二十二話、裏の住人

 おのれすらもむ暴発は――起きなかった。

 黒かげやいばが先に少女に届いた。もしくは少女の魔法まほう上手うまく発動した。そのどちらでもない。


 「させ、ないッ」


 急接近する両者に、割って入るようにして一人ひとりの少年が現れた。

 

 「なっ!?」

 「――!」


 両者共に想定していない事態が起きた。

 るわれた鈍器どんきが黒かげやいばへと至り、かち合った末にが飛ぶ。黒塗くろぬりのけんが欠け、破片はへんが黒かげほほを走った。

 そしてさやすらも破損し、何かが破壊はかいされた音が重なって空間にひびく。


 「間に合っ――っ!?」


 止まることを考えていない突進とっしんの乱入は、立ち止まることを許さない。無理矢理立ち止まろうとした反動は大きく、強烈きょうれつ負荷ふかと内臓が圧迫あっぱくされる気持ち悪さが少年をおそう。大きく体制をくずし、あわててたおれないようにと後ろに体重を預けた。なんとかその場で静止する。

 距離きょりを取るように大きく後方に下がる黒かげふところから新たに短剣たんけんを取り出した。受け身を取らずに後方へとんでいたリノはおどろきに包まれながら尻餅しりもちを付く。


 「ア、ルス、さん……」

 「さっきぶりだね。うん、よかった。間に合った」


 破損したさやからけんり、充足感じゅうそくかんに満ちたように心からアルスは息をいた。

 そのままに直けんを両手でにぎりしめる。


 「なんで」

 「なんでも何も、追いかけてきたからに決まってる」


 背を向ける茶髪ちゃぱつの少年を見上げて、リノは呆気あっけに取られた。

 動ける身体ではなかったはずだ。自分がこれ以上動けないようにと拘束こうそくした。


 「さ、色々と細かい話は後にしよう。えず、安全にならないと」


  ⚔


 (とは言ったものの)


 けんを取る手がふるえる。が、それを見ても実のところそれが何故なぜなのかは判別がつかない。

 実力差を前にした緊張きんちょうか、身体の限界をむかえたがゆえけんの重みにえかねているのか。どちらかもしれないし、どちらでもないかもしれない。それすら感じ取れなかった。


 「……」


 最大限の警戒けいかいを向ける。少しでも動きを見せれば、即座そくざ距離きょりめられる。一瞬いっしゅんおくれが致命傷ちめいしょうさそう。

 乱入者たる少年を前にして、黒かげは平生をもどし敵が増えただけだと判断した。動揺どうようもなく、その殺意もおとろえず。冷酷れいこくに命をうばうために。

 商品であるリノには手加減が必要だった。しかしアルスを相手に殺害を躊躇ためらう必要は微塵みじんもない。


 (来る――!)


 夜目に慣れた視界で、黒かげ輪郭りんかくがぶれた。

 自身の経験をもとに、次に現れる地点を予測してけんるう。


 「っ」


 結果は、わずかにまう血飛沫ちしぶき

 一瞬いっしゅん交錯こうさく。反応を示したアルスを上回り、そのやいばうでへと達した。するどいそのけん筋はかすめることもなくうでに傷をつける。

 やはり自分ではすがることすらも精一杯せいいっぱいだと、それを認識にんしきしてアルスは顔をゆがめた。


 「まだッ」

 「――」


 確実に仕留めるためにと追撃ついげきせまる。機動力をうばうようにと、ねらいは足。

 自身に当たるかもしれないすれすれに、アルスはけんろした。最適解ではない、最悪肉を切って骨をつようなその行動は、運よく黒かげやいばが達する前に通り過ぎ、轟音ごうおんを立てて地へと命中した。割れた瓦礫がれぉ破片はへんが飛び散り黒かげいくつか飛ぶ。顔などにせま瓦礫がれきを手元の短剣たんけんで黒かげはじくが、わずかに身体に当たった。大した痛みにはならない。


 「フッ!」

 「ぐっ!?」


 二撃目を防いだアルスは、体制を立て直す前に顔をなぐられた。

 苦悶くもん眩暈めまいが脳をさぶる、たおれないようにとするが、そのために何度か蹈鞴たたらんだ。

 こしの入った勢いのあるこぶし。加えてきたえられた筋力を持って放たれたそれをアルスはもろに受ける。その間に黒かげ距離きょりを取られた。


 「けほっ」


 口内ににじむ鉄の味。不快感を外へと出せば、血が混じっていた。口を切ったか。

 閉じかけたまぶたを開き、黒かげをしっかりと視界に入れる。自身のけんの間合いの外、けれど黒かげの速さではないも同然のそれは、いつ仕掛しかけられてもおかしくない。

 かすかによごれてはいるが、息が乱れた様子もなく構えている。


 (なら次は)


