五話、翠髪の少女

 それからも視察は続き、手にとってはつかの使用感を確かめたりするどさを確認かくにんしたりと時間が過ぎて行った。

 徐々じょじょに通りの活気が大きくにぎやかになっていく。日も真上に位置し、お昼時だった。

 ここ一帯も人通りが多くなってきている。


 (ちょっと休憩きゅうけいしようかな)


 結局納得なっとくする物が見つからずに部屋へやに帰ることにした。

 通りをはなれ帰路を歩き、ついでに中にあるお店で腹を満たせる物を買っていく。一応二人分ふたりぶん


 「ただい――」


 ま。とは続かなかった。

 金具の音を立て扉を開いた先を見て、アルスは石の様に固まった。その手から、ふくろが落ちる。

 ふくろが足にぶつかったことで、意識を取りもどした。


 アルスの視線の先、硝子窓がらすまどからむ光に照らされた少女がいた。

 姿は朝と変わらず、ただ横から起きただけ。だというのに意識があるというだけでこんなにも印象が変わってくる。

 幼いとしか思えなかった外見に、不思議と大人おとなびたようなものがあった。それはひとみの底か、それとも表情があるからか。


 「お――はよう。それともこんにちは? えーっと、初めまして?」


 何はともあれ少女は目覚め、そしてアルスはしどろもどろになる。

 起きる事を望んでいたが、いざそうなればどう接して良いか分からない。少女からすれば知らない部屋へやに知らない人である。


 何より、思ったよりも少女の様子が想像と違った。年不相応化の様な落ち着きがある。


 「はじめ、まして」


 ひどかわいた声音こわねで、かえすようにその少女は口を動かした。

 と、同時にむ。


 「あ、これ! 水!」


 部屋へやに一つしかない机の上、予備の水筒すいとうに入れた水をあわててつかみ少女に差し出す。

 しかし少女は受け取ることはしても飲もうとはしない。

 アルスは疑問に思い、のぞむようにして少女の表情をうかがう。


 (のどかわいているはず。むしろ痛みがあるかもしれない。――飲めない理由がある?)


 考えて、考えて。

 そうしておもかんだいくつかからあり得そうな答えを探す。

 アルスが可能性が高いとんだのは、水が安全かどうかを少女が疑っているという事。

 

 (状況じょうきょう的にも知らない男が差し出した水が何処どこの物で安全かどうかの保障もない。おそらくそれを疑っているはず)


 ふところから自分用の水筒すいとうを取り出し、別段のどかわいてないが口にふくみ少しだけ水を飲む。

 安全をその身で証明するように。


 「口付けた物で悪いけど、ほら」


 そういって自分の水筒すいとうと予備の水筒すいとう交換こうかんし、これ以上何もしないという風にはなれる。

 はなれて、一応目をらしたり別の方を向いたりと動く。……完全に不審者ふしんしゃだ。


 「中に入ってるのは近くの井戸いどんできた水だよ。一応朝のやつだから害はないと思う」


 出来できる限りの配慮はいりょをしつつ、少女が動くのを待つ。

 沈黙ちんもくに背中にあせかんでくるような居心地いごこちの悪さを感じつつ待っていると、どう判断したのかは不明だがアルスの水筒すいとうに口を付け水を飲んでいく。

 相当のど乾燥かんそうしていたのか、水筒すいとうの口が小さいのをもどかしそうにしながらものどを鳴らすようにして少女は水を飲みほした。


 「ぅ……」


 一息つくようにして、少女は下を向いた。


 (さて、どうしたものか)


 意識はある。すぐにとは言わないけど話すことも出来できる。

 聞きたいことは山ほどあるが、状況じょうきょう状況じょうきょうだ。ただまよんだという可能性は捨てきれないが、それ以上の厄介やっかいな事態も考えられる。

 まだ幼い少女だ。きっと心細さもあるだろう。


 「えっと、そうだな」


 迷っては、何を口にしていいのかと逡巡しゅんじゅんする。

 だまっていても状況じょうきょうは変わらない。何とかして少女を知る者なりなんなりを探して家に帰らせないといけない。

 乗りかかった船みたいなもの。ここで放り投げるのは無責任だ。


 「――そうだ。ぼくの名前はアルス。アルス・リーン。君は?」

 「…………リノ」

 「リノちゃんか。じゃあリノちゃん。ここは真人種しんじんしゅの国で、エルライン王国っていうんだ。聞き覚えはあるかな?」


 エルライン王国。ここ一帯では一番土地面積が大きく人が集まる場所。

 近くの村からの出稼でかせぎの人もいる。アルスの故郷だって馬車を使うが数日の距離きょりだ。

 周辺の村出身。もしくはここに住んでいるのなら名前は知っているし安心も出来できるはず。そうじゃなければ事態は不味まずい方に転がるが。


 「……エル、ライン?」


 (っ。そっかー……)


 いやな予感がした。確信に近い様な予感が。


 「分からない?」

 「聞いたことは、ある」

 「! なら」


 けど、どういう国なのかも風景も知らない。

 思い出そうとしても、かすらないのだろうあきらめた様にかぶりをった。

 表情と、おそらくの口ぶり。


 可能性は二つ。

 一つは近くの村出身だけどまだたことがない。この年齢ねんれいなら道中の危険を考えてあり得ない話じゃない。

 二つ目はここ一帯の出身ではないが、何かしらの事情でドレストにいたという事。

 出来できれば一つ目であってしいとアルスは願う。まだ情報が足りない。


 (けど水が安全かどうか疑う事をこの年齢でするかな)


 咄嗟とっさだったのもありそうした。けどこうやって疑うのは警戒心けいかいしんが高いか、そうせざるを得ない事情があるのかのどちらかではないだろうか。

 おもちがいかもしれない。けど可能性としては低い方じゃない。

 頭が勝手にそういう方へとかたむいていく。


 「けど、知らない」

 

 つまり、目の前のリノと名乗る少女はエルライン王国周辺の村出身ではないという事。それなのにドレストの森にいた。傷だらけで。

 隣国りんこくからの道中に不幸な事故があった。という見解も出来できる。おそわれて家族とはぐれた可能性も。

 邪推じゃすいをすれば何かしらの事件に巻き込まれたりしている可能性もある。

 

 (どうしたものか)


 いよいよ明るい未来の可能性が消えていく。

 会話はできた。意識もはっきりとしている。ないなりの知識でなんとか状況じょうきょう把握はあくして対処しようとするが、けれど最善の手をアルスは知らない。全部が全部想像で、現実である保証など一つもない。


 「……」


 水をかかえてうつむく少女が一体何を考えているのか。アルスには見当もつかなかった。

 考えようとする身体は不思議と外を向いていた。の光に照らされたいくつかの屋根と青い空が見える。快活とした外と比べれば、この部屋へやはどこかどんよりとした空気をまとっている気さえしてしまう。

 先ほどの少女と同じようにかぶりをって、アルスはこの先のとりあえずやる事を決めた。時間をかけてもいい。少女の事情を知って知り合いを探そうと。もちろん無理強むりじいせずに。


 「じゃあエルラインの事でも話そうか」


 部屋へやに一つだけ備えられていた背もたれ付きの椅子いすを引っ張り、そこに腰掛こしかける。

 寝台しんだいすわる少女となるべく視線が合うように、話しやすいように気をつけて。そうして話を広げていこうとした。


 アルスが冒険者ぼうけんしゃとして後天的に得た警戒心けいかいしんを、すでに発揮している少女。

 同業者である可能性が高まったと、そう喜ぶにはまだ早いだろう。

 ちらつく厄介やっかい事の気配には、まだ見て見ぬりをした。

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