三話、ぼろぼろの少女

 《エルライン王国》。真人種しんじんしゅの先祖が建国した、この大陸でも有数の国。

 堅固けんこな石造りの城壁じょうへきは、その中にいるたみたちを守りおそかる脅威きょういかえす。何百年もの間、この地にそびえ立ってきた実績がある。

 加えて城壁じょうへきを一周するように流れる水の流れ。人工的に作られこの国の水を支えながら、敵の進行を寄せ付けぬ仕掛しかけに一躍いちやく買っていた。

 間違まちがいなく、真人種しんじんしゅの国の中で最大の規模と年月をほこ偉大いだいな国であろう。


 その国の中でもおそらく三番目に大きいであろう大通りを、一人ひとり冒険者ぼうけんしゃが小さなふくろかかえ歩いていた。


 「報酬ほうしゅうはこれだけ、かぁ。まぁかばんを森に置いてきちゃったし、仕方ないよな~。……また遠のいちゃったなぁ……」


 ため息をくように、むように独り言をつぶやいている。おそらく心からの声だろう。


 明るめの薄茶色うすちゃいろの髪に、同色のひとみ

 年若く血色の良い顔には、渋面じゅうめんを張り付けた様に眉間みけんしわ出来できていた。

 現在約活動歴二年の真人種しんじんしゅ冒険者ぼうけんしゃだ。名前を、アルス・リーン。


 「あああッ! 新しくけんを買わなきゃいけないし、どう考えても損失の方が大きいっ!」


 頭をかかえるように、小声でさけぶという芸当をして見せる。

 一日前、アルスは《ドレスト》という場所でけんを折り、かばんを置いてくるという経験をしていた。折れたけん魔物まものに放り投げている。

 つまりほとんどを森に捨てて帰ってきたようなものなのだ。

 

 かばんに関しては予備があるが、一応主武器として使っていたけんは代わりを探さなければいけない。まずもってまともに魔物まものと戦えず、とすれば討伐とうばつ系の依頼いらいを受けれない。

 それは依頼いらいで生活費をまかなっているアルスにしてみれば間違まちがいなく死活問題。早めに対処しなければ故郷に帰ることになる。それはどうしてもけたい。


 「っと」

 「ん? すまない」

 「ああ、いえ。こちらこそすみません」


 武器屋はどこが良かったっけ。ああ光びんも買っておかなきゃ。いやかばんを回収すればなんとか……? と。

 この先の出費におびえながらも必要な物をどこで買い足すか考えることに集中していたアルスは、わずかに注意をらしていた。

 おそらく男性らしき人と衝突しょうとつ咄嗟とっさたおれないように気を付け、謝罪。


 「今はそれどころじゃない、か」


 え、森に行く際に利用していた馬車へともどるため歩く。

 ちょっとした厄介やっかいごとのため、先にギルドに行き換金かんきんを済ませてきたのだ。むしろこちらの方が頭をなやませる大きな原因になるだろう。

 なにせ――。


 「よお坊主ぼうず。災難だったな。次はちょっとおまけしてやるよ」

 「あはは。ありがとうございます。次もよろしくお願いしますね」


 顔見知りの馬車の主に許可を取り、中へと入る。

 荷物は本当にわずか。それもほとんど換金かんきんしてしまった。だから要件は一つだけ。


 「……」


 一応持っていた衣服をけさせているが、それでもあまり見ていて気分のいい状態じゃない。

 アルスは顔をゆがめ、一人ひとりの人に近づいていく。

 ねむっているのか、それとも意識を失っているのか。変わらず小さな少女はゆかたおれている。

 アルスが森の中で見つけ、なんとか助け出す事に成功した少女だった。


(一応応急処置はしたけど、目を覚まさない。体も洗うべきだし、服だって。目を覚ましてくれない事にはどうしようもないけどさ)


 困ったように頭をく。

 アルスの出来でき範囲はんいで所持品などは調べたが、何も分からないという結論にしかならなかった。

 というより、冒険者ぼうけんしゃとしてはおかしいのだ。武器も持ってない。あかしもなく、仲間もいない。森近くの冒険者ぼうけんしゃたち専用の天幕を訪ねても少女を知る人がだれもいない。

