二十一話、少女を追って

 「ぐっ」


 追手おっての最後の一人ひとりたおれる。これで都合何度目か。数えているつもりはないが、おそらく片手では数えられないだろう。

 四番街に入り、あと少しで五番街に辿たどく。近づくにつれて、奴隷どれい商の手先との遭遇そうぐうも増えていく。それでも一定の速度で二人ふたりは目的地へと近づいていた。


 (強い……)


 順調なのは、追手おっての大部分をレンドが対処しているから。

 アルスが一人ひとりをなんとかたおしたころには、レンドは三人から四人を問題なく無力化している。情報屋という存在は必要とあらば危険な事にも自ら顔をむ。手練てだれから助けられたこともあり実力を過小評価していたつもりはなかったが、下した評価を易々とレンドはえていった。

 ねむ追手おってなわしばり、身動きをふうじてからまた走る。


 「あとどれほどでしょうか」

 「かなり近づいているはずだ。警戒けいかいしながらの歩みでは、まだ国の外には出れていないのは間違まちがいない。だがいささか、追手おっての数が多いな」


 地形は記憶きおくしている。だが最短距離きょりを進む間に、アルスの記憶きおくにある地理は使い物にならなくなっていった。

 正直詳細しょうさいな現在地をアルスは把握はあくしていない。

 曲がり角を曲がり、直進は速度を上げ、しかし警戒けいかいくずさない。


 「――行くぞ、アルス君」

 「はい、レンドさん」


 一方通行の曲がり角、すきなくのぞめばこちらへと走る四人組のあやしい存在。姿と挙動から、追手おっての一部隊だと断定する。探し回っているのか、それともついにアルスとレンドの二人ふたりが障害として認識にんしきされたか。

 どちらにせよ、けられないことには変わりない。ぶつかるのを待つ前に、こちらから仕掛しかける。


 「ッ」

 「何者だ!」

 

 素早すばやく飛び出したレンドが一人ひとりへと攻撃こうげきし注意を引く。反応のおくれた右の一人ひとりへと、アルスも接近した。

 さやに収まったけんごとるい、側面で持ってなぐりつける。魔物まものとはちが感触かんしょくが手に伝わり、直撃ちょくげきしたことを察した。体制をくずす相手を前に、間を置かずに追撃ついげきを加える。

 かべへとけ、敵は頭を勢いよくぶつけた。うめきと音にならぬ悲鳴をこぼして衝撃しょうげきにより意識を失う。乱暴ではあるが、これ以上の手加減も余裕よゆうもアルスは持ち合わせていなかった。殺さぬようにと、けんかずに殴打おうだ攻撃こうげき手段を変えただけだ。


 「まだ――」

 「終わったか?」


 次へと対象を移そうとしてかえれば、無傷で立つ情報屋がいた。時間をかけたつもりはないが、要領の良さがちがうとけられる。


 「……はい」

 「よし、これもしばろう」


 様子から見て、やはりまだ二人ふたりは相手の捜索網そうさくもうに察知されていない。

 極力戦闘せんとうけ、起こった戦闘せんとうに関しては確実に無力化して報告もできないようにしばっている。無事なほか追手おってに発見されればそれまでだが、それでも警戒けいかいおくらせることはできる。こうやって、不意打ちを行うこともできるのだから無駄むだにはなってない。


 「速いですね」

 「なに、負傷したその身で戦えている君も大概たいがいさ。そもそも冒険者ぼうけんしゃだというのなら、魔物まものとの戦闘せんとうが得意分野だろう。人相手は不慣れなはずだ。気にむ必要はない」


 五番街へと入る。


 (冒険者ぼうけんしゃって、明かしたつもりはないんだけど)


 一応味方だと判断した。そもそも敵対された場合アルスでは足掻あがこうにも無力化されると思い知らされた。

 まぁ、冒険者ぼうけんしゃというのはよそおい一つとってもかりやすかったりはする。武装していてそれが重よろいなどではなく比較的ひかくてき動きやすさを重視していて、尚且なおかつ衛兵のように職務に従事しているわけでもなければ、ほとんどが冒険者ぼうけんしゃだ。

 追手おって警戒けいかいして防具をつけていた、そこから冒険者ぼうけんしゃだと断定するのはおかしくはない。だが、そうじゃなくても何かしらをにぎってそうな感じもする。


 「……」


 走る姿勢はゆるめずに、けれどほんのわずかに意識が自身の手へと移った。

 しびれに似た感触かんしょく。すりけないようにと必要以上に力を入れているはずだ。なんとなく、いや、直感としても。そろそろどうしようもなくなりそうだと思った。

 手がこわれるのが先か、リノを見つけもどすのが先か。


  ⚔


 それは、最悪に近かった。


 「っ」


 手元に収まっていた木の棒は跡形あとかたもなくひしゃげ、予備としてあったもう一本も破壊はかいされた。

 目の前にいるのは、二度目の遭遇そうぐうを果たした襲撃者しゅうげきしゃ手練てだれ。

 何度か追手おってを見かけ、そのたびに息を殺してつづけた。そうして国を出るあと一歩というところで、見つかった。よりによって最初に少女を見つけた追手おってが、手練てだれだった。


