八話、翻弄される少年

 依頼いらい板へと張り出されていた中から、冒険者ぼうけんしゃ一人ひとりでも達成できる銅級依頼いらい冒険者ぼうけんしゃ協会へと提出し、認可にんかを受ける。

 そうしてアルスは、またドレストへとおとずれていた。

 依頼いらい内容は、小兎スモールラビットの毛皮の納品。数は十。装飾そうしょく品から衣服の一部に使ったりと魔物まものかられる毛皮の使い道は様々。最低の大きさをえればいいため余裕よゆうがあれば多く、なければ最低限をればいい。しかし銅級の依頼いらいということもあり質よりも量。その報酬ほうしゅうの金額も察してあまりあるが、わらにもすがる思い一歩手前のため四の五の言ってられない状況じょうきょうなのがアルスである。


 「っふ!」


 一人ひとりの少女を養う。たった数日とはいえ、自分一人ひとりとはちがう出費はアルスの金銭的予定を大きくくるわしていた。今更いまさらながらと、冒険者ぼうけんしゃの頃にもぎった両親への感謝が常にアルスの頭の片隅かたすみを支配する。

 小さな村の一般いっぱん家庭。隣人りんじんや村人との支え合いがあったのもあるが、不自由なく自分たちを食わせ遊ばせてくれた二人ふたりには頭が上がらないと、アルスは心の底からそう思っていた。


 手慣れた様子で、いや実際に何度もかえしているために熟知した手つきで、アルスはたおした小兎スモールラビットから毛皮をり、依頼いらい用のふくろへと収納した。

 数えるほど八度はちどすで依頼いらいの半分以上の量を集めることにアルスは成功していた。


 (リノ、大丈夫だいじょうぶかな……)


 翠のかみの少女。つい先日に目を覚ましたここドレストでアルスが発見し、運よく救助に成功した件の人は今も宿にいるのだろうと、アルスは心配を何度か思考にしていた。

 得られた情報は少なく、いまだ少女の知り合いは一人ひとりも見つかっていない。ドレストたおれていた経緯けいいも、何もかもをアルスは知ることがないままに、資金のために依頼いらいをなしていた。


「あと二ひき。よし、早く達成して宿に帰ろう!」


 奮起するように声に出して、早く帰ろうと意気込いきごむ。なんなら好みもわからないが、美味おいしそうな食べ物があれば買って帰ろうとすら考えていた。一人ひとりだと心細いだろう。せめて美味おいしいものを食べて、笑ってほしいと。

 そうすれば信頼しんらいを得られ、有用な情報が得られるかもしれない。とまではアルスは考えなかった。ただそっちの方がうれしいだろうと、ただそれだけを理由に先を見ていた。……おそらくかせぎの何割かがそれに消えるかもしれない可能性もかれ考慮こうりょに入れなかった。


 ――がさりと、けもの道のわきにある草の群れがれた。


 「ッ!」


 音が耳に届くと同時、アルスは直けんを構え草のしげみへと意識を向けた。

 てきたのは茶色い体毛のうさぎ。小さく、軽快ではあるがその様子はまぎれもなく無警戒むけいかいだった。おそらく戦闘せんとうを知らぬ生まれて間もない個体だろう。親元からはなれてしまったか。

 けんを構える冒険者ぼうけんしゃを前にして、小首をかしげるように頭をかたむけるほど無防備だった。


 (あー……これはー……その)


 体制をくずさずに、しかしアルスは引き上げた警戒けいかいをほとんど霧散むさんさせた。

 今回の依頼いらいの中でも、最も幼い個体と言えるだろう。これが依頼いらいされた最低限を下回れば、それこそ戦う意味も旨味うまみもないために見てみぬりをアルスはしただろう。しかし残念なことに、その個体もれる毛皮の大きさは最低値を上回っている。有体ありていに言えば、討伐とうばつ対象だ。


 「ごめんっ」


 素早すばやく近づき、一閃いっせんの末に小兎スモールラビットる。小さい鳴き声を断末魔だんまつまに、無防備な小兎スモールラビットは絶命した。

 どちらにせよ、親元からはなれた幼い個体はほか魔物まもの遭遇そうぐうすればえさとなる。アルスと同じ類の依頼いらいを受けた冒険者ぼうけんしゃであってもだ。おそかれはやかれの運命だった。

 せめてとばかりに即座そくざに毛皮を回収し、これで残りの毛皮は一個となった。帰還きかんも近い。


 だが忘れるなかれ、いまドレストの異変は収まっていないことを。


 (これは……)


 残り一ひきを探す中、アルスは目にした。

 巨大きょだい体躯たいくと太い四本の足、ねじれた角はその突進とっしん驚異きょういはるかに引き上げる。おそわれ続けたあの夜にも遭遇そうぐうした魔物まもの暴れ牛ランページカウだ。危険度は銀級。

