十四話、奴隷と主人

 たがいにある程度腹を満たし、少しずつ会話も増えてきた。


 「にしてもすごかったね、あの魔法まほう。ほんの少ししか見えなかったけど」

 「……現状あれがわたしのできる限界ですが」

 「ぼくが使える魔法まほうは一つだけだし、それも風を集めて全力でやると暴発するし。それに比べてリノは複数の魔物まものを相手にたおしたんだ。一応角突き兎ホーンラビットって『銀級』の魔物まものなんだけど、それすらもね」


 というかそれだとぼくよりも冒険者ぼうけんしゃしてる。という考えをアルスは考えないようにした。

 群れの脅威きょういで銀級に位置する魔物まもの一頭と、銀級と銅級をふくめた魔物まもの複数を同時討伐とうばつは、どう考えても実力がちがう。


 「うーん。……ぼくも直接魔物まものに効く魔法まほうが使えればね……」

 「あれもばしたり使い道はあるのでは?」

 「そうだと良かったんだけどね。草をらしたりは出来できるけど物体を動かせるほどじゃないんだ。思いっきり頑張がんばればそれぐらいにはなるんだけど、代わりにぼくが動けなくなる。まれるし」


 アルスが唯一ゆいいつ使える魔法まほうは風系統の魔法まほう。しかしその威力いりょく魔物まもの討伐とうばつに使えるほどではなく。

 アルスが覚えてる限りでも、ためした時はあやうく魔物まものの目の前で何も出来できない無様をさらした。その時にホーレンが付いていなければもしかしたらアルスは重傷を負っていたかもしれない。暴れ牛ランページカウのあれも、死中に活的な偶然ぐうぜんに近い。結果ばされたのだが。

 それ以来魔法まほうには向いていないと判断し、よりけんるうようになったのだ。


 「致命的ちめいてきですね」

 「うん、致命的ちめいてき。だから魔法まほうを使いこなすっていうのはやっぱりあこがれなんだよねぇ……」


 何度かそれでもためした事はある。しかし今現在も直接戦闘せんとうに使えていない時点で察して余りあるだろう。

 詠唱猿真似しようがしまいが結果は変わらず、何の成果もなく時間が過ぎたと言う訳だ。


 「魔法まほうって難しいよね。ぼくはたまたま知ってたやつをそのまま使ってるだけで、本来だれかにちゃんと教わって指導してもらって修行しゅぎょうを積んで、ようやく一人前って聞くし」

 「……わたしの場合も、似たような物ですよ。たまたま知っているいくつかを使っているだけで、正式にだれかに教えてもらったことはありません。です」


 魔法まほうは、この世界に存在する魔力まりょくと呼ばれる何かを使って発動する。火だったり水だったりを生み出せる便利な力。

 しかしだれもが使える訳でもなく、そしてそれが何なのかは今でも頭の良い学者たちが頑張がんばって解析かいせきしているらしい。というのがアルスの知っている情報だ。なぜ使えているのかについては、できるから、としか言いようがない。一番最初に発見した人はそれこそ天才と言われるだろうが、残念ながらもう数百年以上も前だろう。大陸史にっているかどうか。

 原理は不明で、けど利用法だけは知っている。だから使う。

 

 (奴隷どれい……って言ってたけど。よく分からないけど両親とかとははなばなれ……なのかな? その場合は、どうだろ。お金をかせぐと言ってもぼく紹介しょうかいできるのはそれこそ冒険者ぼうけんしゃぐらいだし)


 田舎者いなかものでずっとけんっているアルスには各分野の専門的な知識はない。使える魔法まほうだって現状一つだけで、それだって習得に一年以上かかった。

 だけどリノは複数の魔法まほうが使える。そりゃあ魔法まほう使いの基準を知らないためそれが普通ふつうなのかもしれないが、それだけで自分よりはすごいし、冒険者ぼうけんしゃとして生計を立てるなら十分に可能だろう。と、アルスはそう判断した。確か空気中の魔力まりょくを使えなかったと言っていたが、その問題もどうにかなったのだろう。ならば魔法まほうを使うのに制限はないはずだとも。


 「ねぇ、リノ。冒険者ぼうけんしゃになってみる気はない? 事情は複雑だろうけど、多分自力でお金を手に入れる手段はあった方がいいと思う。ぼくよりも魔法まほううでは上なんだし、あとは魔物まものに対しての知識や冒険者ぼうけんしゃの基本を知れば十分活躍かつやくできると思う。危険は当然あるから無理にとは言わないし、あくまでかせぐ方法の一つして覚えてくれればいいんだけど」

 「それはわたしでも可能なんですか?」

 「読み書きに関しては最悪受付の人がやってくれるから登録だけなら問題ないよ。絶対に必要なのは登録料と名前ぐらいかな。細かいことはあるけどそこまでってはこないだろうし、不安ならぼくも横で教えるけど」

 「……そうですね」


 登録料に関してはそれこそリノが受け取らなかった金額でも十分。名前に関しては偽名ぎめいでも一応通るは通るがその場合はちょっとした制限と怪我けがをしたり最悪の事態になった場合に家族や知り合いへと連絡れんらくが行かない場合がある程度。細かいことも一応の説明を加えてアルスはリノへと提案した。

