十五話、敵は魔物じゃない

 そろそろ熱も冷め料理もほとんどくしたあと、アルスは名案だとばかりに話を切り出した。


 「自己紹介しょうかいしようか」

 「はい?」

 「いや、ほら。契約けいやくとかをきにしても、これから先一緒いっしょに行動するわけだし。ちょっとでもおたがいに知ってる事があったら良いかなって」


 困惑こんわくする少女を前に、その言葉の意味を語る。

 仲良くなるには自己紹介しょうかい。多分そう、きっとそう。


 「言いたくないことは言わなくて良いからさ。話せる限りで」

 「…………わかりました」


 渋々しぶしぶと、そう言わんばかりに重々しく少女は口を開いた。

 乗り気かは分からないが、提案に乗ってくれた。勢いを殺さないように、アルスはそれさいわいとばかりに話を進める。


 「それじゃあぼくからね。名前はアルス・リーン。カルノ村の生まれ……って場所が分からないか。年は十四で冒険者ぼうけんしゃをやってるよ。今日きょうみたいな魔物まものたおしたりして売ってお金をもらう感じ。好きなのは三番街の通りにある麺麭ぱん屋の麺麭ぱん。よろしくね」

 「ああ、今朝けさも食べたあれですか」

 「うん、美味おいしいよね。最近はあればかり食べてる気がするよ」

 「……偏食へんしょくはおすすめしませんが」


 味を思い出しているのか、満足そうに顔をゆるめている。

 お手本というか、いや自己紹介しょうかいにお手本があるかと言われれば首をひねるが。真似まねるようにしてリノは何を話すべきかを組み立てる。


 「次はわたしですか。そうですね……名前は……、リノ。生まれは確かどこかの国です。地理が分からないので場所までは説明できませんが。年はおそらくアルスさんと同じで、職にはついてないですね。好みは、特にありません。…………すみません特に中身がなくて」

 「うん、うん。…………え? 年が同じ……?」


 めるようにして耳をかたむけていたアルスは、リノが口にした言葉を反芻はんすうしては疑問点を見つけた。

 おどろくように、何度か口の中でかえす。


 「待って、え? 同い年なのぼくたち?」

 「? 多分そうだと思いますが」

 

 ――うそだ、と。アルスの脳内を驚愕きょうがくくした。というよりは一気に罪悪感がおそってきた。

 完全に自分よりも年下だと思って接していた。いや、年上じゃなかっただけまだましか。それでも不敬というか、不躾ぶしつけだったのはいなめない。ちゃん付けなど、それは確かにいやだろう。同い年の男相手なら特に。

 あやまるべきか、あやまるべきだろう。


 「ごめん。年下だと思ってた。ちゃん付けとか。本当にごめん」


 頭を下げる。勢いがあったため、もう少しで机に頭をぶつけるかというぐらいにはぐに頭を下げていた。


 「いえ、別にこれから先改めてくれればそれで。そんな頭を下げるほどではないかと」

 「うん。ごめん。気をつけるね」


 頭を上げ、改善することを約束する。

 しかしリノはアルスがどうしてそこまで必死なのかを分からず、そのまま話を続けようとした。

 口に出さないまでも、疑問として残る事を。


 「ついでに、そうですね。ここ数日の経緯けいい。どうして追われているのかについても説明しておきましょうか」

 「それは……いや、分かった。けど無理はしないで。ゆっくりでいいよ」


 躊躇ためらって、けれど話のこしを折るのもどうかと迷っては耳をかたむける事を決める。

 机の下に下げた手のひらをにぎりしめ、何が話されても受け止められるようにと準備した。

 リノは語る。要約すると、こうだ。


 奴隷どれい商である騒動そうどうがあった。

 とらわれていた商品としての、主人のいないリノたちの中で、ある人がその騒動そうどうに乗じて数名の奴隷どれいを外へとのがした。勿論もちろんそれを奴隷どれい商が許すはずもなく、やとわれた護衛が追手おってとしてリノたちをけた。

 それぞれ散らばりしたため他の人の行方ゆくえは知れず、リノと一緒いっしょげていた人はおそらく遠くにげることができたであろう。それは救いだと。

 リノはその人と別れた後、一際ひときわ実力の高い護衛にねらわれ、どのみち危険だと森の中にむ。魔物まものからかくれ、敵対された場合は魔法まほうで対処し、護衛からもつづける先で、リノはたおれた。

 後ろを気にし続けなければならない緊張きんちょうと、走り続ける足への疲労ひろうろくに運動もせず栄養もってこなかった肉体は早々に限界がおとずれ、それを無視し続けている間に、魔力まりょくが切れる。絶体絶命。朦朧もうろうとする意識の中、それでもなんとか生きようとしたが意識を失い、気づけばリノはある寝台しんだいの上で目を覚ました。


 「それが――」

 「――はい。あなたが借りていた宿です」

 「……」


 沈黙ちんもくを、アルスはだまむ。かすかに視線が下を向いた。


 (それが、リノが今かかえている大方の事情)


