四話、されど日は登る

 鳥が空をび、小さく鳴き声が聞こえてくる。

 白んでいた空は青く染まり始め、温かい光がエルラインへとまれている。

 その下で、アルスは井戸いどから水をみ上げていた。


 「――よし」


 まくげたすそをそのままに、水を手元のおけに移していく。

 普段ふだんよりも多く。


 一晩が過ぎ、いまだ迷う点は多くともある程度の整理がアルスは出来できていた。

 少女が目覚める可能性もある。

 推測でも昨日きのうの夜何も食べていないのであれば腹は空きのどかわいていることだろう。場合によってはかすれて声が出せない可能性もある。

 

 (まぁ最悪お昼に回せばいいし)


 朝食となる麺麭ぱん先程さきほど買い物を済ませてきた。冷めてはいるかもしれないが出来でき立てであり、はさまれた野菜や肉類も相まって味はしっかりとしているだろう。

 アルスのここ最近の主食である。もはや店員にさりげなく顔を覚えられているぐらいには食べていた。味に関しては申し分ない。

 問題は推定でも自身よりも幼い少女が食べきれるかどうかであるが、残った場合は量によって考えればいい。何も食べないよりははるかにましだ。

 

 「さて、おはよう」


 部屋へやに入りおけを置く。ささやくような朝の挨拶あいさつに対して、返事はない。

 アルスの記憶きおくの限りでは、やはり少女はいまだ目覚めていない。てくれた人の言葉もあるため、そう簡単に起きないであろうことも想定済みだ。


 おけの水を水筒さいとうに移し麺麭ぱんの包みを開ける。

 作られてぐの焼かれた小麦のにおいが鼻に届いた。下手へたをすれば茶色一色の見た目だが、はさまれた野菜の緑がいろどりを加えてくれている。


 「頂きます」


 目を閉じていのりをささげ、ぐに麺麭ぱんかじいた。

 口腔こうくう間違まちがいない美味おいしさが支配し、年頃としごろ手伝てつだって目がない肉の旨味うまみ堪能たんのうしつつ、歯ごたえの良い野菜をみちぎる。


 「美味おいしい……」


 あっという間に、手元の朝食はなくなってしまった。

 このために朝早く起きてまで麺麭ぱん屋に通っているかいがあると、そのたびにアルスは実感している。


 そのまま支度したくを済ませ、一応手拭てぬぐいを水に湿しめらせいつでもけるように準備しておく。

 見知らぬ少女の看病をすることになろうとも、依頼いらいで想定外の事態におちいろうとも、《エルライン王国》は変わりなくにぎやかだ。

 それにならって、早めに次の依頼いらいまでに足りないものを補充ほじゅうしなければならない。

 特に武器を。


 「早く起きれると良いね」


 それはまぎれもないアルスの本音だった。

 村であれば周囲に可愛かわいがられている年齢ねんれいであろう。怪我けがをしている様子は気分の良いものじゃない。

 

 目覚める事を願い、部屋へやとびらを閉めた。


   ⚔


 大通りの一角の、中でもはじに位置する場所に武器屋がある。

 と言ってもなり立ての冒険者ぼうけんしゃを対象にした、初心者用の直剣ちょっけんやりを売っている場所だ。となりには防具屋。

 近くに冒険者ぼうけんしゃ協会があるため、ここ一帯で何でもそろえるようにしたのだろう。金を循環じゅんかんさせるために。


(いやそれは邪推じゃすいだけどさ)


 曲がりなりにも命を預ける大切な武器。つかの相棒と呼んでも良い。

 どうしても真剣しんけんにならざるを得ない。

 うでを組み視線をめぐらせ、そして値札を見て思案する。


(あ、これ高い)


 基本的に、こういう初心者用と言うのは同じく鍛冶かじ師見習いなどが造った試作が売られている。

 中には才能があるのか目を見張る物や、いわくつきやちょっとした問題とかで流れてくるものもある。が、まぁ基本的にはそれなりの物がそれなりに売られているだけだ。

 冒険者ぼうけんしゃになってからすすめられて通うようになったが、いまだ正確な目利めききなんて出来できやしない。

 後そんな予算も余裕よゆうもない。


 「金級」や「白銀級」、ましてや「黒金級」であればどれだけ高かろうがそれ相応の収入でもって購入こうにゅうすることが出来できるのであろう。後は貴族や豪商ごうしょう

 まぁ「銅級」冒険者ぼうけんしゃは生活するのに精一杯せいいっぱいで、そんな高級さとはえん所縁ゆかりもない世知辛せちがらい世の中だ。出来できるだけ納得なっとくできるものをねばって探して、それに一喜一憂いっきいちゆうするのも醍醐味だいごみと言えば醍醐味だいごみだが。

 

 「う~~~ん」


 うなるようにしてまゆを寄せる。その心情は分かりやすい。


(前のがこれぐらいだったとはいえ、思ったより早くにつぶしちゃったしなぁ……)


