七話、ぎこちない距離感

 息をあらげながらけたアルスは、宿へともどってきていた。

 

 「ただいま……」

 「……」

 「うわ!? いや、そうだ。そうだった」


 自室にいる少女を見て飛び上がり、ぐにこれまでを思い出して平然を取りもどす。火照ほてる身体に引き上げられた調子があたふたと少年をばたつかせた。

 一見ぼーっとしているように外を見ていた少女が、アルスの方を見た。部屋へやに一つしかない寝台しんだいの上で、少し大きさの合わない寝間着ねまきを着ている。治療ちりょうの際に借り受けた物で、アルスが部屋へやを出る前となんら変わらない様子だった。

 安静のために寝台しんだいの上を余儀よぎなくされているが、起きている今では退屈たいくつでしかないのだろう。そのまぶたは重さに従うように下がっていた。


 「……」

 「あ、いや。ごめんちょっと走ってきたから、息が上がってて」


 怪訝けげんそうに細められた目線を前に、弁解をするようにアルスは手足を動かして説明を行う。

 それを聞き、しかし少女はアルスをじっと見つめ続けた。


 (えっと、あれ? まだ疑われてる?)


 アルスがそう思い、勝手に冷やあせを流すのも無理はない。凝視ぎょうしと言える程度には見つめられていた。

 何か自分に問題があるのかと、自分の身体を見ては確認かくにんして、けれど心当たりは見つからない。服装に問題なし、何かがついてるわけでもない、アルスの後ろにはあるのは出入り口たるとびらだけ。そこまで至って、アルスは首をかしげた。分からないと。


 「…………」

 「えーっと……」


 何かを言うべきかと言葉を探すが、適切も何も何を言えばいいのか。

 困惑こんわくしてあごに手を当て考えてみる。熟考して、推察して、一つ思い当たった。


 「あ、おなかでもいた?」


 それは単に自分がおなかかせただけであると。それもみで。

 少女の分も買ってきた麵麭ぱんは、まぁ、冷めてしまっている――わけでもなく。その半分以上がアルスのおなかへと収納されていったが、少女も口にしていた。ちびちびと、アルスからすればそれで足りるのだろうかと不安になる程度には緩慢かんまんでゆっくりとした動作での小食での食事。

 けれどどれだけ健康だろうと病人だろうと食べたものが消化してしまえばおなかくものだ。満腹一歩手前まで食べたアルスが腹をかせているように、少女もおなかかせているのかとそう考えた。


 「じゃあ、よし。買ってくるよ! 出来でき立て!」


 だから待っててと。そう言い残してアルスは宿を飛び出した。

 それから数分。少女も多分一回は目にしてるであろうものをかかえてアルスは宿へと帰還きかんした。

 包みを開ければ小麦のわずかなにおいと共に肉と野菜の食欲を刺激しげきするかおりが部屋へやへと広がる。


 「ごめん何が食べれるのか分からないから同じものを買ってきちゃった。ぼくは好物だけど大丈夫だいじょうぶかな?」


 そう言って包みに包まれた麺麭ぱんの一つを少女へと差し出す。食べきれなかった分はぼく美味おいしく頂くから大丈夫だいじょうぶだよとそうえて。食い意地の張った宣言だが、罪悪感なく食べれるようにというアルスなりの配慮はいりょだった。

 一口かじれば、好みの味が舌に伝わる。思わずほうっと、そう一息ついたような息がれる。それを見て少女は無言でそれを指し示した。アルスが口をつけた麺麭ぱんを。


 「ん? …………え? これ?」

 「……」


 両方とも同じ商品だ。もしかすれば製造過程や職人の気分やちょっとしたことによって味が本当に少しばかりちがうかもしれないが、気になるほどではないだろうしそもそも少女はまだ食べていない。

 小食だから残るだろうとは思うが、けどそれとこれとは一致いっちしない。

 首をたてった少女を前に、困惑こんわくしつつ手持ちの麵麭ぱんを差し出す。少女は手をばしてそれを受け取り、そして持っていた麺麭ぱんをアルスに手渡てわたした。量が増えた。一口ばかり。


 (んん??)


 そう時間をおかず少女は料理へと口つけ咀嚼そしゃくしていく。少女が二口目へと動いたところで、アルスは再起動した。

 同じ商品など何一つない。すべて職人の手作りだ(多分)。なんてそうぎったところで納得なっとくも何もできるわけもなく。年相応というか一応異性相手ということもあり気恥きはずずかしさや気になってしまうのも無理はないとアルスは自問自答した。

 目の前の少女が少女なりに料理を堪能たんのうしている。それはそれでいいのだろう。異性とか間接何ちゃらとかそういうのを気にしないお年頃としごろなのかもしれない。他人が持ってるものってなんかしくなるよね、みたいな。そういう感じの可能性。


 (やっぱり美味おいしい)


