第118話 帝国の事情
Side ミア
メイドさんに抱きしめられ、むせび泣く少女。
その姿は、先ほどまで怒りに我を忘れていた姿とはかけ離れていた。
そこへ、私の前で泣き崩れていたオオノ様が近づく。
「メイリ、カエデを止めてくれてありがとう」
「いいえ、オオノ様。
お嬢様を止めるように仰せつかっておりましたので、止めたまでです」
「……皇帝陛下に、だな」
「はい……」
オオノ様の問いに、メイドさんはゆっくりと頷く。
その答えに納得したのか、オオノ様も頷きその場にしゃがみました。
そして、メイドさんに縋って泣くカエデ様に声を掛けるのです。
「カエデ殿、……カエデ殿」
「……おじ様。ごめんなさい。ごめんなさい、おじ様……。
おじ様が跪いている姿を見て……、あの女性に何かされたのだと……」
「それで、攻撃したのか……。
だが、今回はメイドのメイリに礼を言いなさい。
もしカエデ殿が、あの一撃を放っていたら……」
あの勇者の一撃という力を開放していたら、このレストールの町は廃墟になっていたでしょう。
そのくらいの魔力が込められていたように感じました。
勇者オオノ様に対する愛情の裏返しで、私にすべて向けられたといったところでしょうか。
実際、私もこの指輪がなければどうなっていたか……。
マスター、守ってくださりありがとうございます。
私は、そう思いながら左手を胸に抱きしめます。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
「カエデ殿、ダンジョンは討伐するものというのは誰に教えられたのだ?」
「……お母様です。
後、ロルゲン枢機卿にも教わりました。
ダンジョンには悪魔が住み着いていて、魔王復活を虎視眈々と狙っているとか、ダンジョンマスターという魔物が、人々の命を狙って魔物を世に放っているとか……」
「……同じだな、教会も私たち勇者にそんな教育をしていた……」
この世界の教会がそんなことを?
ダンジョンのことを知らない者たちのせいで、ダンジョン討伐が行われていったということでしょうか?
「あの、オオノ様……」
「ん? ログフド、どうした?」
「オオノ様は、ミア様と交渉をして元の世界へお帰りになるのでしょうか?」
「……」
「わ、私どものことなら心配いりません。
皇帝陛下より、勇者隊の解散の話は聞いております。
ですから、これからはオオノ様ご自身の幸せをお考えいただければ……。
帰れるはずのない元の世界に、今、帰れるかもしれないのですから……」
ログフド殿の言葉に、考え込む勇者オオノ殿。
もし、日本へ帰る選択をするならば、条件を付けなければいけません。
勇者の力を持ったまま、日本の地を踏むことはできませんから……。
勇者オオノ殿は、その場に立ちあがるとログフドに一礼した。
「ありがとう、ログフド。
私が長年、願っていたことを口に出してくれて。
おかげで、気持ちの整理できた……」
「では、大野様。日本へ帰られるのですか?」
「いや、ミア殿。
私は、日本へは帰らないよ……」
「オオノ様!」
ログフドが驚き声を掛けると、勇者オオノ殿は左手で制する。
「……正直、日本に帰っても待っている家族はもういない。
私が大学に入る前に、両親は他界しているからな。
親戚も、付き合いは薄いし……。
友達も、悲しいかなあまりいないし、パーティーを組んでいた仲間もあの時だけの仲間だったしな……。
だが、こちらの世界には妻もいるし子供もいる。
カエデ殿も、このようなお転婆ではいつまた暴走するか分からない」
「おじ様……」
カエデ殿は、顔を赤くして俯く。
この子に関しては、その力の使い方を自身の手で教えておきたいのでしょうね。
教会や勇者に教えた者たちから離すために……。
「そういうわけだから、ミア殿。
申し訳ないが、私は日本に帰ることを希望しない」
「……分かりました。
大野様には、これからもお元気でいられるようお祈りしております」
「……ありがとう」
ログフド殿が泣かれている。
他の兵士の皆様方も、同じように涙を流されている。
勇者オオノ様は、かなり慕われているのですね……。
▽ ▽ ▽
Side メイリ
ダンジョン側との交渉? という話し合いが終わり、その日の宿屋で反省会です。
お嬢様との二人部屋を取っていてよかった。
「お嬢様、今日のこと、ちゃんと反省しましたか?」
「……うん、明日の話し合いは絶対に邪魔はしない」
「全然、反省してないじゃないですか!」
「……」
「いいですか? お嬢様はむやみやたらと力を使ってはいけません!
勇者の力は、対魔王用の力。
町中で使うことも、人に向けて使うことも本来は許されないのです!
……ダンジョン側の人だとしても、です!」
「メイリ?」
お嬢様には、ちゃんと反省して淑女として育ってもらわなければ!
今まで、私たちは甘やかしすぎたのです。
そして、お嬢様を恐れすぎていた……。
「いいですか、お嬢様。
今日、オオノ様やログフド様がおっしゃっていたこと、覚えておりますか?」
「……確か、勇者隊の解散!
メイリ、勇者隊が解散させられるとは、どういうことですの?!」
私は、椅子に座るお嬢様の前に膝まづくと話を続けます。
「そのままの意味ですよ、お嬢様。
この度、皇帝陛下の命により、勇者隊の解散が宣言されます。
そして! 勇者隊のメンバーは、それぞれ帝国にある騎士団に分散されます。
お嬢様、これはすでに決定されたことです」
「そ、そんな……。
それじゃあ、勇者であるおじ様は……?」
「勇者オオノ様は、ご自身で騎士団を結成される予定です。
そして、勇者のご子息様たちを引き受け、帝国の皇都の守備を担当される予定だとか」
「? 守備、ですか?」
「……先ほども言いましたが、勇者の力は対魔王用。
魔王が復活していない世の中で、強力すぎる勇者の力は必要ないのです。
そのため、一番守らなければならない帝国の中心の皇都の守備を任されるのですよ」
「……」
「そして、その騎士団には、お嬢様も入る予定です」
「え、私も?
………わ、分かりましたわ」
はぁ~、嬉しそうにしていますが、ちっとも状況が理解できていませんね……。
まあ、お嬢様はまだ十二歳。
しょうがないと言えばしょうがないのですが、家庭教師からの学び直しが必要でしょうか……。
「お嬢様、嬉しがっている場合ではありませんよ?
帝国はこれから、戦争を始めると言っているのです!」
「せ、戦争?! 一体どこと戦争を……」
「まずは、帝国内でしょう」
「て、帝国内? 帝国内には、敵になる者たちはいませんわよ?
帝国領内は、いたって平和ですわ。
よく学びに行く、教会のロルゲン枢機卿の弟子たちも帝国は平和で何よりと言っていますもの」
……お嬢様、それは教会が裏で何をしているのか知らない者たちが言っていることです。
それに、教会も帝国の粛清対象ですよ!
……すでに水面下で、帝国は動いています!
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