十三話、何はともあれ生き延びて

 日は落ち、すでに空は暗く染まっていた。ここからは、昼間とはちがう世界が広がっていく。

 王国エルラインの三番街に建てられた酒場では、一仕事を終えて飲みに冒険者ぼうけんしゃや国民がたむろしていた。

 そしてその中には茶髪ちゃぱつの少年と、室内でも外套がいとうかぶった少女がいた。


 「では! 無事に帰ってれた事を祝して、乾杯かんぱい!」

 「はぁ。かんぱい?」

 

 何度か利用しているために勝手知ったる顔で注文を終えたアルスは、一足先に届いた飲み物をリノに手渡てわたした。

 そして笑顔えがおで口を付けた。酒ではない。残念ながらアルスはまだ十四である。

 雰囲気ふんいきだけでも真似まねるように、リノはちょっとだけ躊躇ちゅうちょしつつ両手でその飲み物を持つ。


 「ん? どうしたの」

 「いえ、一応お金に困っているんでしたよね。こんなところで使っていいのですか?」

 「まぁまだちょっとは残ってるし、それに後日にでもわせればいい。それよりも、うん。祝いたいんだ」


 初めての仲間を、リノとの出会いを。そう口にしながら、届いた料理に早速さっそくとばかりにアルスは手を付けた。

 一応、アルスが受理していた依頼いらいに関しては森をけエルラインへと無事に帰還きかんした時点ですぐに協会で報酬ほうしゅうを受け取っていた。討伐とうばつに成功した群れ狼フロックフルフ一頭に関しては残念ながら何も得られず、暴れ牛ランページカウに関してはそもそもとおっただけのため除外。

 小兎スモールラビット角突き兎ホーンラビット二種類の魔物まものたちについては、一応もらえるものはもらったと言えるだろう。


 (まぁ苦労というかえた物に比べればそりゃ報酬ほうしゅうは少ないけどね……)


 月が頭上をかぶ森の中、小兎スモールラビット角突き兎ホーンラビットおそわれ、リノが魔法まほうを使用したその瞬間しゅんかんを最後に、アルスは意識を失った。一時的な失神でもなく、本当にねむりにつくように意識が消えたのだ。

 次に目覚めた時には、アルスは天幕のもとにかされていた。森付近に建てられた簡易的な冒険者ぼうけんしゃが使用する拠点きょてん、その一角にアルスはかされていたのだ。起きた時、状況じょうきょうを説明してくれたのは知り合いの先輩せんぱい冒険者ぼうけんしゃ、ホーレンだった。

 聞くには、森で意識を失っているアルスに代わり、リノが人手を呼んだらしい。


 『素性すじょうがわからねぇし冒険者ぼうけんしゃじゃなかったからよ。そりゃあほかやつらはあやしがってたんだが、特徴とくちょうも名前も、なーんか聞いた限りの性格もお前にそっくりっつうかそのままじゃねぇか。仲間引き連れて案内されたら、本当にお前がたおれてやがった。おどろいたぜ』


 あきれたような、しかしどことなく心配をにじませたような表情でホーレンはそういった。

 そして華奢きゃしゃなリノの代わりに、ホーレンたちがアルスを運び、ついでに討伐とうばつされていた魔物まものひき換金かんきんできるようにしてくれていたらしい。夜に加え森が危険な状況じょうきょうで、知り合いの冒険者ぼうけんしゃがいたことは幸運だった。


 『ほれ、こいつを持ってけ。死んでた魔物まものの換金できる部位だ。まぁ様子っつうか魔法まほうだったし? お前さんじゃなくてあのじょうちゃんがたおしたんだろうけどな? 一応冒険者ぼうけんしゃのお前が金にえて、必要ならじょうちゃんに上げてやってくれ』


 その言葉通り、アルスは協会に提出しほどほどの金銭と交換こうかんした。それをリノにわたそうとしたが、断られたためにアルスの預かりとなっている。

 ちなみにアルスに使うつもりはない。自分の手柄てがらじゃない報酬ほうしゅうを、しかもその功労者がいる手前で躊躇ちゅうちょなく使うには罪悪感がありすぎると遠慮えんりょしていた。最悪しのませてでも返すことを決めている。


 (それ以外に何かあったっけ)


 舌とのどうるおしつつ、森からここまで帰ってくる軌跡きせき追憶ついおくする。といっても目覚めてからは安静にしつつ、とりあえず宿へ帰ってからくわしい話をするとリノと決めていた。

