第42話 お客の反応
Side とある親子連れ
本物のファンタジーを体験できると、動画サイトで宣伝動画を流していたが、俺は来る気はなかった。
漫画やアニメじゃあるまいし、現実にファンタジーのような世界があるわけがない。
そんなことをいい大人が信じていようものなら、中二病扱いされて痛い人として距離を置かれて終わりだ。
職場でも家庭でもな……。
だが、今回は妻と二人の娘がノリノリでここ、ファンタジーダンジョンパークに来たがった。何でも、朝の情報番組で見た猫獣人の女の子とお友達になりたいらしい。
俺もあの番組は見たが、確かにあそこで紹介された猫獣人の女の子は可愛かった。
だが、あれは特殊メイクだという検証動画が流れていた。
それも、いくつも動画サイトで流されていて、俺もそんなものだろうなと思う。
だが、そんな現実を娘たちに突きつけるわけにはいかない。
いまだにサンタクロースはいると信じている、五歳と四歳の娘たちには。
朝から並んで、オープン式典を見て冒険者ギルドカードを受け取れるまで四時間近くかかってしまった。
これは、登録カウンターが少なかったせいだろう。
こんなに客が来ると分かっているなら、受付カウンターをもっと増やしておくべきだろうに……。
「パパ、お腹空いた~」
「ん~、もうお昼だからな。中に入ったらレストランを探すか」
「あら、このパンフに載ってないの?」
「それが、ほとんど注意事項ばかりなんだ。
中の町にどんな店があるとか、載ってないんだよ」
登録カウンターで、美人の受付からもらった小冊子は、ギルドカードに関する注意事項にパーク内の注意事項、そして魔法に関する注意事項などなど。
すべて、そんな『注意事項』しか書かれてなかった。
しょうがないから、自分たちで探すしかないなと妻と話していると、四歳の娘がトイレに行きたいと言う。
「パパ、トイレ~」
「え、トイレ? え~と……」
入り口ゲートを抜けると、町へと通じる大きな門が見えた。
しかし、トイレはどこにもない。
「あのうすみません、トイレはどこにありますか?」
俺たち親子と同じように、大きな門へ歩いている人に声をかけた。
その人は背広を着たおじさんで、俺よりも年上に見える。
「え? トイレですか?
えっと、そこの大きな門を潜ってすぐの所にありますよ」
「そうなんですね、ありがとうございます」
トイレの場所を教えてもらい、お礼を言ってすぐにみんなでトイレを目指す。
大きな門を潜ると、あのおじさんが教えてくれた通りに右側に公衆トイレがあった。
俺たち親子はすぐにトイレへ入り、用を済ます。
娘はギリギリ間に合い、妻ともう一人の娘もついでとばかり用を済ませた。
「パパは、トイレ行かなくていいの?」
「ああ、俺はまだ丈夫だ。
それよりも、飯の食える店を探そうぜ」
こうして、俺たちは最初の町と呼ばれる場所で食堂を探す。
食堂を探して五分が経過して、我慢ができなくなりトイレの近くにあった店に入った。
白い二階建ての建物で、暖簾がかかっていたから食い物屋なのは間違いない。
「いらっしゃい」
「「いらっしゃいませ~」」
暖簾を潜って引き戸の扉を開けると、店員の明るい声が聞こえた。
席は何人か入っていて埋まっていたが、まだまだ余裕で座れるみたいだ。
「四名様でよろしいですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ~」
そう店員に言われ、奥の席へと案内される。
途中の空いてる席には、予約席というプレートが置かれていた。
予約を取ってくる人がいるのか、と、珍しいものを見た気がした。
席に案内され、メニューを置いて店員さんは去っていった。
「お腹、ペコペコ~」
「ママ、何にする?」
「私は、スパゲッティにしようかな…」
「じゃあ、私も、私も」
「パパは何にする?」
「俺は、米が食べたいから、ここはオムライスにするか」
「じゃあ私は、ハンバーグ!」
「あ~、お姉ちゃんずるい。パパ、私もハンバーグにする~」
ママと同じ、スパゲッティにするって言ってたろ?
ママの顔を見ると、苦笑をしている。
「じゃあ、ママはスパゲッティでなーちゃんとふーちゃんはハンバーグ。
でパパはオムライスね?」
「ああ、それで注文お願い」
「分かったわ」
そう言うと、妻はテーブルの上にある青いボタンを押した。
ピンポ~ンという音が、厨房の方から聞こえる。
これは、店員さんを呼ぶチャイムだったのか。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりになりましたか?」
「はい、ミートスパゲッティを一つと、お子様用ハンバーグを二つ、オムライスを一つでお願いします」
「はい、ミートスパゲッティにお子様用ハンバーグを二つとオムライスですね。
少々お待ちください」
そう言って、店員さんは俺たちのテーブルを離れて、厨房へ注文を伝えに行った。
その後、注文した品物が俺たちのテーブルに届いたのだが、俺たちの知っている料理とは見た目が違った。
まずスパゲッティは、かかっているミートが白かったし、ハンバーグはハンバーグで茶色い、まるで揚げ物の色だった。
そして俺の注文したオムライスは、赤い卵?で包まれ、中はチキンライスではなくチャーハンのような色だ。
これには家族全員困惑したが、周りを見ても料理が間違っているような様子がない。ここはファンタジーの世界、これがもしかしてここのスパゲッティでありハンバーグであり、オムライスなのかもしれない。
俺は家族が見守る中、オムライスを一口すくい上げると口の中へ入れた。
恐る恐る口を動かすと、普段食べているオムライスよりおいしいオムライスの味わいが口に広がる。
「美味い!」
「え? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。見た目に騙されないで食べてみろ、すごく美味しいぞ!」
「……それじゃあ」
妻がスパゲッティの面をフォークに絡めると、覚悟を決めて口の中へ入れる。
そして、ゆっくりと噛んでいくと……。
「何これ! 美味しい!」
「な? ハンバーグはどうだ?」
「すっごく美味しい! いつも食べに行ってるレストランより美味しい!」
いつも? どうやら、妻はママ会とかいう集まりで食事会をするらしい。
その時、レストランで食べる料理よりもこの店の料理の方が美味しいらしい。
うちの娘のなーちゃんもふーちゃんも、お気に入りとしたようだ。
「さて、どこに行こうか?」
「パパ、食べたばかりだから座れるところがいいな」
「座れるところか……」
俺は店を出て、通りを少し歩くとベンチを発見した。
あそこのベンチに座ろうと、提案し家族でベンチに座った。
はぁ~、大きな門から町に入って、俺たちはまだその大きな門の近くをウロウロしているだけだった。
町の散策は、なかなか進まない。
「なあ、宿は大丈夫か?」
「予約済みよ。確か……」
妻は、懐からスマホを取り出し電源を入れると、予約した宿を確認していく。
昨日のオープン前から、宿の予約が開始され、妻が宿の予約を入れたそうだ。
『良い宿取れたから』
とか言われ、今日ここに来ることが決まったのだ。
「予約した宿はここよ。名前は、『雛鳥亭』だって」
「あ、雛鳥亭だったらここですよ」
「「え?」」
ベンチに座って宿を確認して宿の名前を言ったら、背中から声をかけてきた。
そして振り返ると、メイド姿の女性が笑顔で出迎えてくれた。
こうして、俺たち家族のファンタジー体験が始まった……。
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