二十三話、最低限の役割

 「アルスさん!」


 先ほどまで、少女の視界の中で黒かげやいばつらぬかれていた少年がび、地面を転がってくる。

 背中にさった短剣たんけんは運良く外れ地面に落ちていたが、けたことで血が噴出ふんしゅつしてくる。仰向あおむけに寝転ねころがったがゆえに傷口は見れないが、それが地面をよごして範囲はんいを広げているのが見えた。応急処置をすべきだ。しかし止血の方法を少女は知らない。


 (せめて魔法まほうが使えれば)


 何もできなかった。魔法まほう以外の戦闘せんとう法を持たない少女では、介入かいにゅうすることができなかった。

 つえ以外の武器を使用した経験などない。例えるえたとしても足手纏あしでまといになっていることは必至。だがそれでも魔法まほうを使えるという状態であれば、正確な制御が出来できる状態であれば、援護えんごの一つや二つできていた可能性はあるのだ。木の棒がないことがやまれた。

 それ自体に有用な補助の機能はない、だがつえの代わりに代用できるだけでまだましだった。ここが森であれば現地調達もできたが、街中ではそれも不可能。路地裏にあるのはよくて何が入っているのかわからない木箱のみである。


 「ッ。……リ、ノ」

 「大丈夫だいじょうぶですかっ」


 数秒意識を失っていたアルスが目を開ける。しかし焦点しょうてんは合っていない。声も、半分以上がかすれていた。

 病体の対処法を知らないリノには、ただ近くでひざをつくことしかできない。れようかれまいか迷い、しかしおびえがその手を空中で止めた。何をしても悪化させてしまいそうなほどに、ぼろぼろだった。


 「あの、人は……?」

 

 黒かげのことだ。リノは空中へと視線を上げた。夜空の星々がきらめく、元からやみけるような衣装いしょうをしていた黒かげ即座そくざに見つけることはできなかった。だが勢いからして、民家の屋根をえて行ったことは確か。


 「わかりませんが、おそらく空にいるか、ほかに落下してるのではないですか?」

 「そっか…………なら、まだ警戒けいかいしなくちゃ」

 「馬鹿ばかを言わないでください。その状態で立ちあがろうなんて、無茶です。やめてください」


 声で静止する。自分でも使えそうな武器がないか、必死に周囲を探した。

 そしてリノは、確かアルスの持ち物だったかばんの中からあるものをみつけた。人の物だが、それ以上に人命がかかっている。簡素な梱包こんぽうがされたおそらく棒状の代物しろものを手に取った。


 「これは……? いえ、えず武器になればそれで――」

 「あっ……はは。いや、まぁ……。今のうちにわたしておいた方がいいかな。手動かせないけど」


 動かない身体の中視線を動かしたアルスは、リノが手に取ったそれを見て苦笑いをかべようとした。

 昼に買ったそれは、確かにリノにわたすつもりだった。けれど襲撃しゅうげきの件もありわたせずじまいなままで。使えるかも分からず、こんな状況じょうきょうたよりたくもなかった。けどもしも自分がこのまま死んだ後、せめて戦う力はあった方がいいはずだ。


 「リノ。それは君のものだ。梱包こんぽうを開けて、必要だったら使って」

 「え?」


 冒険者ぼうけんしゃであるアルスが所持していたもの。だからそれは何かしら魔物討伐まものとうばつに使っていた代物しろもののはずだとリノは推測した。非力なおのれ腕力わんりょくでも、何かしらに使えるかもと考えていた。最悪まわして暴れてやろうと。

 それをアルスは、リノの物だと言った。困惑こんわくしつつも、ふうを開ける。中から出てきたのは、短剣たんけんよりも少し長い程度の、小回りのきくつえ。その先たんに取り付けられた小さな魔石ませきが、魔法使まほうつかい用のつえだとそう告げる。


 「わずかな威力上昇いりょくじょうしょうと、ちょっとだけ魔力まりょくを集めるのを手伝てつだってくれる、らしい。ミアが……そう言ってた。上等なものじゃなくて、申し訳ないけど――っ」


 何かが落ちてきた。その衝撃しょうげきが地面へと伝わり、アルスが表情を苦悶くもんへと変える。

 どごんというようなにぶい音がひびいた。土煙つちけむりにも似たけむりの中、ゆらりと黒いかげが現れる。


 「…………」


 ふらふらと、重心の定まらなかった黒かげはしかしぐに調子を取りもどした。

 だがよく見れば、片腕かたうでかばっているのが見える。動きもわずかに、片側にかたむいている。高度からの落下。受け身をとっても、その衝撃しょうげきすべてを相殺そうさいすることはできなかったらしい。アルスの決死の足掻あがきは、どうやら一撃いちげきとはいえ確かに効いた様だ。

 つえを見ていたリノは、それを確かににぎりしめた。そして黒かげに向けてつえを向け、顔を上げた。その目には、するどい光が宿っている。


 「――ありがとうございます。アルスさん。あとは任せてください」

 「いや、ぼくもできることを」

 「安心してください。たとえかなわなくとも、

 「――そっ、か」

 「はい」


 黒陰がまだたおれていない。それを知りアルスはまだ終わっていないと察した。

 動こうとする身体を、しかしリノの返事を前に動きを止めた。一瞬いっしゅんだけだが、安堵あんどがアルスにかんだ。

 直接的じゃない。けど、確かにリノは自暴自棄じきでも自棄やけでもなく、おのれのために生きることを表明した。一人ひとり孤独こどくあらがおうとするのではなく。なら、おそらく大丈夫だいじょうぶだ。協力できる・・・・・。例えそこに居るのが自分じゃなくても。

 

 「【てつく冷気よ、が視界の色を示せ――氷塊石!】」


 りんとした声でつむががれる魔法まほう詠唱えいしょう。そして見上げる視界に映る一人ひとりの人物。

 自分にできる役割をまっとうできたのだと、そう実感した。どうやら自身をけた命懸いのちがけのけは、こちらにかたむいたらしい。

 時間かせぎは、終わりだ。


 「――」


 全部終わった。時間かせぎは成功。自ら孤独こどくになろうとした少女が少しでも笑ってくれた。

 強い人が来て、王国の衛兵もけつけている。話に聞く円卓騎士えんたくきしまでも登場するというのなら、それこそ一介いっかい冒険者ぼうけんしゃが出られる舞台ぶたいじゃない。身体を包む痛みも、立ち上がれないほどに動かないこれも。そのためにつなげられたのなら十分だ。

 最後の最後に活躍かつやくできるほどに強くはなかった。完膚かんぷなきまでに助けられるほどの英雄えいゆうではなかった。けれど笑ってしい人が笑ってくれた。多分、この先もあの子は生きていくのだ。次こそはようやく、光の下で。


 (……ああ)


 けれど、だけど。

 動いてくれないこの身体が、かすみつつある視界が。


 (くやしいなぁ……)


 もっと動けたらと、そう思った。

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