 目覚めてから馬車を借り、振動しんどうに痛む身体にもだえながらもなんとか帰還きかんしたというだけ。負傷した身体はまぁ無理をするなと治療施設ちりょうしせつでこっぴどく言われたために、当分は宿にこもることになるかもしれない。今日きょう得た金額は即座そくざに消えるだろう。結局金に困っている状況じょうきょうは変わっていない。


 『――にしてもアルスよ。お前こんな魔法まほうが達者なじょうちゃんをどこでひっかけてきやがったんだ? うん? お前と出会って一年以上がつが、基本他人と積極的にからまねぇし団体も組まねぇから結局ミアちゃんやメアちゃんのどっちかっておれは予想してたんだがな? ま さ か 自分よりも年下の少女を選ぶたぁお前、ごうが深いな』

 「…………」


 いやなことを思い出した。そう言わんばかりに苦い物でも口にしたような渋面じゅうめんをアルスは作った。

 その後もやれ同い年の方がいいんじゃないか? とか、流石さすが親御おやごさんからは公認こうにんだよな? とか。挙句あげくてにはまぁ両おもいなら年齢ねんれいなんてそう関係ねぇよ、安心しな。とまで言い始めた件の男。言いにくいこともあったためにだまむことしかできなかったアルスは、それはもう若者の複雑な心に土足でんでくる存在からしたかった。

 動くことができないアルスを前に一方的に茶化すだけ茶化して退散したホーレンを、いつか仕返してやると熱意を燃やす。


 (そもそもミアは同期でメアさんは受付をしてくれているだけ! 色恋いろこいも何も今の|ぼく《ぼく》にできるわけないじゃないか……!)


 こんなずっと一人ひとりで銅級冒険者ぼうけんしゃをやってる根無草ねなしぐさなんて、全くを持って魅力的みりょくてきに映らないだろう。そりゃこいなんてしたことないけど、普通ふつう格好かっこいいとか世間ていがいいとかを気にするはずだ。自分には該当がいとうしない。そうアルスは否定する。そしてんだ。


 (自分で言うのもつらい……)


 夢を追って、そう言えればよかった。自分が冒険者ぼうけんしゃになった理由なんて逃避とうひみたいな物なのに、と。あまりれたくない負い目はなかなかに消えてくれない。

 幸いなのはそれをリノに聞かれなかったこと。まだおたがい大して話もしていないし複雑怪奇ふくざつかいきな事情をかかえている。そんな中ただ近くにいたことやかかわりがあると言う一点でこんなことを話していると知られれば、信用も信頼しんらいも地に落ちる。自分が想定していないこんなことで、軽蔑けいべつの目を向けられたくなかった。


 (やめよう、この話)


 藪蛇やぶへびつつくように、終わりのない底なしぬましずむだけだと。

 とりあえず当初の目的通り、アルスは目前の料理を楽しむことにした。割と早い調子で、育ち盛りの食欲を遺憾いかんなく発揮して食べていく。……やけ食いに近い感情も、混ざっているだろう。

 それを見て、あきれた様にしながらもリノも習う事にしたのか溜息をくにとどまった。

 しかし依然いぜんとして料理にも飲み物にも手を付けない。


 「食べないの? あ、ごめん。きらいなのとかあった?」

 「いえ、単純に疑っているだけです。先ほど手を付けていたその料理を頂けますか」

 「食べかけになるよ?」

 「構いません」


 そういって、アルスから料理を受け取ったリノはゆっくりとそれを口に運ぶ。そしておそおそみ、静かに嚥下えんげした。

 慎重しんちょうさながらのその様子に、アルスまでも緊張きんちょう伝播でんぱするようだ。にぎやかな店内で、二人ふたりの間には静寂せいじゃくが生まれる。

 沈黙ちんもくえかねたのか、アルスは口を開けた。


 「えっと、ど、どう? ぼく美味おいしいと思うけど」

 「……美味おいしい、ですね」


 またゆっくりと、口に運ぶ。アルスと比べれば非常にゆっくりだが、それでもリノも料理を食べ始めた。

 緊張きんちょうが解け、安堵あんどに近い息がアルスからこぼれる。どこかめるようなその感想に、良かったという気持ちが強くなる。

 アルスよりも小さい体躯たいく。小さな両手で料理をつかみ、小さい口に料理を運んでいく。それに当てられたのか、先ほどまでの勢いを弱め、アルスもゆっくりと美食を堪能たんのうした。

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