 姿をかくしながらアルスは息を殺して様子を見る。その距離きょりは遠いが、余裕よゆうはない。アルスが知っている情報だけでも、突進とっしんによる急激な距離きょりめ方は数多あまた冒険者ぼうけんしゃばし激痛をあたえてきた。防具もなく大して戦闘せんとう慣れもしていないけ出しから銅級の冒険者ぼうけんしゃでは、当たりどころが悪ければ即死そくし致命傷ちめいしょうもない訳じゃない。

 

(……はなれよう)


 懸命けんめいな判断だった。幸いなことに、暴れ牛ランページカウすぐれた理性や知能はない。獲物えものを前に突進とっしんし、死ねばえさにするだけの生態だ。大して群れも作らず、生まれ持った怪力かいりき凶暴性きょうぼうせいのみで生存する。周囲を敏感びんかん警戒けいかいすることもなく、視界に入らなければ攻撃こうげきにも出ないだろう。

 だからかくれて様子を見るアルスには気づかない。気にすることなく、闊歩かっぽするようにしてみち暴れ牛ランページカウは行く。このまま待っていても、きっとそう時間もかからずにたがいに|接《せっしょく》することなくはなれるだろう。

 暴れ牛ランページカウと名付けられた由来。その驚異きょういを体感することがないことに、アルスは胸をろした気分だった――しかしそう上手うまくはいかない。


 「――」


 小さな声とともに、アルスからそうはなれていない距離きょりで物音があった。

 咄嗟とっさに構えるアルスの視線の先、見えたのは最早もはや恐怖きょうふと言ってもいいほどに焼きついた|魔物の姿。そして回避かいひするように現れた防具も身につけていないつえだけを手にした少女。

 既視感きしかんのある光景。幻覚げんかくを見たのかとすら思うほどには再現されたそれ。最悪なことに、その少女はアルスよりも年下と思えるほどに華奢きゃしゃで、危なっかしくて、


 「リノっ!?」


 なんで、と。そう口に出そうとして。しかしアルスは思い出した。まだ暴れ牛ランページカウは立ち去っていない。


 「――まずい!」


 リノの方へとアルスはけ出した。体力など微塵みじんも考えないその場任せの咄嗟とっさの対応。それが最善の行動だとアルスは後に痛感する。

 地をり、今まさにそのきばが少女の柔肌やわはだへとさらんとする瞬間しゅんかんに、アルスは少女のうでつかせ、たおれるように思いっきり方向を転換てんかんさせた。


「っ」


 受け身もれず、少女をかばったその姿勢では衝撃しょうげきを殺すことはかなわずもろに体へと痛みが走る。――だが血を流してはいない。

 たおれる二人ふたりかたわら、いや、元々アルスと少女がいた場所を疾風しっぷうけた。それは突進とっしんをした暴れ牛ランページカウだ。

 おそろしいことに群れ狼フロックウルフの一頭、真っ先に少女におそいかかった個体へとそれは直撃ちょくげきした。勢いよくぶのではなく、頭を下げた暴れ牛ランページカウの行動により群れフロックウルフは地面を引きずられ続けた。間違まちがいなく致命傷ちめいしょう、いや絶命している。


(痛い……けどッ)


 それを気にする余裕よゆうはアルスにはない。痛む体にむちを打つように、アルスは少女をかかえよろけるように近くに生えていた木のかげかくれる。

暴れ牛ランページカウの視界から外れる。幸い暴れ牛ランページカウ即座そくざかえることをせず、放るようにして死んだ群れ狼フロックウルフの一頭が宙をい地面へと落下した。質量のある重い音が土の地面から空気を伝播でんぱしてアルスの耳にも届く。


 「……すみま」

 「しっ」


 謝罪らしき言葉を口にしようとする少女を、アルスは即座そくざに小声で制した。

 アルスとて疑問がないわけじゃない。少なくとも何故なぜここにいるかは聞いておきたいところだが、だからと言って悠長ゆうちょうに話をしている時間ではないのはそれこそ少女もわかっているだろう。

 あせる思考と痛む体の中、せめて呼吸を整えようとアルスは小さく深呼吸をかえす。

 

 (暴れ牛ランページカウがこちらを敵視しているかはわからない。けどねら》われていると考えるべきだ。ちくしょう、場所が悪いっ)


 木にかくれたとて、よくて青年をぎりぎりかくせる程度。少しでも身じろぎをすればわずかに木のかげ恩恵おんけいからはみ出る。

 その上背が小さいとはいえ密集して生えている草にかくれようとも、匍匐ほふくをしようが慎重しんちょうに時間をかけようが音は必ず立つ。気が立っている今の暴れ牛ランページカウの場合、最悪音を聞いた場所になにがいるかも把握はあくせずに突進とっしんするかもしれない。そうなれば二人ふたり直撃ちょくげきないしかする可能性は否定できない。

 かといって走り出せば視界に入ることは必須ひっす。速度なんて距離きょりを空けたアルスの全速力にすら追いつかれたのだ。

 動けない。沈黙ちんもくが正解とばかりにアルスの脳内は待つべきだとさけぶ。


 魔物まもの暴れ牛ランページカウのみではないというのにだ。


 「すみませんアルスさん。気をつけてください」

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