 新品として返ってきた麺麭ぱんを食べる。いまだ冷めることなく出来でき立てを保っている麺麭ぱんは、舌に自身のないアルスでも変化がわからないほどには同じ味だった。変わらず美味おいしい。

 声に出すことなく、食べることに集中した不思議と居心地いごこちの良い空間がそこにはあった。


  ⚔


 食べ終わり小休止も終えて、アルスは少女の近くに椅子いすを置いて腰掛こしかけた。


 「さて、身体の方はどう? 痛かったり苦しかったりとかは」


 気になるのはやはり体調面。きずも多く血も流していたのだ。本当に小さな傷は治っているかもしれないが、まだ治りの途中とちゅう痕跡こんせきのある傷もあるだろう。と言ってもその傷は服の下にかくされ確認かくにんできない。治療ちりょうしてくれた人の言葉を信じるしかない。

 あとは心の方だ。精神面。知らない場所に一人ひとりでいる心細さをめれるわけでもないし、かといって技術などを身につけて適切な対応ができるわけでもない。歯がゆいが、全部少女次第しだいだ。だからせめて話せるのなら話してほしいと、それを期待する。


 「…………」


 太陽がのぼったのか、角度的に丁度日差しが部屋へやへとんだ。わずかに室内が明るくなる。

 うつむくように視線が下を向いている少女は、アルスから見るととても小さく見えた。一応の着替きがえでもある寝間着ねまきを身につけて寝台しんだいこしを落ち着けていると、まるで深窓の令嬢れいじょうのようなはかなさと、生気のなさのようなものを感じざるを得ない。かすみして今にも消えていきそうなほどに。

 薄緑うすみどりかみは陽光を受けてむしろかがやきを増したような感じさえして、整えられてはいない寝起ねおきのかみくずれている。そんな中、真人種アルスにはない特徴とくちょうを見てはやはりそれに目がいった。やわらかいのかそれともかたいのか。とがっている耳に。


 「そういや、えっと。エルラインって真人種しんじんしゅの人が多くいる国でさ、森人種もりびとしゅってあまり見かけないんだよね。中立国とかだといろんな種族が集まるっていうし、もしかしてそこからたりしたの?」


 大陸には七つの種族がいる。そしてそれぞれが大きな集団を成したりもしている。エルラインが真人種しんじんしゅ中心の中で最大の国のように、ほかの種族も国をなしたり辺境に里を作っていたりと様々だ。

 種族の得意なことや生活、活動する領域などを定めて昔から、アルスが生まれる数百年前からそれはこの大陸に根付いていた。種族特有の法が作られたり、逆に他種族に対して対抗心たいこうしんを持っていたり。

 逆に中立国とは、そういう慣習などをきにしたある一種族が統治するわけではない国を指す。生まれ故郷に馴染なじめなかったり自由を求めた人たちが作り上げ、そしてそれが広まっていった。おそらく森人種もりびとしゅも住んでいるだろう。


 「この近くだと……アルミニアかな」


 地理的にエルラインから一番近い中立国を上げる。残念ながらアルスはただ一度も足をれたことがないが、名前は知っていた。冒険者ぼうけんしゃとして上に行けば、もしかしたらおとずれるかもしれない。その候補として考えていた。

 森でたおれていたのは、もしかすれば中立国から何かしらの理由でエルライン、もしくはここを通ってどこかに行く最中だったのかもしれない。運悪く何かしらの問題に遭遇そうぐうしてしまったか。だとするのならもしかすれば少女の両親や知り合いが捜索願そうさくねがいを出しているかもしれない。


 「アル……ミニア」

 「うん。確か立派な城壁じょうへきに守られて、この大陸でもそう数はない大きな学院があるって、多分そうだったはず。特徴とくちょうとか目立つものは、えーっと、どうだったかな?」


 行ったことのない場所を想像するのは難しい。名称めいしょうも知らないのであれば尚更なおさらだ。曖昧あいまいな知識で少女が見たことのあるものを上げようにも、アルスには具体的に何が記憶きおくに残るのかは思い当たらなかった。年的に、学院にもえんはないだろう。

 うでを組み、目線を上に上げてうなる。かじった知識を思い出そうと頭を回す。あれやこれやとかんでは消えていく。


 (駄目だめだ。思い出せない)


 知り合いの冒険者ぼうけんしゃ協会受付を担当する人の言葉を思い出そうとする。色々と冒険者ぼうけんしゃとしての以呂波いろはや雑学などを教えてくれていたはずだ。というか聞かなくても向こうから色々と聞かされていたはずだ。けれど残念ながら該当がいとうはしなかった。

 声に出さず、しかしきっかけにもならなかったと落胆らくたんする。場をなごませるのは苦手だ。冗談じょうだんを言おうにもすべれば空気が変になるだけ。ならせめてたがいに益となる話をしたかったが、何故なぜ上手うまくはいかない。内心で首をかしげた。

 小さく、細かに。途切とぎれては何とかつないだり話題を変えたりして、何とかアルスは少女が心を開けるようにと奮闘ふんとうすることにした。

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