六話、冒険者仲間

 目覚めたとはいえ、衰弱すいじゃくしきっていたのは事実。リノをしばらくあの部屋へやで休ませるのには変わらない。


 引き続き物資の補給をするために街を歩くアルスは、新たに増えた問題に頭をなやませながらも一安心していた。

 取り合えず意思疎通そつう出来できる。それだけであの時動いて良かったと思えるからだ。ぽつぽつと、基本的にアルスが話し続けてたまに少女が相槌あいづちを打つように言葉を発した。結局のところ、有益になりそうな情報に関しては全くを持って手に入ることはなかったが。

 少女が目覚めた。それだけで一つでも進んでいるのだ。身体が回復すればもしかしたら自分で動き始めるかもしれない。あせる必要はないだろうと。


 「おーい。アルスだよねー?」


 そうやって考えながら歩いていたアルスは、呼び止められた。いまだ年若い少女の声だ。


 「ミア」


 ミア・エイシー。アルスと同じ時期に冒険者ぼうけんしゃとなった顔見知りである。

 その格好は動きやすさを重視しながらも、可憐かれんさや女性らしさを意識させる服装だった。今日きょうは休日という事であろう。

 歩きながらも飲める飲料を手に、空いた片手をりながらミアはアルスへと近づいてくる。


 「聞いたよー。けん折ったんだって?」

 「……それを知っている人は今のところ一人ひとりしかいないはずなんだけど……」

 「うん。ホーレンさんが笑いながら言ってた」

 「ホーレンさん……ッ!」

 

 アルスにとって出来できればつくろいたい事実を暴露ばくろしていった件の男の名を聞き、痛むかのようにアルスは頭をかかえる。


 (今度おくさんにちくってやる)


 同じく、ホーレンの秘密をばらしてやろうとすらおもかんでいた。

 しかしぐに冷静さをもどし、かたを落としたように溜息ためいきいた。


 「まぁ、いいや。そうだよ。ドレストがちょっと様子がおかしくってさ。そっちも数日は気を付けた方が良いと思う」

 「りょーかい。数日はドレストをけて依頼いらいを受けるようにしとく」


 会ったのも何かのえんだと、アルスとミアは世間話と情報の交換こうかんをしながら三番街を歩く。

 太陽は真上を少しえたあたり。丁度一番にぎやかになる時間帯だ。それを示すようににぎやかね喧騒けんそうに包まれながら、時々立ち止まってはアルスは店に立ち寄り、それをミアが茶化す。


 「そういやアルス。そろそろ一人ひとりは厳しいんじゃない?」

 「厳しいも何も、最初から複数人が推奨すいしょうされているけどね……」


 空腹を感じる小腹をふくらませた時、ミアは疑問をアルスに口にした。


 「そう、それだよ。今回だってたまたま無事だったって可能性が高いじゃん? 安全を重視して出来できる限りの対策を練る。それが冒険者ぼうけんしゃでしょ」

 「……」

 

 いわく、いつまで一人ひとりで意地を張るのか。そう暗にふくませながら、アルスに聞く。

 それは彼女かのじょなりのやさしさであり、正論であった。細々とした雑用を主に引き受け、小銭こぜにかせぐ形ならまだしも、アルスは危険をおかして魔物まものと戦っている。

 五体満足で居るのは、単に可能な限りの危険をけた臆病おくびょうなまでに慎重しんちょうな形で活動しているからだ。しかしそれが足を引っ張っているというのも事実だろう。


 「もう二年だよ。二年。わたしたちは偶然ぐうぜんにも同じ時期に冒険者ぼうけんしゃ協会を訪ねて、登録の末に冒険者ぼうけんしゃになった。きっとわたしのやり方が普通ふつうで、アルスは損しているんじゃないかって思う」

 「……それも、そうだね」


 アルス・リーン。冒険者ぼうけんしゃとしての位は「銅級」。これは、冒険者ぼうけんしゃ協会が定める中で一番下の位だ。言ってしまえば、今から冒険者ぼうけんしゃになる新人と同じ位置にいると言っていい。

 ミア・エイシー。同期の数人と力を合わせて依頼いらいを達成する彼女は、「銀級」。そして堅実けんじつに進む彼女かのじょらは、「金級」がそう遠くない場所に見えている。

 同じ時期、同じ場所から始まったというのに、ここまで開きが出ている。それはのがれようのない事実であり、だからこそアルスを知るだれもが心配をしている。このままでは、呆気あっけなく死んでしまいそうで。


