第80話 親の正体



Side ネリスティア


冒険者ギルドなどの建物には、必ず食堂などが併設されている。

それは、冒険者たちが仲間と作戦会議や親睦を深めるために利用するためだ。

そのため、食堂でお酒も出ることは出るが制限されている。


何故なら、お酒をがっつり飲みたいならギルドの外に飲み屋が何軒も営業をしているからだ。

そういう飲み屋は、冒険者たちを目当てにしているから祝勝会用の大広間から仲間内だけでの飲み会用の少人数専用の部屋まで用意できている。


また、酒の種類も豊富で冒険者たちはギルド内に併設されている食堂で酔っぱらうことはめったになく、テンプレ小説などでよくある登録したての新人に絡むガラの悪い酔っ払い冒険者は存在しないのだ。


とにかく、そんな併設されている食堂からハルさんという女性が呼ばれてきた。


「どうしたの? 私に用があるって……」

「あ、ハルさん!

この子用のミルクを用意してもらえますか? お腹を空かせているみたいなので」

「分かったわ、食堂に連れてきて。いろいろ用意しておくから!」


呼ばれてきたハルさんは、想像していたおばさんではなくまだ若い女性だった。

長い赤い髪を後ろで一つにまとめた、見た目二十歳ぐらいの若い女性なのだが、耳がエルフの特徴の尖った長い耳をしていた。


「ネリス、一緒に食堂まで……あ、ああ、泣いちゃう…」

「うやーー! あぎゃーーー!!」

「泣いちゃった……」


倉庫街に置き去りにされていた時、母親か父親に聞こえるように泣いていたけど私の顔を見てからは泣き止んでいた。

シシリーに抱かれてからは、泣きそうで泣かない表情をしていたのに……。


私とシシリーは、赤ん坊を連れて食堂へ急いだ。




「これを飲ませてあげて!」


食堂に入ると、キッチンからハルさんが哺乳瓶にミルクを入れて持ってきてくれた。戻ってきて、すぐに用意したのだろうか?

ハルさんから受け取った哺乳瓶は、人肌に温かった。


「ありがとう、ハルさん。さ、ミルクですよ~」

「んぐ、んぐ、んぐ……」

「すごい勢いで飲んでる……」


これだけ飲んでいるなら、もう大丈夫だろう。


深夜の冒険者ギルドに併設された食堂で、赤ん坊のミルクを飲む音だけが響いている。

受付嬢のシシリーさんやリラさん、それとハルさんは温かい目で見守っている。

私も、赤ん坊の飲む姿を見守っていた。



「……けぷっ」

「げっぷも出したし、もう大丈夫でしょう。

ねぇネリス、この子、倉庫街に置き去りにされていたって言ってたわよね?」

「うん、どうすればいいのか分からなくてギルドに連れてきたんだけど……」

「ありがとう、ネリスの判断のおかげでこの子は助かったのよ」


ギルドに連れてきたことが、正しかったようでよかった。

でも、誰があんな場所に置き去りにしたんだろう。


「それでリラ、この子のことなんだけど……」

「冒険者ギルドで預かることはできないわよ。

冒険者たちが来れば、騒がしくてこんなに安心して眠ってくれないわよ」


赤ん坊は、いつの間にかシシリーさんに抱かれたまま眠ってた。

本当はベッドに寝かせるのがいいと思うけど、ここにそんなものはないし……。


「そうよね~。ハルさんはどう? 預かれないかな?」

「私も無理ね。兄弟姉妹がいればよかったんだけど、私、一人暮らしだから」

「ネリスちゃんは、無理か。

あ~、こうなったらギルドマスターに孤児院の設立をお願いしてみる?」

「あれ? この最初の町に孤児院ってありませんでした?」


私は、この町に孤児院があったことを思い出した。

孤児院は基本、すべての町に存在している。

また、教会が併設されてシスターが孤児たちの面倒を見ていたはずだ。


「昔は、あったんだけどね~」

「貴族街や歓楽街が、この町から中央の町へ移動になった時、一緒に移っちゃったのよ。

それに、孤児のできる仕事が減るからという理由もあったっけ」

「そうそう、ギルドマスターがダンジョンの巫女の要請だからってね」


「ダンジョンの巫女様か~。

あなたたちは、ギルドの受付なんだから連絡とかとれないの?

ダンジョンの巫女様に、孤児院の話をお願いしたらすぐに新しく建ちそうなのに……」

「……シシリー、連絡取れる?」

「一応とれるけど、聞いてくれるかな?」


シシリーさんとリラさんは、ハルさんの提案にお互いを見ながら考えているみたい。

おいそれと連絡をとっていい相手じゃないことはわかるけど、これは別問題じゃないの?


「ね、この子のためにも連絡して相談してみたら?」

「……そうね、相談だけでもお願いしてみるか」

「じゃあ、私はギルドマスターに話を持っていってみるわ」


シシリーさんは、ダンジョン巫女様へ。

リラさんは、ギルドマスターへお願いしてみるみたい。


ただ、赤ん坊が発見される事件は、今後も続いていった。

しかも、置き去りにされる赤ん坊の特徴として、そのほとんどが黒髪だった。




▽    ▽    ▽




Side ミア


「ねぇ、ミア。最初の町の冒険者ギルドから、陳情が来ているわよ」

「陳情ですか?」


私は、紙で来ていた陳情書を受け取り読むと、そこには孤児院の建設のお願いだった。

最初の町にも孤児院を、とのことだが、最初の町は主にダンジョンの外から人が来るので、孤児院を利用することはないだろうということで中央の町へ移動させたのだが……。


「最初の町で、孤児院が必要になった?」

「……それって、ダンジョンの外から来た人が最初の町で、子供を置き去りにしているってこと?」

「もしくは、捨てている……」

「考えたくはないわね」


そう、考えたくはないけどこれは調べる必要がある。

そして、置き去りの事実が分かればマスターに相談してどうにかしないと……。


子どもを捨てるなんて、私は信じられないけど、何事にも理由はあると思う。

だから、対策は考えておかないと万が一が起きてからでは遅いのだ。







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