第77話 亡命者の行方



寒くなってきた十一月中旬、都内某所のビルにあるダンジョン企画はワンフロアを占領するほどの企業となっていた。

わずか半年と少しでこの成長だ、今一番成長の早い企業として注目を集めている。


そんなダンジョン企画の事務所に、一人の政治家がお忍びで訪ねて来ていた。


「久しぶりだな、五十嵐!」

「廉治、相変わらず声が大きいな……」

「政治家は、声が大きくないとな!

それより、ようやく例の亡命者たちを五十嵐のダンジョンパークに受け入れてもらえることになった。準備はどうだ?」


アフリカにあった、今は無き国ブルサース国から避難してきた避難民二百五十人を、日本はブルサース国が無くなったことで亡命者とし受け入れることにした。

だが、受け入れ先が見つからなかったのだ。


そこで半年前、当時外務省の官僚の一人だった神崎廉治は、昔からの親友だった五十嵐太郎が関わっているファンタジーダンジョンパークに目をつけ、相談したのだ。

まず電話で連絡し、五十嵐太郎と会って話し合い、外務省の人間を送り込んだ。


神崎廉治と五十嵐太郎の二人の話し合いで、おおむね受け入れは決まっていたが対面を整えるということで、外務省の人間との話し合いをしたのだ。


「準備はできている。すぐにでも生活ができるようになっているから、いつでも連れて来てくれ。

それよりも、ずいぶんと議会でもめたようだな?」

「保守派の重鎮たちが、なかなか納得してくれなくてな。

ダンジョンパークでの暮らしがどうなるかを、何度も何度も説明してようやく認めてくれたよ」

「ハァ~、老害はどこにでもいるもんだな」

「滅多なこと言うなよ、五十嵐。重鎮は重鎮で、政治には必要なんだからな」


「分かった、分かった。

それで、いつ頃住み始めるんだ?」

「まずは、代表者を案内してから住むのに問題ないか調べて移住が始まるから、一応年内を目指している」

「それなら、案内役にそう話しておくよ」


一段落ついたことで、神崎はテーブルの上に用意されたお茶を一口飲む。

まだできて一年たっていない事務所の応接室は、何もかもが新しかった。


「それにしても、五十嵐が社長とは驚いたぞ?」

「久しぶりに会ったときも、そんなこと言っていたな。

あの時も言ったが、すべて息子のおかげだよ。俺自身で立ち上げたわけじゃないからな」

「それでも、今やダンジョンパークといえば政府でも知らない人はいないぞ?」

「例のダンジョンパーク法案か?」


ダンジョンパーク法案とは、ファンタジーダンジョンパークを調べた政府の調査員たちが、ダンジョン内の町では日本の法律ではなく、別の法律で運営されていることで治安などを守っていることから、そのままダンジョン内独自の法律を活かすための法案。


つまり、日本でダンジョンパーク内を治外法権と認めようという法案だ。


本来であればこの法案が国会で激しく議論されるはずが、亡命者問題で時間を取られすんなり衆参両議会を通ってしまった。

そして、ダンジョンパーク法が成立後、今回の亡命者のダンジョンパーク内の町への受け入れも決まるという。


「もっと議論しなければならないのに、難民や亡命者のことで激しく言い争ってしまった。

しかも、一官僚の言い間違えであそこまで話題になるとは……」

「ハハハッ、あれには笑ったな!」


答弁に立った官僚の一人が、お母さんと呼んでしまう珍事。

あれだ、学校の授業などで先生をお母さんと呼んでしまう言い間違いと同じようなことだろう。

だが、場所が国会の会議場でそれが起こってしまったため、議場は笑いに包まれたが報道ではそうはいかなかった。


コメンテーターが、官僚のことをチクチクついてきたり、あるある話で盛り上がったりといい話題をもたらしてくれた……。



「そういえば、電波の方は何とかならないか?」

「電波というと?」

「携帯だよ、携帯。

ダンジョンパーク内で、携帯が使えるのって最初の町だったか? その町だけだろ?

アレを、他の町でも使えるようにできないかって話だ」


現在、最初の町だけ携帯が繋がるようになっている。

また、SNSなども最初の町だけだ。

そのため、ネット通販などは最初の町に暮らしている人だけが利用できるようになっていた。


それを、他の町でもできるようにしたいのだろう。

ネット通販の大手からも、陳情が届いていた。


「ん~、最初の町は日本から入ってすぐの町だから届きやすいんだよな。

もし他の町にもとなると、配達が難しくなると思うぞ?」

「トラックなどを使えばいいだろう?」

「ダンジョンパーク内は、街道整備が昔のままなんだよ。

アスファルトみたいな道じゃないし、デコボコも多いしな。

まあ、それがファンタジー世界を体験できるってウリだから、こちらとしても変える気はないから当分このままだな」


「それじゃあ、電波もネットも通販も最初の町のみってことか……」

「すまんが、諦めてくれ」


こればかりは、変えることはできないからな。

便利といえば便利だが、颯太が最初の町だけに限定しているのにも訳があるんだろう……。




▽    ▽    ▽




Side とある調査員の女性


「……この住宅街に、コンビニを進出させるか。

いや、ここは自販機の店の方がいいかもしれない……」


私は今、ファンタジーダンジョンパークの最初の町でどんなお店を出店すればいいか調査をしている。

この町では今、日本からの移住が多い。

そのため、日本と同じような生活環境を求める人が増えている。


そこで、私のような調査員が町の様子を調べ何が足りないのかをダンジョン企画へと知らせているのだ。

ダンジョン企画は、それが設置可能かを調べてできることはしている。


「最近は、大手コンビニが何店舗も出店しているな……」


特に、移住者の多い区画では大型スーパーなども出店していた。

だが、すべてがすべて利益を上げるわけではない。

その証拠に、ファストフード店の何店舗かは撤退していたからだ。


「この町、各店舗で味や商品が違う方が受け入れられるのよね」


それに、購入者は移住してきた日本人だけではない。

最初の町の住人の、獣人、エルフなども買いに訪れているとか。


「エルフが、コンビニを利用か……。

ファンタジーな世界に、リアルが侵食するのか……」


いや、すべてが現実なのだな……。

私は今日も、最初の町の実態調査を続ける。






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