 「でも、ぼくは」

 「足を引っ張れない。連携れんけいが苦手。銅級の中に銀級が入るのはずるい。――今は一人ひとりが良い。次は何?」

 「よく覚えているね」

 

 昨日きのう話した相手が知らぬ間に死体になっている。気が付けばこの世からいなくなっている。それは実に夢見が悪い。

 ミアは冒険者ぼうけんしゃになってからの二年の間に、何度かアルスに依頼いらい一緒いっしょに受けないかとさそっている。そして、アルスはそのたびに断ってきた。

 そうして断るごとに、徐々じょじょに言い訳くさく、そして無理が出てくる。


 「そりゃあ覚えてるよ。だってわたしが一番最初にさそったのは、君だから。そしてそのたび下手へたな言い訳でげられる。いい加減覚えてくるよ」

 「――そんなには……いや、そうかも」


 アルスが冒険者ぼうけんしゃになった時、ミアも冒険者ぼうけんしゃになった。年が近く、そして同じ新人。何度も顔を合わせる事になる。

 魔物まもの対抗たいこうするために定期的に開かれる新人用の戦い方や初歩的な知識を得られる会。死にたくないために参加するのはある意味必然。そうして回数を重ねると、話す機会だってそれはおとずれる。

 アルスは、ミアとの長い付き合いになるきっかけを思い出した。

 

 『わたしはいつか『黒金級』になって、そうして自分の家を買ったりするの。勿論もちろん名を広める!』

 『ぼくは、うん。ぼくも目標は『黒金級』かな。そうやって強くなるんだ。そうして――』

 

 冒険者ぼうけんしゃになる理由は人それぞれだ。ただ金がしいから登録する者もいれば、何かしらの夢や目的を持って登録する者もいる。

 境遇きょうぐう的に仕方なくそうするしかなかった者も、望んで自分からその道を選んだ者だっている。

 そしてアルスとミアの二人ふたりは、似通ったもののために冒険者ぼうけんしゃになった。ゆえにそのことで話が通じたのだ。


 そして『黒金級』という冒険者ぼうけんしゃの最上位の位を目指すにあたって、魔物まものとの戦いはけて通れぬ道。

 そのために今の内から信頼しんらいできる仲間を作り、協力して向上を目指すのは、間違まちがっていない正攻法せいこうほうであり当然の話だった。

 同じ目的を見る者としてアルスをさそったミアは、次の瞬間しゅんかんにはアルスがうなずくと信じていた。結果的には、いまだ同じ依頼いらいすら受けていないが。


 「足を引っ張る基準は人それぞれ、そしてわたしの仲間はそんなことを気にしない。勿論もちろんわたしも。連携れんけいだって最初から身に着けている人の方が少ないし、ずるいとかはそれこそもっと上の話でしょ。一人ひとりでいたいは、もう二年もずっと一人ひとり依頼いらいを受けてるじゃん」

 「……一つも否定できない」

 「そうでしょ? 今からでも仲間になっちゃえばいいじゃん。知らない顔って訳じゃないんだしさ」

 

 ミアの相談は、実に魅力的みりょくてきだ。先日の森の事でさえ、不可抗力こうりょくとは言え「銀級」を相手にまわる事しか|出来でき》ていない。そして武器とかばんを無くした。

 何度もこれをかえすようでは、「銀級」になる前に資金がき宿から追い出される方が早いだろう。そうすれば野宿か故郷にもどるかの二択にたくせまられる。

 冒険者ぼうけんしゃを続ける上で一人ひとりつらぬけるのは、相当な実力を有した将来が有望な者でしかない。そしてアルスがそれに該当がいとうするかと言われれば、いなであろう。皮肉にもこの二年がそれを証明している。

 ――例えそれが、アルスがこの二年かかつづけた矜持きょうじこわす事になろうとも


 いつの間にか、二人ふたりは足を止め立ちすくんでいた。

 