 リノはかんがむようにして説明を聞く。


 「一応ぼくたちが出会った魔物まものは銅級と銀級。協会が定めた魔物まものの位は五つに別れるけど、下から一番目と二番目かな。それでも依頼いらいを定期的に受けてちゃんと達成すれば、人一人ひとりは生きれるぐらいはかせげるよ。実際銅級の依頼いらいしか受けてないぼくが一年ぐらいは生活できてるし、結構ぎりぎりだけど」


 夢はない。上にまでのぼめればそれこそ名誉めいよと栄光をつかみ取れる一攫千金いっかくせんきんかも知れないが、そうじゃない場合は現実的に生活と向き合う必要があるのも事実。

 もしお金に困った時や、そうせざるを得ない時の助けになればいい。それぐらいの考えだった。何せ怪我けがとは切ってもはなせない危ない仕事。夢を追ったり性に合ってたり、基本無傷でいられるような実力と見極みきわめがあれば向いているかも知れないというだけである。


 「もちろんお金をかせぐ方法はそれだけじゃない。探せば厨房ちゅうぼう手伝てつだいだったり売り子を探していたりと働く場所はあるだろうし、無茶を承知でもたのめばなんとかなる可能性はある。だからそれを見てからでもおそくはないよ」


 この年で魔法まほうを複数使える。アルスのせまい交友関係と世界ではそれこそ冒険者ぼうけんしゃ上澄うわずみをねらうだけの可能性を秘めているが、かといってだから危険にむべきだなんて口がけても言えない。

 むしろ安全や安心を求めているのなら、それこそ国の中で平和に働いて過ごせばいい。最初は苦労するだろうが、慣れれば趣味しゅみや楽しみを見つけられるだろう。合わないなら住む場所を変えることも手だ。どれだけすぐれた才能を持っていたとしても、魔法まほうだって手段なのだから。


 「――わたしも一つ、気になりました」


 森の中の危なっかしく危険な時とちがい、ゆったりとした時間が包む酒場の中。

 思い思いに過ごす中で、少女はずっと引っかかっていた少年の言動に対する疑問を言葉にした。


 「ん? 何?」

 「アルスさんはもしかして、この先わたし一人ひとりで生きていくとそう考えていませんか?」

 「…………ちがうの?」


 言葉をめて、意味を理解して、咀嚼そしゃくして。

 そうしてアルスはうでを組み、聞き間違まちがっていないかを考えて、それから疑問符ぎもんふが目に見えるぐらいにはうなった。そして首をかしげる。

 少女はため息と共に、そろそろ首のこれに対して、いや二人ふたりの間に結ばれた契約けいやくに対して話すことにした。このさわぎの中では、比較的ひかくてきはしの方にいて声も小さい自分たちを気にも留めないだろうと。


 「――できませんが?」

 「――何故なにゆえに……?」

 「忘れましたか、契約けいやくのことを」

 「……いや、覚えてるよ。うん、聞いたことに関しては全部覚えてる。ただ、その。主人……だっけ? それってあれでしょ、命令しろ的な。それならぼくはしないからさ、ならほら。リノは魔法まほうが使えて、ぼく窮地きゅうちだっすることができて命を拾えた。それで終わりじゃない?」


 一応声をひそめて、若干じゃっかん長机しに顔を近づけて会話する。

 これでも考えたなりの結論だと、アルスはそう思った。

 魔法まほううでを持ちながら、しかし体内の魔力まりょくしか使うことができずに苦労していた。それはきっと、最初に出会ったぼろぼろの時も。けどそれは今や解決している。

 過去や事情に対してはまない。今現在リノは宿に居候いそうろうをしているような身だが、それこそ同年代の男と一緒いっしょなんていやだろう。最初はなんとか工面しつつ、リノが一人ひとりで生活できるように支援しえんすればいい。接した中で、むしろ自分よりもしっかりしているような印象を受けた。本来ならこんなことはごめんだという立場なのかも知れない。


 「つまりはこういうことですか。魔力まりょくの問題は解決したからわたしはもう大丈夫だいじょうぶじゃないか、と。そうであれば良かったんですがね」

 「何か不都合があったり?」

 「まぁ……ありますね。脱走だっそう中の身ですし」

 「っそ!?」


 おどろいて声に出そうとした口を、あわててアルスは自分の手でさえつけた。さいわひびく前に止めることができたが、アルスにとって衝撃しょうげきなことに変わりない。


 「えっと、それはぼくが聞いていいやつ?」

 「必要なことですよ。最悪アルスさんも対象に入りますからね。何せ奴隷の主人ですから」

 「念しされたけど、それって本当に重要なこと? 取り返しのつかない的な?」

 「そうなりますね。結ばれた契約けいやくは絶対ですから。商品であるわたしに価値を感じ、もしもそれを買う人がいた場合だとして。現状それをるにはわたしもどしその上アルスさんを監禁かんきん、ないし殺害するでしょう。奴隷商どれいしょうは」