 「随分ずいぶんと私一人ひとりに人手をいているようですが、ほかの人たちはつかまえられなかったのですか? まさかひまとは言わないでしょう?」

 「……」


 接近戦にまれれば、みなのは確定だ。魔法まほう詠唱えいしょうするよりも先に距離きょりめられ、そしてつぶされる。それは経験済みだ。

 干上ひあがりそうになるのど湿しめらせ、なんとか言葉をつむぐ。時間かせぎであり、そしてそれが察されていることぐらい百も承知だ。それでも打開策を出さんと足掻あがく。

 そのためなら、情けなくも冗長じょうちょうに口を動かすぐらいどうってことない。


 「あわれですね、黒かげさん。本来護衛だけをしていればいいあなたが、使いっ走りとして奴隷どれいあとを追いかけているのですから。主人を守らなくていいんですか?」

 「…………デュラン様は、もどすことを第一とした」


 それに、何故なぜか黒かげは乗った。余裕よゆうのつもりかとリノはまゆひそめる。

 年老いているのかそれとも単に声が低いだけか。男性の太く威圧感いあつかんのある声音こわねで黒かげは言葉を発した。


 「ならばそのめい遵守じゅんしゅするまで。そちらこそ、もどされた奴隷どれいは多く、今にでもその仲間入りとなるのだ。勝てないとわかっているのなら、あきらめたらどうだ」

 「まさか。どのみち同じ結末を辿たどるのなら、最大限いやがらせをしてやろうと思うのは当然でしょう?」


 背丈せたけよりも大きな外套がいとうかくれ、ばれないようにと画策する。


 「それに、全員が全員つかまって、わたしが最後というわけでもないでしょうし」

 「……あの男の事か」

 「ええ。けているところもありますが、だからと言って一度手にした自由を自ら手放すとは思えない。随分ずいぶんと手を焼かされて、その上のがしたんじゃないですか?」


 奴隷どれい時代。そう昔ではないそれを思い出す。

 同じろうで、一方的に話しかけてきたような人たちを。自身に、リノという名前をあたえた同じ奴隷どれいのくせにやけに明るかったそれらを。

 奴隷どれいにさせられたあと、唯一ゆいいつの幸運といえばそれだった。


 「どんな気持ちでこの数日間を過ごしましたか? 商品である奴隷どれいに反旗をひるがえされて、拠点きょてん破壊はかいされて奴隷どれい脱走だっそう。ひたすらに衛兵たちをけて王国をけずりまわる気分は。非常に興味がありますが」


 残念ながら、はぐれ道を分けてしまったが。

 幾人いくにんかを連れてげているだろう脱走だっそうの主犯格は、いまだ無事であろう。できれば彼女かのじょたちもそこにいると願いたい。


 「是非ぜひとも詳細しょうさいに――」

 「――それとお前は関係しないだろう。……まさかと考えてはいたが、小手先だけのおどしにおび一人ひとりでここまでた女よ」


 機を探してひたすらつづける。次の瞬間しゅんかんにはたたせられている恐怖きょうふころす。

 黒かげの言葉に、それこそつい先ほどと呼べる出来事を思い返しては。もう過ぎたことだと失笑しっしょうも交えててようとした。

 しかし言葉は出てこない。空いた一瞬いっしゅん隙間すきまを、黒かげの疑問がつぶす。


 「それで、あの男はどうした? いまだ少年と呼べる、おさない男の事だ」

 「……さて、たまたま居合わせだけの存在ですから」


 黒かげは、リノと一緒いっしょにいたはずの少年を引き合いに出した。

 語ろうとしたリノは、その言葉を止めざるを得なかった。しかし動揺どうよう葛藤かっとうさとられぬようにくるまぎれの一言を発する。

 状況じょうきょうなど関係なく、かえしたくはなかった。これ以上けがさない様に。


 「でもそうですか。あなたはその通りすがりの存在に邪魔じゃまされてわたしを一度見失いましたね。いえ、見失った数で言えば二度目、と言った方が良いかもしれませんが」

 「ふむ」


 強引ごういんにでも話題を代えようとする。少年の事から、自身と黒かげの一対一にもどす。


 「やりたい放題された後始末はさぞかし大変だった事でしょう。同情でもしておきましょうか?」

 「結構だ。そして、お前がそれに会うこともない。二度とな」


 手練てだれ。黒かげと称されたその人は、時間切れだと距離きょりめた。

 それに対して、リノは広げた片手を前に出す。衝撃しょうげきわずかにでも軽減させられるようにと、一瞬いっしゅんおくれて後方にぶ。


 「【てつく冷気よ――裂氷球れつひょうきゅう】っ!?」


 補助もなく方向すらも指定せず、魔法まほうを発動しようとした。

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