 「どう?」


 普段着ふだんぎで、街中で、何気なく。けれど真けんな目でミアはアルスを勧誘かんゆうする。

 それでもアルスの中にあるのは、迷いと、葛藤かっとうだった。


 (ミアの提案を受ける事が最善だと分かってる。こうやって何度もさそってくれるのは、間違まちがいなく温情だって事も)


 けど、でもと。受けるべきだという選択せんたくをその都度何とか否定していく。いまだなお、何かにすがる様にして否定する。

 そうしてなやむアルスは、ふと思い出した。まずもって、自分の現状ではミアの提案を受け入れられないと。

 アルスには、まず解決すべき問題がある。翠髪の少女の事を。


 (そうだ。あの子の事を放ってはおけない)


 「ちょっとした事情があるから、やっぱり今は無理だ」と、そうアルスは口にしようとした。

 それよりも前に、ミアはあることに気付いたとばかりに声を上げた。


 「あっ。けど武器とか今ないんだっけ」

 「――え? ああ、うん、そうだね。そのために朝、市場いちばに顔を出したんだし」

 「そっか。そうするとまずはけんを買う事からだよね。どうする? 代金を後で働いて返してもらうって事なら、はらっても良いけど」

 「いや、それは流石にぃ――ッ!?」


 悲鳴を上げるように、るようにしてアルスは言葉をまらせた。その視線はある場所を向いている。

 恐らく「どう?」から聞いていたのだろう。立ち止まった二人ふたりの丁度前に店を開いていた店主は、胡乱うろんな目つきで二人ふたりを、いやアルスを見ていた。

 まるで、そう。女性に金をたかる駄目だめな男を見る目つきで。


 「ごめんミア! やっぱりぼくはまだ一人ひとり頑張がんばってみるよっ」

 「え? 何で走り出して――ちょっと! 死なないでよ!? お願いだから!」


 その目は糾弾きゅうだんするようにアルスを見つめ、アルスは即座そくざ撤退てったいすることを決めた。きっと何言っても変わらないその視線から。

 話をさえぎるようにして、矢継やつばやに言葉をつむぎながらアルスは街を走りだした。

 それに困惑こんわくするようにしながら、ミアは聞こえるように声を張り上げていた。

 

 (あれ絶対駄目だめ男だっていう目だった! 絶対にそうだ!)


 しかしアルスは、それに助けられたとも言えるだろう。


 (…………)


 その胸の内を察せる者はいない。

 

   ⚔

 

 「……はぁ。まぁ分かってたけどね」


 走り去る茶髪ちゃぱつの少年を見送って、少女はため息をいた。

 ミアにとって、アルスはやはり同じ冒険者ぼうけんしゃとしても気にかけてしまう。危なっかしく、そしてどうしようもなく一人ひとりでいようとしてしまう。最初はそうでもなかったのに、いつの間にかそうなっていた。


 「……」


 ミアにも予定がある。この後は同じ冒険者ぼうけんしゃの少女と、仲間である一人ひとりの少女との予定が一つあったりする。そのために歩き出して、けれど時間に余裕よゆうがあるためにその歩みはゆっくりだ。


 (本当に、心配なだけなんだけどね)


 思い返すは冒険者ぼうけんしゃ協会におとずれた最初の日。いや、それ以降の冒険者ぼうけんしゃとしてしのころ

 その時でさえも少年はある種危なっかしかった。不慣れな魔物まものとの戦闘せんとうのくせに、んでしまう程度には。同じ依頼いらいを受けたことはないが、訓練や教習を共にしたことはある。その時の事だ。

 同じ場所から始まって、ミアは銀級に昇格しょうかくした。それは最速でもなく、自分のやり方で進んできた。仲間をつのって、連携れんけいみがいて、得意分野を分け合って。順調に、順調に力をつけてきた。

 アルスは、実力だけで言えばミアと大差ないのだ。だけど銅級に止まっているのは、二つほどの理由があった。それを思えば――やっぱり仲間になってしかった。


 「危なっかしいなぁ……」


 多分このまま冒険者ぼうけんしゃを続けても、ふとした拍子ひょうしに消えてしまいそうな。言ってしまえばいつの間にか死んでいそうな予感があり続ける。

 一日二日の仲じゃない。知らぬ間に死んでいても夢見が悪い。けれど結局勧誘かんゆうは成功しない。

 だからいのるのだ。せめて無事でいられるように。同じ時期に入ったよしみとして。

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