第74話 転移 前編
エルフのフィランドたちの愚行から五日後の今日は、シルフィラさんに言った通り第八階層からエルフ達を第一階層にあるエルフの村へと転移させる。
ダンジョンコアの部屋に来た俺は、ミア、エレノア、ソフィアが見守る中ダンジョン操作を行った。
「エレノア、昨日はお疲れさま。
第八階層のエルフ達は、エレノアの言葉を信じてくれた?」
「まったく信じていませんでした。
それどころか、私が町に表れただけで剣先や槍先を向けられました」
「……まあ、誰もたどり着けないエルフの町に、エルフ以外のものが現れれば警戒はするだろうね」
エレノアは機嫌悪そうに、俺に愚痴をこぼす。
「それでも、ダンジョンの巫女に対する態度ではありませんよ。
長老とか貴族連中にも話したのに、あいつらニヤニヤ笑うだけで私の言葉を聞いていませんでしたね。あ~、気持ち悪い!」
「一応、あの町の偉いエルフには会えたんだ」
「会うことはできましたけど、別の理由で、でしょうね。
私が帰るとき、貴族と称するエルフ達が私のモノにならないかと、あの手この手で言ってきましたから。
中には、命令してきた屑もいました。ああ~、気持ち悪い!」
エレノアは、両手で自身の二の腕をさすりながらまるでGの大群を見たときのように、気持ち悪さを表現している。
エルフとはいえ、貴族と称する連中の醜い顔を思い出したんだな……。
「マスター、後で私を慰めてください!
思い出しただけでも、気持ち悪くて何も手につかなくなりそうです」
「分かった、後でな。
とりあえず、エルフの町に忠告は済ませたんだ。
これより、第八階層からエルフ達を第一階層のエルフの村へと転送する。
作業を開始してくれ」
「「「了解です」」」
ミアとエレノアとソフィアは、ダンジョン操作パネルを出現させると、エルフ達を転送するための作業に取り掛かる。
第八階層にいるエルフの人数は、約六万人以上。
この人数一人一人の居場所をチェックし、印をつけて後でまとめて転送するのだ。
本来なら、階層をスキャンしてエルフをすべて見つけ出し転送させれば済むのだが、それだと埋葬されたエルフも対象に入ってしまい大変なことになる。
階層から生きているエルフのみを転送するには、こういう作業が必要なのだ。
もっとも、今回のような大量転移など、普通は起こらないししない。
それだけ、今回のエルフの思想は問題だったというわけだ。
そんなことを俺が考えている横で、ミアたちが素早く作業を進めていく。
まさにコンピューター並みの速度で、階層にいるエルフ達を確認し印をつけていく姿は真剣そのもの。
「第八階層東エリア、クリア!
西エリアに移行します」
「北エリア、クリア!
エルフの町周辺を手伝います」
第八階層は、中央に精霊の大木という所謂「世界樹」と呼ばれる超大木が立っていてその周り広範囲に森が広がっている。
また、草原など木の無い場所は少なくエルフの町などの都市や村などの集落を覗けば階層の端に少し存在する程度だ。
つまり、ここ第八階層もまた第九階層と同じく森の世界といえる。
「マスター、階層にいるすべてのエルフの所在確認と印付けが終わりました。
いつでも転送可能です」
作業を終えたソフィア、エレノア、ミアが俺を見ている。
俺はミアたちに頷き返すと、目の前にあるダンジョン操作ボードの転送表示を軽く押す。
「では、転送開始!」
▽ ▽ ▽
Side エルフのある貴族
「ノバラス卿、昨日の女は惜しかったですな」
エルフの町『フィランシェ』にある城の赤絨毯の廊下を歩いていると、エルフ十三家の貴族の一人、アバゼーレン家の当主ハートガラン殿が話しかけてきた。
昨日の女とは、ダンジョンの巫女と名のった女のことだろう。
「惜しかった、ですか?
あのような女は、ガラン殿の趣味ではないのではないですかな?」
「フフフ、さすがノバラス卿。
オルゲ家の繁栄は約束されたようなものですな。私の趣味までお分かりとは……」
ハートガラン殿は、獣人の少女を愛でるが大好きなエルフ貴族だ。
その愛で方は、常軌を逸しているが貴族家当主としては普通のことらしい。
人族の貴族とも、そのことで友諠を結んでいるものがいるとかいないとか。
ま、他の貴族家などどうでもいいのだが……。
「ところで、今回の集まりは長老からの命令とか。
あの耄碌爺どもに、我々を呼び出すだの何を考えておるのやら……」
「おそらく、あの女の言葉が気になったのでしょうな」
「あの、第八階層より退去させる、という世迷言ですかな?」
「エルフを、立場上でもまとめていると勘違いしているものにとっては気になるのでしょう」
「エルフをまとめるですか……。
クックック、真にまとめているのは我々、アバゼーレン家とオルゲ家の二大貴族だというのに……」
「他の貴族家の当主も集まっているはず、面倒ではあるが対面上は従っているフリをしないといけませんよ」
「ですな~、クフフ」
この男の笑い声には、どうにもなれる気がしないが手を組んだ以上、お互い利用するだけ利用してエルフの中での地位を確立しなければ。
そしてゆくゆくは、他の種族どもを支配できれば……。
白の無駄に豪華な廊下を歩き、大きな両扉の前まで来ると端にいたエルフの兵士が我々に一礼する。
「開けてくれ」
「ハハッ!」
そう命令されて、扉を開けると中の大会議室には円形状のテーブルに何人ものエルフが座っている。
それぞれが、貴族の当主であり長老という立場のエルフたちだ。
「遅かったな、ノバラス卿。ハートガラン卿。
其方たちが最後だぞ?」
「それは申し訳ない、長老さま。
どうしても外せぬ政務がありましたので……」
私の言った言い訳を、いかにも信じていないといった表情で頷いた。
信じていなくとも、どうでもいいといったところか。
相変わらず、若い見た目のエルフが多い中で年寄りといった見た目をしている男だ。
だが、年齢で言えば我々貴族の当主たちの方が年上なのだがな。
「さて、全員集まったところで今回の招集の訳を話そう。
まずは、この書状を見てくれ」
そう言うと、後ろで控えていた秘書らしき男たちがそれぞれの貴族の当主の座る席に、何かが書かれている紙を配っていく。
私の元にも配られたその紙を見ると、エルフ種族の代表であるシルフィアらからの命令書だった。
「……何ですかな、これは」
「シルフィラとは、あの劣等エルフのシルフィラですか?」
「そのシルフィラから届いたものだ」
それは、第八階層からの退去状だった。
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