 二年間の魔物まものとの戦闘せんとう。命をけた戦いの数々。少年にとって苦労と経験の連続だったそれと比較ひかくして。

 それ以上、自身なんかでは足りないほどの壮絶そうぜつな体験だとアルスはそう受け取った。

 命のきはあった。つい先日も死にかけた。けどそれは少年が選んだ道の結末だ。リノは、望んでもいない事ばかりの中それでもあらがっていた。


 (そして今もまだ、それにおびえなきゃいけない)


 常に命をねらわれる。それは心休まることもなく、ましてや笑うなんて出来できやしない。

 自分と大して変わらない年齢ねんれいの少女。なのに境遇きょうぐうは、事情はこんなにもちがう。

 にぎった手のひらは、感覚が無くなるほどに力がめられていた。それに気付き、手を開く。血が流れるようなしびれる感覚がした。


 「なら――」


 その先を口にはしなかった。それが成せるほどに強くはないと分かっているから。

 理想はそれ。けどきっと届かない。だから現実的に出来でき得る範囲はんいを考える。それを目標にする。


 (奴隷どれいとか、主人とか。それはまだよく分からないけど。でも頑張がんばろう)


 せめてこの子が笑顔えがお明日あしたむかえられるようにと。敬語で、慎重しんちょうで、きっと人を疑ってる。そんな女の子。

 例え守り切るなんて大事をけなくても、ちょっとはましな未来につなげられたらそれでいい。

 知らず知らずに下を向いた顔を上げる。


 「よし!」

 「っ!?」

 「じゃあ今日きょうから頑張がんばっていこう! 目指せ、平和!」


 勢いよく調子を上げて、無理矢理に表情を作って。空回りだとしても空気をえる。

 突然とつぜんそんなことをするアルスにおどろいて、わずかにったリノの困惑こんわくを努めて無視した。

 もうこれ以上この場で悲しい話はさせない。


 「……話してくれてありがとうね」

 「別に、必要だっただけです」

 「だとしてもだよ。うん」


 この話はもう終わりだと、話題を変える。下らなくて、中身がない。そうかもしれない話題を拾う。

 喧騒けんそうの中、雑談をはさみながら。

 一人ひとりじゃない夕食の時間は過ぎて行った。


 (……魔物まものじゃなくて、人。出来できるだろうか、ぼくに人を――ることが)


  ⚔


 酒場から出たアルスたちは、そのままに宿への道を辿たどる事にした。

 この大陸の基準で成人に満たないアルスと、人目をけているリノでは夜の街に用はない。そうして暗闇くらやみきらうのか夜でも明るい王国内をゆっくりと歩く。

 先ほどの話を経て、これからの予定を立てる必要があるだろう。そうなるとむしろ依頼いらいを受けれないのが好都合なのかも知れない。迂闊うかつな行動はけるべきだ。


 かげせまる。


 「じゃあこの後はこれからの方針を立てるってことでどう?」

 「構いません」


 この先の予定を立てながら歩くアルスには笑顔えがおがあり、リノは変わらない無表情ながらそれでも眉尻まゆじりは下がっていた。契約けいやくを結んだ。そしてあらかたの事情を把握はあくした。

 不安ではあるがそのままでは空気は暗いままだろうと、アルスは意識的に楽観でいようとする。面倒めんどうごとではあるが、少しでも進展があったことにリノは安堵あんどしていた。

 当分は、アルスとリノは一緒いっしょに行動を共にすることになるだろう。いずれ来るかもしれない追手おってに備えつつ、目標はリノがそれを気にせずにごせる様になること。首輪については、平和になった後で外す方法を探せばいい。


 しかし時間は待ってくれない。


 「わたしも今以上に戦う術は必要ですが」

 「うーん。……協会なら魔法まほうを教えてもらえるかもしれないし、後は探せば指導書とかあるかもしれないけど……」

 「……申し訳ないですが読み書きに自信はありません。できれば口頭か実践じっせん形式の方がありがたいのですが」

 「そっか。けど魔法まほう使いの人に伝手つては持ってないからなぁ……。受付の人に聞けば指導書を貸してもらえるかも知れないけど、人を探すとなると時間はかかるだろうし」

 「文字が読めないわたしでは口頭での説明や実戦でしか学べませんから、指導書となるとアルスさんにその場にいてもらうしかありませんね。代わりに読んでもらうか、説明してもらうか」

 「だよねぇ……。どうしようぼくも頭が良い方じゃないし理解できるかな……? たのめば読んでくれるとかそういうのあったっけ?」


 それは流石さすがに協会にたよりすぎかと。決して万能ばんのうではないし受付の人もいそがしいだろうと考えて苦笑いをこぼした。

 分からない事は多く、しかし何とかして見せる。契約けいやくについても慎重に考えるべきだろうし、リノの安全だってとても重要だ。

 話し合いにもよるが、早ければ明日あすにでも協会の知り合いに相談してみようと決めた。そうして宿への道ももう半分を切ったところで――。


 ――それは飛来した。

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