、日々の食費も危ういと感じた真は頭を抱えて座り込んだ。
「まだ溜め込んでる缶詰とかあったっけ。貯金は千円もねぇし、数日はもやしで――うん?」
生きていくための計画を立てていると、ふと一枚の紙が目の前にヒラリと飛んでくる。
「うぉーッ、早く帰って発明したいっすーッ!」
「あの、これ落としまし……たよー」
舞い込んできた紙を拾って立ち上がり、持ち主らしき女の子を呼び止めようとしたが、気付いた様子はなく過ぎ去っていってしまった。
あっという間に走っていった女の子の後ろ姿を眺めてから、紙に目を落とす真。
それは目を見張るような内容だった。
「……ブラックスターの下っ端募集。定員一名のみ。アットホームな職場です……」
拾った紙は求人のチラシであり、募集しているのはなんと因縁ある悪の組織。
「って事はさっきの女の子は応募者か、もしくは関係者なのか? ま、今更どうでもいい」
既に一般人となっている真には関係ないことだったので、紙飛行機にして飛ばそうと折りたたむ。
その瞬間、端の方に書かれている金額が視界に入った。偶然にも。
「一回の出撃で一万円。活躍すれば臨時ボーナス追加……確か高校生が貰える平均時給って八百円前後だよな……いやいや、え? 仮にも元ヒーローよ?」
鼻で笑った真は、よく飛ばせるよう綺麗に折りたたんだ紙を制服のポケットに突っ込んだ。
「そうだ。元ヒーローとして悪の組織がどんな感じに下っ端を雇ってるか確かめる必要がある」
白々しく、言い訳するように真は頷いた。
***
「と、来てみれば。学校じゃねぇか」
地図に従った結果、標されていた目的地は真が通っている学校だった。まさか下校してからそう時間が経っていないうちに戻ってくるとは思わず、立ち呆けてしまう。
とはいえ完全下校の時間は過ぎているので周りに生徒は居らず、校門に警備員が一人立っているだけ。
「――よく考えてみれば、ブラックスターがこんなチラシで下っ端募集するわけないよな……さすがに作りものかねぇ」
あの女の子はブラックスターに憧れるあまり、勢いで作ってしまった。所謂『
内心少し……いやかなりガッカリしたので大きく溜め息をつくと、それに気付いた警備員が来てしまった。
「――キミ。なにやってるんだ」
「あっ、いや。えぇと……忘れ物を取りに来た感じ、みたいな?」
慌てて言い訳する真。まさか悪の組織目当てで来たとは言えず、後ろめたい事を否定するように手を振ってしまった。その時、握っていたチラシを落としてしまう。
「うん? 何か落としたぞ」
「――ッ、やば――」
警備員に拾われて内容を読まれた。焦りの声が漏れてしまい、真は逃げるために足に力を込めてジリジリと退却していく。
すると――
「……灰色に塗り潰せ」
「へ?」
「合言葉だ。体育館裏にある倉庫に行けば分かる」
逃げようとした真の胸にチラシを押し付けた警備員は、帽子を目深に被って校門の端へと戻った。
「ど、どういう事だ? いやとにかく行ってみるか」
緊張から解放された真は校門を潜り抜け、言われた倉庫までやってきた。
「あ。入れって言ってたし、さすがに鍵が居るよな。職員室に忍び込めってか?」
そんなリスクを犯したくないので、まずは倉庫の扉に手を掛けてみる。
「……空いてるし。見回りとかちゃんとやってんのかよ」
通ってる学校のセキュリティに対して不安になりながらも中に入る。
しかし、ここは電気が通っていない古いプレハブ倉庫。夕方を過ぎた時間だと真っ暗で何も見えなかった。
スマホすらも持っていない真に光を灯す手段など無く、どうするかと腕を組んだ。そして、先程の合言葉を思い出した。
「確か……灰色に塗り潰せ。だっけ」
瞬間、空気が抜ける音と共に、目の前にあった何かの物体が横に移動する気配を感じた。
現れたのは、地下への階段。そこから漏れ出る光で、移動したのは跳び箱だと気付く。どうやら違和感のない物で入り口をカムフラージュしていたようだ。
「悪の組織っつうのは、だいぶ仕掛けを凝るみたいだな」
男というのはこんな秘密基地のような絡繰りに弱い。真は惹かれるようなワクワク感を抱きながら、仮にも有名な組織がこんな事をしてるのか、なんて呆れが交じり、苦笑いを浮かべてしまう。
だが警戒心を忘れず、真は慎重に下りていく。
螺旋のような階段を下って数分。学校にこんな深い地下があるのかと驚いていると、ようやく終わりが見えてきた。
真っ白な扉の横にカードスキャンのような、何か物体を入れる隙間がある。そして近くには、このSFチックな雰囲気を壊すような木の立て看板があり『参加資格を挿入してください』と書かれていた。
「参加資格なんて持って……まさか、このチラシか?」
むしろコレしかないと、折りたたんだチラシを広げて挿入した。
しかしすぐに『ンベー』と戻って来てしまう。
「あれ、違うのか?」
もう一度立て看板を読むと、隅の方に『シワを綺麗に伸ばしてから入れてください』とあった。
「自販機かッ!」
ツッコミながらもチラシを撫で広げて伸ばし、今度こそ綺麗に挿入されていった。
やはり参加資格は拾ったチラシのようで、扉がプシューッ、と縦に開く。
「さて。悪の組織の内情はどうなってるかな」
意気揚々と、金への執着(使命感)を抱いて真は勇み進む。
***
「はーい。一番でお待ちの犬崎さん、こちらへどうぞー」
「あ、はい」
呼ばれた真は立ち上がり、指定された別室へと移動する。
「……なんか思ってたのと違う」
「何か言いました?」
「いえ」
先を歩く黒タイツの男に首を振り、黙って着いていく真。
先程の扉を越えて待っていたのは、ホテルロビーのような受付だった。そして必要事項を記入してくださいと紙を渡され、あれよあれよと数十分。
今度は体力測定を行うので別室へ、と言われたのが今の状況。
想定外の対応で、真は呆気なさを感じていた。
「はいじゃあ、行ってもらう種目はコチラですね。記録の記入ははカメラで撮影しているので大丈夫です。では頑張って下さい」
「はぁ」
案内された部屋は、少し広めのトレーニングルーム。ランニングマシンやベンチプレスなどの器具が充実しており、ジム施設に来たのかと錯覚させられる。
タイツ男は既に退室しているので、どうやら一人で勝手にやれという事らしい。
「生身でどれだけやれるか分からんけど、やってみるか」
これは恐らく採用するかどうかのテストだと思い、真はお金のため、もとい生きるために全力で受かろうと決意した。
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