第292話 政府の方から来ました



Side 大場美百合


私の動画投稿から、二週間が経過しました。

この二週間に、私と同じようにダンジョンマスターになった人が次々と報告動画をあげて、その人数は百人を軽く超え、今や五百人になっています。


さらに、ダンジョンマスターになった人は日本人だけに止まらず、今や世界に広がっているようです。

SNSでも連日、その話題で盛り上がっていて、ダンジョンマスターによる意見交換の掲示板や自慢動画投稿などでいっぱいです。


もう私の動画投稿など、誰も覚えていないでしょう……。



そんなガッカリしていたある日、私の家に二人の女性が訪ねてきました。

二人ともスーツに身を包んだ、大人な女性です。


「初めまして、大場美百合さんですね?

ダンジョンマスターになられたという動画、拝見いたしました。

私どもは、こういうものです……」


そう言って、一人の女性が懐から名刺を差し出しました。

玄関で応対した私が、名刺を受け取るともう一人の女性が話しかけてきます。


「ご両親を交えて、お話したいことがあるのですが、今、よろしいですか?」

「あ、は、はい、少々お待ちください……」


そのきれいな容姿ときれいな声に、ぼーっとしてしまいましたが、何とかお父さんとお母さんの元へ行きます。

その時、貰った名刺を見るとこう書かれていました。


『厚生労働省 ダンジョンマスター保護委員会

交渉官 沢口 怜美』




リビングのテーブルで、向かい合うように座った私の両親と交渉官の女性二人。

そして、交渉官の女性の沢口さんが話し出します。


「まずは、娘さんがダンジョンマスターになってしまったこと、ご両親はどうお考えかお聞かせ願いますか?」

「どう、と言われても、今初めて聞きましたから……」


そうお母さんが答えて、両親の二人が私を見る。

右側の両親と左側の交渉官の二人に見られて、何だか申し訳ない気分です。


「それで、この名刺にある厚生労働省の人で、間違いないのですか?」

「はい、間違いございません。

現在、日本には二百人近い数のダンジョンマスターといわれる人たちが存在し、政府としても何とかしようと急遽立ち上げられた部署でして、認知されている人はまだ少なく、お父様のように疑われる方が大半なので……」

「いや、疑っているわけでは……」

「いえいえ、構いません。

こちらも、疑われることは分かっておりますので……」


お父さんが二人を、本当に政府の人なのか疑っていたようですが、二人はこういう疑いの目で見られることは覚悟していたようです。


「それで、お二方はうちの美百合に何を?」

「はい。実は、ダンジョンマスターになられた方々に話をしているのですが……」


そう言って、沢口さんが私の方を見ました。


「美百合さん、ダンジョンを日本政府に売りませんか?」

「……え?」

「は?」

「はい?」


……驚きました、沢口さんは私がマスターとなったダンジョンを買い取りたいと言ってきました。

というか、ダンジョンって売り買いできるものだったんですか?


「……あ、あの、それはどういう……」

「実は、美百合さんがマスターになったダンジョンは、他の人に譲渡できることが判明しました。

そこで、持て余しているダンジョンマスターに研究のため、日本政府に売ってもらいたいのです」

「売ってくれと、いきなり言われても……」

「分かっています。

ですが、他のダンジョンマスターにも話を持っていったのですが、私たち政府の人間以外の者がこの譲渡できることを知っていましてね、商売にしている者がいるようなのです」

「そんなことが……。

ちなみに、いくらぐらいで売れるものなのですか?」

「私どもは、十億円を考えております」

「じゅ、十億円?!」

「はい、ダンジョンにはそれぐらいの価値があるのです」

「美百合……」

「お母さん、どうしよう……」


私のダンジョンが、十億円。

そんな大金、持ったことも見たこともないし、両親も驚いている。


「すぐには決められないでしょうから、何日か話し合う時間を作りましょう」

「ただ、我々政府の者以外がもし話を持ってきたときは、気をつけてください。

高い買取金額を提示して買い取ると言いながら、だまして奪う詐欺も発生しております」

「今日は、これで帰りますが……」

「ちょ、ちょっと待ってください!

美百合、この人たちに売ってしまいなさい」

「お父さん?!」

「政府の人間なら安心だ。

今スマホで調べたんだがな、確かに厚生労働省にダンジョンマスター保護委員会というところは存在している。

それに、今後の研究のためになるならいいじゃないか?」

「で、でも……」

「美百合、あなたは持て余しているのでしょう?

日本の役に立つならいいじゃない!」

「お母さん……」

「それにあなた、欲しいものがあったんじゃないの?」

「持て余すダンジョンを売って、そのお金でほしいものが買えるならいいじゃないか?」

「お父さん……。

分かりました、私のダンジョン売ります!

日本の役に立ててください!」

「ありがとうございます、美百合さん!

ご両親も、ありがとうございます!」

「必ずや、日本の役に立つように頑張らせてもらいます!」


そう二人の交渉官は頭を下げて、お礼を言ってくれた。

その後、ダンジョンの譲渡や買取り金の入金のための口座番号を契約書類に記入すると、二人と私は庭に出てダンジョンの前に立った。


そして、沢口さんが左手をダンジョンの入り口にかざし、私に声を掛けてくる。


「では美百合さん、私の手を握ってくれますか?」

「は、はい」


私は、沢口さんが差し出した右手を握ります。

そして、私たちはダンジョンに入っていきます。


私のダンジョンは、何もしてないので入ってすぐにダンジョンコアがあります。

沢口さんがダンジョンコアに手を着くと、私に声をかけてきました。


「美百合さんも、ダンジョンコアに手をついてください。

そして、私に権限を譲渡すると宣言してください」

「は、はい」


私は、ダンジョンコアに手を着くと宣言しました。


「私は、ダンジョンマスターの権限を沢口さんに譲渡します!」


すると、辺りに女性の声が響きました。


『ダンジョンマスターの権限が譲渡されました!

譲渡されたと同時に、ダンジョンポイントも譲渡されます。

ステータスを更新します!』


そして、あの時と同じ頭痛が襲ってきましたが、すぐに無くなりました。

沢口さんも、頭痛を体験したようで、私と同じように痛みが襲い膝をついたようです。


「だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ。

でも、こんな頭痛に襲われるのね……」

「でも、痛みはすぐに引くようですから……」

「ええ、もう引いたわ。

これで、譲渡は終わりました。

美百合さん、ご協力ありがとう」

「いえ」


笑顔で、お礼を言ってくれた沢口さんに私も笑顔で返しました。

その後、ダンジョンを出ると沢口さんは黒い穴を扉に変えて、持って帰るようです。

黒い穴って、変形させることができるんだ……。


「では、ご協力ありがとうございました」

「政府からの口座への入金は、月末ごろになります。

月末にご確認ください」

「分かりました」

「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「では、失礼いたします」


そう言って、二人の女性は帰って行きました。

日曜にもかかわらず、お仕事たいへんだなぁと私は思っていたのですが……。






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