第117話 聖剣の一撃



時間は少しさかのぼる……。



Side ログフド


ダンジョン側の交渉相手との待ち合わせ場所は、歪みの前にしてもらっている。

それは、こちらへの影響がどうあるか分からないためだったが、相手があの美女たちなら城の謁見の間であっても問題はなかっただろう。


勇者オオノ様と歩いて、歪みの前に用意した向かい合わせの椅子と、その椅子の間に挟むように置いたテーブル。

後、屋根は簡易の布製となっていた。


「……こんな屋外の、こんな簡素な場所で交渉をしていたのか?」

「はい、ダンジョンの空間の歪みがこのような家屋の裏庭に出たものですので……」

「ん~、歪みの出現場所は理解できるが、だからといってこんな場所に無理やり交渉の場を設けるのは……」


勇者オオノ様の困惑も、私どもも理解できる。

ただ、ダンジョンから出てくるものが、知恵ある者とは限らないため、この場所を交渉の場としてくれたのはとてもありがたい。


「ダンジョン側も、この交渉の場で何も言わなかったのでこのままなのです」

「……まあ、向こうが何も言わないのであればこのままここを交渉の場とするが……」

「あ、オオノ様! 出てこられました!」

「おお!!」


その時、歪みの中から一人の美女が姿を現した。

あれは、確かミア様といわれたか。何度見ても、お美しいお方だ……。



ミア様は、歪みから出てくると周りを確認するようにキョロキョロと見る。

そして、こちらに声をかけてきた。


「お久しぶりですね、ログフド殿。

あなたたちから受け取った勇者オオノ殿の証のようなもの、確認が取れましたよ」

「!! ログフド?」


ミア様の言葉に、オオノ様がこちらを見る。


「オオノ様、例の物をこちらのダンジョン側のミア様にお渡しし証明したのです。

そしてお願いいたしました! 勇者オオノ様を、元の世界へお返しできないか、と」

「……元の世界。

ログフド、それは叶わぬ夢だ。勇者召喚陣には、返還機能はなかった。

いまだ研究はしているが、私が元の世界へ帰る手立てはない……。

私のことを思っての行動だろうが、もうよいのだ……」


勇者オオノ様……。

悲しい表情をして、俯かれる。希望はないのか……。

長年、この世界に縛られ勇者という人間兵器をさせられ演じられたオオノ様に、救いは……。


「大野翔太様、ファンタジーダンジョンパークをご利用いただき、ありがとうございます」

「!!?」


ミア様の発した言葉に、俯かれていたオオノ様が顔を上げ反応した。


「こちらは、ダンジョンパークのギルドカードであることが分かりました。

そこから、あなたの登録情報を出してきました。

大野翔太様、登録時の年齢は二十二歳。

同じ大学のお仲間と『リベンジャー』というパーティーを組んで、冒険者ギルドで何度かご依頼を受けましたよね?」

「あ、ああ、その通りだ……」


涙を流されている。

内容は分かるが、冒険者ギルド? だいがく?


「それと、十二支ダンジョン『戌』に潜っていた記録もありました。

稼げたかどうかは分かりませんでしたが、十月の退園を最後に記録はありませんでした。

おそらく、勇者召喚されたのはその辺りだったのでしょう」

「え? どういうことだ?

私がこちらに召喚されて、百年以上が経過しているはずだぞ!」

「大野様、地球の時間とこちらの時間は同じではないことが判明しております。

おそらく、その影響で齟齬が出ているものと思われます」


オオノ様がその場に崩れ落ち、両手で顔を覆って泣かれる。

自分を知っている者がいたことや、歪みの先にもしかしてという希望。

そして……。



「おじ様!!」

「いけません! お嬢様!!」


そこへ、カエデ様の声が響いた。

その声の方へ、オオノ様以外の全員の目が向くと、すでに剣を抜きミア様に向かって振りかぶっている。

一刀両断する気かっ!!




▽    ▽    ▽




Side ミア


良かった、オオノ様に知らせることができて。

そしてこの後は、日本へ帰る条件を提示できれば……。

その時、大きな叫びが聞こえました。


少女の悲痛な叫び。

誰かを思いやる、怒りの叫びを。


その叫びを発したものの方を見れば、そこには怒りの表情をして剣を頭上に構えた少女が飛び込んでいました。

私が防御するには、遅すぎる距離。

切られる! と構えた時、何かに少女の剣の一撃が防がれました。


「クッ! クッ、ク~、な、何、でぇ~!!」


少女は、光る剣を押し込もうと力を入れるが、見えない壁に阻まれ私にまで届かない。

私はといえば、思い出していた。

前、マスターから『守りの指輪』を送られていたことを。

この指輪が、私を守ってくれたのだな……。


「クソッ! 何よこの壁は!!」


そう悪態をつきながら後ろに飛び、私と少し距離を取る。

そして、光る剣を目の前に垂直に立てて構える。


「聖剣の力! 開放!! 今こそ、勇者の必殺の一撃をお前に叩きこむっ!!」

「おやめください!!」

「は、放せ! 放せ、メイリ!!」

「いいえ、放しません!

今、お嬢様は冷静さを欠いています! そんなお嬢様を、放すわけにはいきません!!」


少女の構えた剣から、膨大な聖なる魔力が吹き上がり頭上へと大剣の形をして表れる。

そして、今にもその大剣を私に向かって振り下ろそうとした時、少女の後ろからメイドさんが飛びついた。


そのことで、聖なる大剣は霧散するが剣はいまだ光ったままだ。

そんな剣を持った少女を、メイドさんが後ろから羽交い絞めにする。


「私は冷静です! おじさまに危害を加えたこの魔女を!!」

「それが冷静ではないと言っているのです!

今、お嬢様は何をされようとしたか理解しておられますか!」

「理解しているわ! この魔女に、勇者の一撃を!!」

「いいえ! お嬢様は、ここにおられる人たちを巻き込もうとしたのですっ!!」

「……え」


今までジタバタしていた少女は、一気に静かになった。


「気づいておられましたか? お嬢様の一撃で、どれだけの犠牲が出るかを……」

「……わ、わたくし、は……」

「勇者の力は、時と場所を選びます。

強力な力は、人々を救うこともあれば死をもたらすこともあるのです。

……もっと冷静に、物事を見なくてはいけません……」

「メイリ、メイリ……」


少女は手に持っていた剣を落とし、メイドさんに抱き着いて泣きだした。

ようやく事の重大さに、気がついたのだろうか……。







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