第4話 学校で考えた結果



俺にとって、十年ぶりとなる朝の食卓。

そこには、召喚前と変わらない両親と妹の姿があった。母親と妹が喋り、父親がテレビを見ながら箸をおかずに伸ばす。


その光景を見ていると、再び涙が出てきそうだった。

しかし、さっき妹に『キモイ』と言われたばかりだから、ここはグッと我慢我慢。


「それ、本当? 颯太が泣いていたって」

「本当だよ、お母さん。 お兄ちゃん、私の顔をじっと見て泣き出すんだもん。

キモイを通り越して、怖いよ~」


……誤魔化せてはいなかったか。

さっきから、キモイキモイと五月蠅いのが俺の妹、五十嵐麗奈。

現在中学三年で、高校受験のための勉強に忙しいはずの十五歳。受験勉強で苦労した俺と違って、頭の出来がよく勉強は余裕をもってしているらしいと母が言っていた。


俺の高校の優等生と言われる人たちも、こんな感じに余裕があったな……。


兄の俺から見て、容姿はなかなかだと思うが告白をされたとか彼氏がいるとか、色恋の話は聞いたことがない。

たぶん、今は興味がないのだろう……。


妹の話を笑いながら聞いているのが、俺の母親で五十嵐今日子。三十七歳だ。

主婦の顔の他に、投資家の顔を持っている。結婚前の大学生の頃から始めた株投資は、現在億を超えているとかいないとか。

父曰く、生活費から何から母と結婚して、お金に困ったことはなかったそうだ。


父が今の洋食屋の店を出すときも、母が一括ですべて援助してくれたらしく、その時から完全に尻に敷かれている。

その父が、五十嵐太郎。三十八歳。

母とは幼馴染の関係だったらしく、今は洋食屋の店長をしている。


料理が得意で、特に父親の作る唐揚げは、テレビで紹介されたこともあるほど美味いのだが、今では厨房に立つことはまれで、弟子の三人に厨房を任せているとか。


「で、颯太。泣いたのか?」

「………」


テレビを見ていたはずの父が、母と妹の会話を聞いて俺の方を向くと質問してきた。俺は、その父の質問に顔を背けて何も言わなかった。

その俺の行動に、母と妹はニヤニヤしているし、父はため息を吐いた。


「颯太、何があったか知らんが麗奈を見て泣くとは……」

「ごめん父さん、登校の時間だからもう行くよ」


顔を背けた先にあった時計を見て、七時を過ぎていることに気づいた俺は、父との会話を切り上げて高校に行く準備に取りかかる。

朝食で使った食器を流しに持っていき、自分の部屋に鞄を取りに行く。


その後はトイレを済ませ、歯磨きなど身だしなみを整えた後、玄関で靴を履き出発する。いつもこんな感じだった。

だが、今日は異世界召喚された日だ。

あの日と同じ時間の通学の電車に乗れば、もしかしてもう一度……。


「……いや、まさかな」

「何? お兄ちゃん」


いつの間にか、玄関で俺の隣に座り靴を履いている妹が笑顔で声をかけてくる。

俺は、早々異世界召喚なんてあるわけないと軽く頭を振って妹に答えた。


「いや、何でもない」

「そう?」


靴を履き終わると、俺と妹の麗奈は立ち上がって「いってきます!」と家の中に向かって挨拶すると玄関扉を開けた。

そういえば、異世界召喚された日の朝も、妹と一緒に玄関を出たなと少し不安になってしまった……。




▽    ▽    ▽




俺の目の前には、異世界ではなく俺の通う高校の正門が見えている。


ついうっかり、召喚された時と同じ時間の電車に乗るも何事もなく目的の駅に着き、通っている高校の正門までたどり着いた。

……俺は今、少し混乱している。


あの異世界召喚は、全部夢だったのか?

でも、俺の感覚はあの出来事は実際に俺の身に起きたことだとうったえている。召喚後の聖王国の連中の態度も、ダンジョンコアの手術の時の感覚も、ダンジョンでの日々も、すべて本当にあったことだと……。



ぐるぐると同じ事ばかり考えながら自分の教室の前まで来ると、いきなり後ろから誰かに背中を叩かれた。


「よっ! おはよう颯太!」

「……ああ、凛か。 おはよう」


俺の背中を叩いてあいさつしたのは、大内凛、中学時代からの友達だ。

凛とは、彼氏彼女の関係になることなく、ずっと友達関係を続けている。もちろん、異性としても意識しているけど、何故か凛とは恋愛関係にならない気がしている。


「どうしたの? 困ったことがあるなら、私が相談にのるよ?」

「ああ、そうだな……」


こんな感じで、いつも困った時は相談にのっていてくれたからか、いつの間にか凛に対する恋愛感情はなくなっていった気がする……。


「それで、教室に入らないの?」

「いや、今から入る所だったんだよ」

「なら、早く入ろう」


そう言って、先に教室に入っていく。

俺も、凛に続き教室に入ったが、室内を見渡してあることに気づいた。

そう、俺の席はどこだったかということだ。

だが、こういうことって異世界帰りあるあるなのだろう、解決策もすぐに思いつく。


「なあ凛、俺の席ってどこだっけ?」

「……窓際の、前から三番目でしょ?

まだ寝ボケているの? しっかり目を覚ましなさい!」

「ごめんごめん」


そう言って、俺は誤魔化しながら自分の席に座ると後ろの席に凛が座る。

肩掛けしていた鞄を外し、机の横にある引っ掛けに掛けると、目を瞑って腕を組み考え始める。


電車に乗った時、知っている人の顔を見かけたのだ。

というか、ほとんどが一緒に異世界召喚された人たちだったのだが、向こうは俺を見ても他人としか思っていないようだった。


中には、異世界で聖王国に戦場に送られ死んだとされた人たちもいた。

また、何度か向こうで話したこともある顔も見かけた。

それに相沢美咲さんも見かけたし、新城奏の顔も見えたが、俺のいた場所と離れていたため話しかけることができなかった。


でも、他の人たちの反応を見るに、話しかけたとしても、向こうは俺のことをナンパしてきた高校生としか見ていなかったのかもしれない。

あの異世界での関係は、無かったことになっているのだろうか?


それとも、パラレルワールドみたいな召喚されなかった世界とでも言うのだろうか?

いくら考えても、よくわからなくなってきた。


ならば、一番手っ取り早い方法を試すしかないのだが……。

だがこの方法は、ラノベや漫画の中の主人公たちが、少し恥ずかしがりながらやっていたことだ。それを、いざ自分がやることになると、やっぱり恥ずかしいものだ。


そう、あの例の言葉だ。


だが、今は朝のホームルームの時間。目を開けると、いつの間にか教室に担任がやってきていて今日の連絡を喋っていた。

例の言葉を言って、もし、もしも、本当に変なものが出現したら驚いてしまうし、声を出してしまうだろう。なので、ここは放課後まで待つのが正しい判断だ。


……そういえば、凛とも十年ぶりのはずなのに涙は出なかったな。

家族と友達は違うということなのだろうか?






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