 夜の森にて役目を終えた直剣ちょっけんは、アルスなりに奮発した一りだった。これで「銀級」までは大丈夫だいじょうぶだろうと考えながら手入れをしたのが記憶きおくに新しい。

 冒険者ぼうけんしゃ先輩せんぱいたる人や、同時期に登録した数少ない知り合いにも気分が上がって自慢じまんしていたのもある。

 実際は格上との戦いで酷使こくししてが真っ二つになった上、いまだ位は「銅級」なのだが。


 「くっ」


 思い出してはちょっと切なくなる。手に馴染なじみ始めていたというのに、と。感覚を呼び覚ますようにこぶしにぎるが、勿論もちろんそこに件のつるぎはない。

 それも仕方ない。次の依頼いらいまでに同等の物を用意するか、もしくは一応予備として取っておいた先代を取り出すのかの二択にたくだ。

 しかし先代もそれまで使用していたためにいたんでいるのが事実。出来できれば今回で見つけたいところだった。


 「よう!」


 迷うアルスの背に、低い声が届いた。そして軽い衝撃が響く。

 かえると、アルスよりも一回り以上年上の男性が手をひらひらとっている姿があった。

 いつもの事だ。むしろ衝撃しょうげきが無ければ至高にふけっていたアルスは気付かなかった。

 

 「ホーレンさん」


 ホーレン・スミス。アルスとしては馴染なじみ深いどころではなく、幾度いくどもお世話になっている先輩せんぱい冒険者ぼうけんしゃだった。

 豪快ごうかいで快活な性格と、きたえられた大柄おおがらな肉体を保持し、良く新人の指導役に抜擢ばってきされていたりする。アルスもそのえんで親交があった。


 「お久しぶりです」

 「おう。お前さんが依頼いらいを受けていそがしそうにしてた時以来だからあれだ、もう数週間はつのか。どうした? 武器なら新しいの買ってただろ」

 「…………あー」


 こわれました、と言えばあきれられるのだろうが、それ以外に言う事もない。

 もしかたら大笑いされるかもと想像しつつ、事情を説明する。

 しかしホーレンは思いのほか静かに、あごさすりつつアルスの話を最後まで聞き終えた。


 「ほーう。《ドレスト》で変に魔物まものが殺気立っておそわれたねぇ……道理で歯切れが悪いわけだ。…………まぁ元気そうで良かったじゃないか!」

 「いっ!?」


 拍子抜ひょうしぬけしたように思いつつ一安心したアルスに、すぐさま表情を変えたホーレンは明るく言いながら背をたたいた。身構えていなかったせいで結構な衝撃しょうげきが体にひびく。

 二度目のちょっかい。先輩冒険者せんぱいぼうけんしゃはにやにやとアルスを見下ろしている。

 

 「つつ。まぁその時けん折れちゃいましたので、こうやって新しいのを探してます」


 命あっての物種。冒険者ぼうけんしゃ大抵たいてい命を最優先にして動いている。そう考えれば生き残れただけもうけものというのはよくある考え方だ。

 しかし命を優先するためには生きなければならず、生活のためには結局また同じことをかえす。これもよくある事だと言える。


 「お前さんやりとか使えないもんな!」

 「はは、まぁそうですね。ずっと直けんを使ってますし」


 そして探しているのもまた直けんだ。慣れているから。

 どうして使っているかは、アルスなりに真けんだったとはいえ年相応でホーレンたちにだって過去に笑われた経験がある。


 「それよりホーレンさんはまたどうして? 今日きょうは休みじゃないんですか」

 「ん?」

 

 服装を見れば、休日によくているような動きやすさを重視した格好だ。

 冒険者ぼうけんしゃ業務はお休みなのだろう。


 「はっはっは。ちょっと色々と見て回りたくてな!」

 「…………ああ。おくさんに言いつけますよ」

 「それは困るな、じゃっ」


 あせったように小走りで去って行った。取り合えず姿をくらませるつもりだろうか。

 無類の、と言わないまでもいつもの悪癖あくへきだ。『綺麗きれいな女性を探すのは男のたしなみさ』とはホーレンの談。

 怒髪冠どはつかんむりくような様相のホーレンのおくさんを想像して、アルスは身震みぶるいした。よくりないものだと。


 (本当は手を出す気もないだろうになぁ……)


 ちゃらんぽらんな様に見えて、ちゃんと大事な場面では誠実であれる人だ。アルスの二年の経験がそう言っている。

 かれなりの周囲とのかかわりかたなのだろう。ただお酒が飲みたかったり、ただ馬鹿騒ばかさわぎのような事をしてさわぎたかったり。到底とうていアルスには真似まねできない物だと、尊敬までは難しくても理解は示していた。


 勿論もちろん格好かっこうつけてお酒を飲もうとしたホーレンにかみなりが落ちたのは言うまでもないだろう。そしてきっと今日きょうも。

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