第269話 復讐者



Side ???


浮遊大陸のどこかにある天界の門。

その門の前には、貴族が住むのかという立派な屋敷が建っていた。

その屋敷の一室に、一人の女性が車イスに座ったまま窓の外に見える天界の門を見ていた。


「……」


――――コン、コン。

突如、ドアをノックする音が室内に響く。

その音を聞いて、女性は窓の外を見ながら返事をした。


「どうぞ」

「失礼いたします、プリラベーラ様。

浮遊戦闘艦の艦長、シャリーの報告書をお持ちいたしました」

「ありがとう、アルテミス。

机の上に置いておいて……」


執事服を着た天使族の女性のホムンクルスであるアルテミスは、報告書を机の上に置き、車イスに座るプリラベーラの後ろに立った。


「プリラベーラ様、いつまでも天界の門を眺めていても書類はなくなりませんよ?」

「……分かっています」


そう言うと、アルテミスは車イスの向きを変え、机に向くようにした。

そこで、ようやくプリラベーラは机の上にある書類の山に辟易した表情を見せる。




例の浮遊島墜落事件よりも前から、プリラベーラはここ天界の門の前に屋敷を構えていた。


彼女の一族は、天使族として天界の門を守護するためこの浮遊大陸にいた。

だが、浮遊大陸で浮遊石が取れることが冒険者たちの報告で知られるようになると、人々が一獲千金を狙って、浮遊大陸に押し寄せるようになった。


そこで、プリラベーラの一族は浮遊大陸の空間固定を解き放ち、この世界を漂う大陸へと変えたのだ。

そのため、浮遊石を狙う者たちから命を狙われるようになった。


まだ幼かったプリラベーラは、一族が信頼をおく人に預けられていたのだが、その人が金に目がくらんで裏切り、プリラベーラは人質として強欲な人族の手に渡ってしまう。


それからは、プリラベーラは奴隷の身分に落とされ、一族全員が殺されるまで人々のおもちゃとなったのだ。

その期間、約十年。


奴隷の身分の間に、魔法薬の実験、魔法の実験、武器の試し切りなど、おもちゃとして過酷な生活を送ることになった。

また、この過酷な生活時に両足を失い、肘から先の左腕を失っていた。


そして、一族がプリラベーラだけとなった時、彼女は浮遊大陸で発見されたダンジョンに捧げる生贄として捨てられた。

だが、そのダンジョンでプリラベーラはダンジョンマスターとなり、アルテミスという従者をえることになる。


発見されたダンジョンは、生まれたばかりだったようで魔物がいないダンジョンだったのだ。

右手だけでダンジョンの床を這い、通路の奥にあるダンジョンコアに触れダンジョンマスターとなった。


ただ、生まれたばかりだったため、ダンジョンポイントが足らず自分の身体を治すことができなかった。

だが、プリラベーラはダンジョンの力を知ると、自身の身体はそのままに、一族の仇をとるため力を付けていった。


そして、一カ月が過ぎた時、アルテミスというホムンクルスを生み出し自身の手足となって働いてもらい、今に至る……。




プリラベーラは、机の上にあった浮遊戦闘艦の艦長シャリーの報告書を読む。


「なるほど、勇者たちの乗っていた浮遊帆船を襲ったのね……。

で、勇者たちは浮遊大陸に残らざるをえなくなった、と?」

「はい」

「シャリーに浮遊戦闘艦を与えたのは、間違いだったかしら?」

「いえ、シャリーなりの考えがあったものと思います」

「……アルテミス?」


プリラベーラのジト目を感じたアルテミスは、すぐに頭を下げた。


「申し訳ございません!

シャリーに考えなどありません!」

「でしょうね……。

どうも浮遊戦闘艦は、シャリーたちの手に余るようですね……」

「それはあれだけ強力な船は、今までありませんでしたから……」

「設計者を呼んで、アルテミス」

「ハッ!」


そう返事をすると、アルテミスは部屋を出ていく。

それを確認すると、プリラベーラはため息を吐いて窓の外を見る。



アルテミスは、部屋を出てから五分ほどで人を連れて戻ってきた。


「失礼します。

浮遊戦闘艦の設計者、一条颯太様をお連れしました」

「プリラベーラ、俺に何か用があるとか?」

「颯太、聞いて?

あの浮遊戦闘艦、シャリーには使いこなせないみたいなのよ?」

「……使いこなせないということは、持て余しているってことか?」

「というより、その強力な力に酔っているって感じね」

「なら、もう少し威力を押さえたほうがいいな……」

「お願いできる?」

「ああ、たいした労力じゃないさ。

それよりも、勇者たちが上陸したんだって?」

「アルテミスね?

颯太に話しちゃったのは……」

「申し分けございません……」

「まあいいわ……」


少し諦めて言うと、一条颯太がプリラベーラの側に来て車イスを動かした。

そして、窓の外が見える位置に移動させる。


「勇者たちの目的は、この天界の門だろ?」

「そうらしいわ。

教会の言うことを信じているからでしょうね……」


それを聞いて、一条颯太はニヤリと笑う。


「それは、勇者たちに与える情報を教会が操作しているからだろうな。

だとするなら、真実を知った時の勇者たちの表情が楽しみだな」

「颯太、趣味が悪いですよ?」

「でもな、教会の考える天界と魔界の戦争はなかったと、天使族と魔族が本当は仲が良いと知った時、勇者たちは確実に混乱するだろうな……」

「そうなった時は、私が説得して教会への先兵としますよ。

私の復讐は、まだ終わっていないのですから……」

「プリラベーラの一族を裏切った子孫がいるブリーンガル王国に、浮遊島を落としてもまだ満足しないのか?」

「しないわね。

それにブリーンガル王国は、始まりに過ぎないのよ」

「そうか……」


一条颯太とアルテミスは、窓の外の天界の門を見上げるプリラベーラを黙って見ていた……。







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