 自分からめることにした。

 重心を前に、できる限りの助走を引き出して速度を出す。威力いりょくのある縦のろしでもげでもなく、無理矢理にでも片手に変えて横にはらった。確実に当てるために。ごきりと、いやな音が確かにアルスの中にひびく。

 当たればそれでいい。防がれても何がなんでもる。交錯こうさくけて後ろに下がるというのならそれでもいい。リノから距離きょりを取れば取る分、こちらとしても黒かげに集中できる。


 「ッ!」


 当たれと、あらいがねらいをすませた。それに対するように、黒かげはアルスの攻撃こうげき短剣たんけんえた。

 鉄のぶつかる音。軽快にひびくそれに比例するように、拍子ひょうし外れの手応てごたえが伝わる。

 ――合わせられた。攻撃こうげきを読まれて、それを利用された。


 「……っ」


 落としそうになるけんかかえて、先ほどまで黒かげのいた場所にアルスは立つ。

 確実な違和感いわかん主張しゅちょうする右肩を気にしつつ、アルスは数え切れないほどに流したあせをまた流す。

 アルスが我武者羅がむしゃらに、なんとか一撃いちげきでも当てると努力する中、黒かげ余裕よゆうくずさない。冷静に、的確に。アルスの一挙手一投足を見てから対処する。こちらは有効打をあたえられず、相手は少しずつでもこちらをけずってくる。ただでさえこちらに余裕よゆうはないというのにだ。


 (やばっ――っ。時間はかけられないのに!)


 落ちそうになる意識をつなめる。今にもまぶたを閉じて楽になりたい。それをすれば死ぬとわかっているのに、身体がそうしようとする。意思のみで、あらがった。

 。ないだろうが、それでもほか追手おってが感づかないとも限らない。戦闘せんとうの音は、剣戟けんげきの音は、静かな王国内に確かにひびいている。

 整えようとする息は、一向に落ち着かず余計に荒々あらあらしくなっていく。深呼吸をして息を整える時間など、明らかなすきになるため行動には移せない。


 「――シッ!」


 黒かげが動きを見せた。アルスではなく、見えない視界に映っているのはおそらく――リノ。

 阻止そしするために、姿が目で追えなくなる前に間に入ろうとした。しかし知覚した時には、黒かげはアルスの左ななめ前にいた。やいばが顔にせまる。いやにそれがおそく見えた。 


 (ちがう! ねらいは《ぼく》だ!)


 けんる? 間に合わない。ける? 足が動かない。

 それでも咄嗟とっさに上半身を動かし、やいばからのがれようとした。武装とは一切いっさい関係ない小さなかばんひもが切れあらぬ方向に飛ぶ。それを見て、アルスは一つだけある手段を思い出した。


 「まだっ!」


 習うように、黒かげの動きを真似まねた。形も何もない、けどできるだけ威力いりょくがあるようにと即席そくせきこぶしにぎり、黒かげ胴体どうたいへと向ける。

 やいばは避けられない。けれど黒かげ胴体どうたいせまる直線上に置くことで、こぶしこわれてでも相手に一撃いちげきが入るように。

 それを黒かげは、最小限の動きでけようとした。やいばがぶれる。その一閃いっせんは、ほほき茶色のかみを斬った。


 「いっつ……!」


 盛大に転び、地面へと身体がたおんだ。けんを落とす。

 仕留め切れなかった黒かげは、即座そくざ短剣たんけんを地面に寝転ねころぶアルスへとろす。アルスはそれに対して、頭が当たることも無視して地面を転がった。

 ほんのわずかに距離きょりが空く。痛む身体をそれでも起き上がらせようとして、それでも立ち上がれずにアルスはひざ立ちになった。丸腰まるごしの上に、後ろに後退もできない。絶好の好機を前に、黒かげは当然のようにとどめをそうとした。十分に持った方だと。


 (今――!)


 せまる黒かげを前に、アルスはひざ立ちから飛び上がった。

 自ら首を差し出すような体制で、しかしそれはあきらめた訳でも死ぬためでもない。自分が勝つために、リノを助けるために選択せんたくした。

 黒かげの身体に接触する。短剣たんけんやいばが、確かにアルスの背中へとさった。がる血がのどを逆流する感覚にえ、黒かげの身体を固定して腹へと手を持っていく。そして言葉をさけんだ。


 「【大風よ!】」


 手のひらから、ありったけの魔力まりょくともなって風がれる。それは乱回転をかえして空間へと広がろうとした。しくも先ほどリノが黒かげを相手にしようとした事と似た事をアルスは行う。

 暴風は、その発生上にある黒かげの身体をばした。上空へと。

 しかしそれは同時に、負傷したアルスの身体をもむ。アルスは勢いよく地面へとたたきつけられ、思いっきりばされた。

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