 話に理解が追いつかないと、アルスは唖然あぜんとした。

 話す言葉のすべてが物騒ぶっそうで、非現実的で、馴染なじみがない。自身を商品と言い張る少女に対して、いきどおりがあれどその矛先ほこさきはどこに向ければいいのかもわからない。

 冷静になれるようにと、飲み物を飲む。味はしない。


 「奴隷どれいという身分、この首輪に対してから話しましょう。この首輪は装着者の自由をうば代物しろものです。わたしもそこまでくわしいわけでもなくこれをつけられてから知りましたが、どうやらこれは具と呼ばれるそうです。わたしが知っているだけでも、外部との魔力まりょく遮断しゃだんされますし契約けいやくを結んだ主人の命令は絶対であり抵抗ていこうする権利はないと」

 「……悪趣味あくしゅみだね」

 「身に付けるだけで自由が無くなりますからね。わたしは気づいた時には奴隷どれい商につかまり、そしてすでに首輪を付けられていました。時間にすると、それほど時間はっていないのかも知れませんが、いた場所が時間のわからない暗闇くらやみだったためどれだけあそこで過ごしたのかまではわかりません――それは関係ありませんね」


 ぞっとする様な話だと、想像してアルスは身震みぶるいした。

 例えば家族と平和に過ごしていたとして、たまたま天気がいいからと昼寝ひるねをしたら、起きた時には首輪を付けられ監禁かんきんされてました。なんて。動揺どうようもするしさけびたくもなる。


 「そして奴隷どれいの所有権を手にする契約けいやくは、基本的には生涯しょうがい権利を手放せない上に一方的な破棄はきは難しい……らしいです。自分で調べた話ではなく伝え聞いた話なので参考にしかなりませんが」

 「基本的には契約けいやくはずっと続くもので、だからリノを元の状態にもどすにはぼく邪魔じゃまだと、そう言うこと?」

 「そうなりますね。知る限り契約けいやくを無効、または破棄はきする手順は複数ある様ですが、そう多くはないと言うことで。合意の上で契約けいやくを解消するには、それこそ主人と奴隷どれいそろわなければなりません。どうやら無理矢理関係をつ方法もあるらしいのですが、奴隷どれい商はそれを所持していない様でした。あとは奴隷どれいか主人が死ねば契約けいやくは消えます。対象がいなくなりますから」

 「物騒ぶっそうだなぁ……。けど、それなら別れていても問題はなくないかな?」


 色々と大変そうな上に、結果的にはこうやって何かしらのつながりを得ているのだからと。アルスは当然リノを守るために尽力じんりょくするしやれることはやるつもりだ。

 だけど根本的に、アルスはこういう事態がはつなのだ。


 「二手に別れたとして、各個撃破げきはでもされれば終わりです。あなたは奴隷どれい商の護衛を知らないでしょう? まさか常日頃つねひごろから警戒けいかいし続けるのですか。立派だとは思いますしそうするべきですが、それでアルスさんの知り合いに感づかれれば面倒めんどうなことになりますよ」

 「そう言うものなの? けどリノもぼく一緒いっしょに行動するとなるとどのみち、あー……森で助けてくれたホーレンさんとかとかかわることになるけど、大丈夫だいじょうぶ?」

 「背に腹は変えられません。一人ひとりよりも二人ふたりの方が戦力になりますし、一度護衛をることに成功しているのでこちらを殺す方に方針が変わっている可能性も高いですから。わたしが死んでも特にあなたに影響えいきょうはないでしょうが、わたしはあなたが死ぬとどのみち契約けいやく先が消えて商品に逆戻ぎゃくもどりです」


 複雑というよりは一から説明しなければならないためにどうしても饒舌じょうぜつにならざるを得ないと、かわいたのどをリノはうるおす。

 うでを組み状況じょうきょうくだき、自分なりに結論を出そうとしては知恵熱ちえねつでも出てるのかと疑うほどにアルスの頭が沸騰ふっとうしていく。それでもリノの最後の言葉に思うところはあった。


 「いや、ぼくもリノには生きていてしいし影響えいきょうは出るよ。だから頑張がんばらなきゃね」

 「………………そういうものですか」

 「――そういうこと。とにかく安全が確保できるまでは一緒いっしょにいないといけなくなるね。ぼくなんかが役立てることがあれば言ってほしい。よろしくね」


 そう言って、アルスは手を差し出す。契約けいやくすでになされている。共に行動は今もしている。

 けど明確な意思表示として、アルスは握手あくしゅを求めた。一蓮托生いちれんたくしょう、ここからは協力者だと。そう示すように。

 そうするべきだと提案した少女は、しかし呆気あっけに取られたようにその手を見た。まるでそれがなんなのかわからないように。

 

 「握手あくしゅだよ。友好のあかし、ってやつ?」

 「…………」

 「あれ? いやだった? ごめんやめておくよ――」

 「――いえ、…………よろしくお願いします」


 手を下ろそうとするアルスを前に、リノはあわててそれを静止した。

 そして深呼吸ののち、その手を取った。

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