第2話 狙うものと逃げるもの
レストゥール聖王国の王都ストールでは、帝国をはじめとした同盟国の兵士たちと聖王国の兵士たちの戦いが繰り広げられていた。
王のいる城に続く、第一、第二、第三の城門はすでに破壊され、閉じることができなくなっている。
火をかけられ、燃え盛る数々の建物に、放置された両兵士や逃げ遅れた人々の死体。
範囲魔法はあえて使わず、同盟国兵士たちは城を目指す。
その攻めてくる兵士たちを、何とか足止めしようとする聖王国兵士たち。
どの兵士たちの顔も、敵を止めようと必死だ。
そんな地獄ともいえる戦場の王都から、着の身着のまま逃げ延びた人々に紛れて、フードで顔を隠した五人が平民の使う馬車でゆっくり同じ方向へ進んでいた。
「……コブラン、このまま進んで逃げれますの?」
「姫様、この先にあるダンジョンは異世界人が作りしダンジョン。
契約の呪いのおかげで、我々聖王国の命令には逆らいません。このままダンジョンに逃げて、再起を図りましょう」
マントで隠しているとはいえ、時々見える豪華なスカートをはいているのは、聖王国の第二王女シャリア。
その他に、第一王妃と第二王妃。
その第二王妃の抱いている、まだ二歳になったばかりの第三王子。
そして、異世界人召喚を指揮し、ダンジョンコアを魔力の無い異世界人へ埋め込むという説を推奨した、宮廷魔術師筆頭のコブランだ。
「し、しかし、コブラン。 城に残った陛下が討たれでもしたら……」
「その時は、西の伯爵領に逃れた第一王子様と第二王子様、南に逃れた第一王女様と第三王女様がそれぞれ、貴族たちをまとめて立ち上がるはず。
それに、トゥレヤ様に抱かれているアーブル第三王子様もいます。
新たなるレストゥール聖王国国王候補が、三人もおられるのです。我らは、ダンジョンを利用して聖王国を取り返しましょう!」
力強く力説するコブラン、その言葉を聞き第二王女シャリアは黙った。
また、コブランの言葉にトゥレヤ第二王妃は、自分の腕に抱かれた幼いアーブル第三王子を、少しだけ強く抱きしめる。
この幼い我が子に、聖王国の未来が託されるかもしれない重圧を感じて……。
しばらくして、コブランはゆっくり進む馬車の幌の間から外の様子をうかがった。
馬車の周りは、相変わらず平民たちが暗い顔をしながら歩いている。王都が戦場となる。ここにいるほとんどの者が、信じられなかっただろう。
(……やはり、帝国の動きが早すぎたな。
召喚した異世界人たちが、使えなかったというより、陛下が大陸統一を掲げて進軍を始めてから、わずか二か月で周りの国がまとまってしまった)
コブランは、開戦した頃のことを思い出しながら考える。
聖王国が開戦してから、わずか二か月で帝国を中心に同盟が成立し、聖王国に対して宣戦布告してきた。
(しかも、帝国の兵士たち自身の強さもさることながら、戦場に姿を現した帝国の人造ゴーレム、アレが戦局を一気に覆してしまった。
……それからは、連戦連敗。
聖王国も、帝国の人造ゴーレムの研究を行ったが戦いは待ってくれない。
そこで、ダンジョンを利用し魔物のゴーレムを、人造ゴーレムと称して戦場へ投入。
これで、引き分けることが多くなり、戦況は一進一退となった)
全長五メートルほどの、全身鋼の鎧で覆われた帝国の人造ゴーレム。
戦い方は主に、モーニングスターを使用した攻撃、タワーシールドで防御し後方の帝国兵を含む同盟軍兵士を守りながら進軍していた。
近接戦闘しかできないくせに、防御が固くシールドに守られた兵士や魔術師たちの魔法が厄介だった。
聖王国側のダンジョン産ゴーレムは、全長五メートルから九メートルとバラバラ。
また、鎧などは装備しておらず、まさに魔物のゴーレムそのものの姿をしていた。
しかし、戦闘力はさすが魔物のゴーレム。
コアを壊さない限り、何度でもよみがえることで同盟軍兵士たちを困惑させていた。
それに、数も多かったため替えが効いたのが良かった。
が、弱点もある。
(魔物のゴーレムは、鈍かった。
あの鈍ささえどうにかなっていれば、今頃は……)
その時、馬が嘶き、馬車が急停止する。
そのため、コブランたちは馬車の中で大きく体が揺さぶられ床に叩きつけられた。
そして、痛みを訴える前に外から大声が響く。
『止まれっ!! 我々はグラスドール帝国第十八遊撃隊の兵士だ!