 ということは一般人いっぱんじん。そう考えても身の着そのままで森にはいむなんて自殺志願者だ。そうじゃなくても何かしらの事情があるのだろう。


 もしそれが複雑な家庭環境かんきょうなどであればアルスにはお手上げだ。

 冒険者ぼうけんしゃであり、ちょっとしたすきあかしを無くした新人でいてしいと心から思う。

 そして仲間とは不慮ふりょの事故ではなばなれになっているだけで、ちゃんと相手も少女を探しているとなお良し。


 「取り合えずちゃんと治療ちりょうしておかないと。多分たのめば見た目もどうにかしてくれるはずだ」


 邪念じゃねんを自分から遠ざけ、少女の回復を優先する。

 昨日きのうは色々と足りないものが多く、だからこそ朝早くに馬車に乗り帰ってたのだ。


 協会から少しはなれた場所に、大きめの治療施設ちりょうしせつがある。

 王国の、加えて協会の近くという事もあり大抵たいてい冒険者ぼうけんしゃがお世話になっている施設しせつだ。

 アルスもこの二年の内に何度か利用させてもらっている、個人的にも信頼しんらいできる場所。そこであれば、おそらく。


 「もう少しの辛抱しんぼうだ。勝手かってれるけど、ごめんね」


 なるべく負担がないように、細心の注意をはらい少女を背中に背負う。

 ただでさえ助ける時は状況じょうきょうゆえ手荒てあらになり、もしかしたら走った振動しんどうがけからの落下で状態を悪化させているかもしれないのだ。これ以上負担はかけられない。

 そのまま馬車を出て、無理ない範囲はんいでの速足で施設しせつへと急ぐ。

 

 時間がち、通りを歩く人も増えてきている。

 冒険者ぼうけんしゃが集まる協会があるということで、割と荒事あらごとの後の冒険者ぼうけんしゃを道行く人は見慣れている。

 それでも見世物みたいに遠くから見られるのはだれだってさけけたいものだ。

 出来できればだれにも見られることなく辿たどきたい。


(ついでに身分が分かってくれるとなぁ)


 一度乗った船の様なもの。

 ここまでくれば、出来できる限りの手助けをしたいとアルスは考える。

 知り合いがいてくれれば、事情を説明し保護してもらう事だって可能なのだ。


 少女のこの先の事をうれいつつ、通りを歩いた。


 ――そして。


 「一部傷が深いのと、負傷箇所かしょが全体におよんでいます。出来できる限りの治療ちりょうをしましたが、しばらく絶対安静にしておいてください。可能であれば横にかせ、数日の間の看病をしてあげてくださいね」

 「……分かりました。ありがとうございます」


 代金をはらい、施設しせつを後にする。

 いまだ名前の分からない少女を背中に背負いながら、アルスは途方とほうに暮れるように空を見上げた。

 青空はかき消え、代わりに小さな光が点々と空をいろどる。すでに時刻は夜になっていた。


 「考えることが多すぎる」


 勘弁かんべんしてほしい、と。これまた心の底からのさけびの様にこぼれる。

 治療ちりょうを済ませ、取り合えず命に別状はない事が判明した。安静にしていれば大丈夫だいじょうぶだと。どうやら極度の疲弊ひへいによって意識を失っているらしい。

 一安心だが、事態はそれだけじゃない。

 大きく見ても、いくつかの問題がおもかぶ。


 第一、少女を知る者がだれもいない。

 空き時間に冒険者ぼうけんしゃ協会を訪ねて特徴とくちょうを話しても、見たことも聞いたことも、ましてや新人の冒険者ぼうけんしゃにはいないと言われた。

 つまり冒険者ぼうけんしゃではない一般人いっぱんじんの可能性が高い。そして知り合いには出会わない。

 これではだれたよれないのだ。


 第二、いまだ目を覚まさない。

 治療ちりょう中も、目を覚ます兆候どころか反応の一つもなかったらしい。だから名前すら分からず、家がどこかも判明していない。

 このままでは自分の宿に連れて行くしかなくなってしまう。

 加えて安静と言うことは、短くても数日少女が自分の部屋へやにいることになってしまう。


 第三、少女の容姿。

 よごれを落として、衣服は取り合えず病院の物を貸してもらっている。朝と印象がまるでちがう。特に耳が大きな問題だ。

 真人種しんじんしゅよりも圧倒的あっとうてきに長く、おそらく全種族中一番ではないだろうか。少女は、森人種もりびとしゅという種族だった。

 森人種もりびとしゅの知り合いなどアルスには一人ひとりもいない。まずもって「中立国」ならともかくこんなところにいる森人種もりびとしゅなど数えるほどしかいないはずだ。


 そして最後、この先の事。

 アルス自身の事情もある。そして少女が目覚めた時、知らない部屋へやに見知らぬアルス上手うまく場をまとめる自信などアルスには皆無かいむ

 そして年齢的ねんれいてきには少女はそこまでアルスとはなれていないはずだ。こんな小さな少女が森にいた理由が分からない。

 つまりこの先が想定できないのだ。


 「本当に、困ったなぁ……」


 一応どうしようもないため、止まっている宿へとアルスは足を動かしている。

 しかしなまりかの様に、その速度はおそい。

 

 (こんな時、どうするんだろう――)

 「いや、考えても仕方ないか。取り合えず今日きょうはもうおそい。一度寝て、それから考えた方が良いのかもしれないし」


 思考放棄ほうき、ではなく。

 どちらにしろ目先のやることは決まっている。情報をまとめるために時間は必要だった。

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