今、王都より逃亡した王族や貴族を探している! 馬車の中を改めさせてもらう!』
その声に、馬車の中のコブランは王妃たちを見る。
第一王妃のソルフィーナ様と、第二王妃のトゥレヤ様、そして、第二王女のシャリア様がお互いを見ながら固まっていると、先ほどの揺れで体のどこかをぶつけたアーブル第三王子が大声で泣き始めた。
(ま、まずい!)
すぐにコブランが、魔法で眠らせようとするよりも早く幌が捲られる。
王妃たちは、見つかったと覚悟を決めるものの帝国兵士の叫びに驚いた。
「見つけたぞ! 聖王国宮廷魔術師筆頭コブラン!」
「クッ!」
帝国兵士が幌をめくった時、ちょうど王妃たちは帝国兵士の死角にいたため、コブランだけが発見された。しかも運の悪いことに、コブランは最重要捕縛対象として帝国から手配書が出されていた。
そのことを知ってか知らずか、コブランはすぐに馬車を飛び降り走り出した。
馬車から逃げ出したコブランを遊撃隊の兵士たち全員が追いかけていく。
馬車に残された王妃たちは、これはどういうことかと考えるが、チャンスとばかりに御者に声をかけて馬車を出発させた。
「クルド! 今のうちに!!」
「は、はい!」
御者のクルドは、第一王妃のソルフィーナの声に反応し馬に鞭を入れて歩かせる。
そして馬車は、逃げたコブランと追いかける帝国兵士を横目に、ダンジョンへ向かったのだった……。
一方、逃げたコブランは足に矢を受け、街道からかなり離れた草原にいた。
「く、足が……」
「観念しろっ!コブラン!
貴様は生きたまま、捕縛するよう命令が出ている!」
左足の太ももに刺さったままの矢をそのままに、コブランは自身を見下ろす帝国兵たちを睨んでいた。
帝国の狙いは、おそらく『勇者召喚』の研究だろう。
コブランたち代々の宮廷魔導士たちが研究してきた『勇者召喚陣』の謎。
それを解き明かすことで、今回のような勇者ではない異世界人の召喚も可能となった。しかし、一つだけ今までの研究で分からないことがあった。
それは、召喚した術師の死とともに召喚した異世界人たちが元の世界へ送還されてしまう謎だ。
この謎さえ解き明かすことができれば、召喚だけを行う召喚陣も構築することができるはずなのだが……。
「殺すなよ! 生きたまま、捕らえるんだっ!!」
「「「ハッ!」」」
コブランに、帝国兵士たちがゆっくり近づいてくる。
(このままでは、捕らえられて帝国の思うままだ!
勇者召喚陣は、聖王国のために使わなければならない! そのために、初代聖女様を犠牲にして……)
「……帝国の思い通りになどっ!!」
そう叫ぶと、コブランはマントに隠していた円錐状の魔石を取り出し、自身の胸に刺した!すると、魔石が光輝き轟音とともに大爆発したのだ。
「!!!」
爆発の煙が晴れると、そこにはコブランの黒焦げた下半身と広範囲を草原から土の地面に変えた爆発の後だけが残されていた。
幸い、帝国兵士たちは爆風で飛ばされただけで、命に関わる怪我はなかった。
「自爆するとはな……。
おい! コブランの馬車を調べに戻るぞ!」
「は、はいっ!」
帝国遊撃隊隊長は、コブランの下半身をそのままに、吹き飛ばされただけの兵士たちに檄を飛ばし馬車があるはずの場所まで戻っていく……。
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